40
思えば、一目惚れだったのかもしれない。僕が今のバイト先に入ったのは、百瀬さんとほぼ同時期だった。「百瀬です、よろしくお願いします」そう丁寧に挨拶をした彼女はふわりとした優しい雰囲気で、春でもないのにぽかぽかしたような気持ちになった。仕事なんてしたくない、勿論働きたくない。けど、気が付けばバイトに行くのが楽しみになった。お洒落なカフェを教えてあげると喜んでくれた。今度、一緒に行こうって誘えるかな。私服の百瀬さんはどんな感じなんだろう。まだそんな話すらしていないのに頭の中は百瀬さんのことばかり。家に帰って兄さん達皆に自慢することも多かった。


「兄さんの、どこを好きになったの?」


ああ、何でこんなこと聞いちゃったんだろう。自分から聞いたことなのに後悔した。けじめ、だなんてかっこつけてさ。百瀬さんは戸惑った様子で、話し始めた。


「初めは…大嫌いだった。あんな最低な奴顔も見たくない。絶対好きにならないって、そう思ってた。でも…不器用なくせに一生懸命なところとか、意外と照れ屋なところとか…。うまく説明出来なくてごめんね…でも、理由なんて特になくて、きっとあいつの隣が落ち着くんだと思う。今でも、自分でも信じられないくらい」



理由なんて特になくて−
その言葉がぐさりと僕の心に突き刺さった。そんな、愛おしそうな顔をしないでよ。ほんとは僕にその表情を向けて欲しかった。その優しい笑顔で「松野くん」じゃなくて「トド松くん」と呼んで欲しかった。兄さんなんかやめて僕にしなよ、そう言えたなら。
でも、もう無理なんだ。彼女の心には一人しかいないのだから。沢山の言葉を飲み込んで、出来るだけ明るく振舞った。


「何だ、デレデレじゃん!……百瀬さん、出来の悪い兄だけど、一松兄さんをよろしくね」


ああ、声が少し震えてる。かっこ悪いな、僕。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -