30
バイトからの帰り道、「あれ、るりじゃん」と声をかけてきたのは高校の頃の同級生だった。久しぶり、と返すとあたしの顔を見た瞬間に「何かあったの?」と心配をさせてしまった。そんなに顔に出ていたんだろうか。近くのファミレスに入って話を聞いてもらうことになった。
とは言え、レイプされたとは言えなかったので「酷いことをされた」と濁して話した。真剣に聞いてくれた彼女は、考え込むように暫く黙り込むと「あのさ」と少し躊躇気味に話し始めた。
「わたし、大学で犯罪に繋がる心理学とか勉強してるんだけど。ストックホルム症候群っていうやつに似てる気がする。被害者が加害者に対して同情をしたりしちゃうらしいのよ。るりがそいつに抱いている感情ってそういうのじゃないの?」
同情…?あたしが、一松に?デートをしたあの楽しかった時間もそうだというのだろうか。…あたしにはとてもそうは思えなかった。
「…まあ、わたしはさ。その兄弟がどういう人間なのか知らないけど。普通に考えたらきっとその職場が同じっていう弟くんの方がずっといいと思うけどね。でも、るりが直ぐに答えを出せないのはやっぱり心に突っかかってるからなんだろうね」
彼女は珈琲を一口飲みながら「恋って難しいね」と呟いた。