17
家までの帰り道、あたし達は沈黙のまま歩いた。あたしは変わらず一松の手を引いて前を歩いている。一松の手、ゴツゴツした男の人の手だ。ひんやりと冷たい。以前まではこんな屑に触れたくもないし触れられたくもないと思っていたけど、今は何だかその手を離したら一松が消えてしまいそうだと思った。一松は今、何を考えてあたしに手を引かれ歩いているんだろう。
アパートに着いて、「座って」と言うと一松は黙ったままリビングの床へと腰を下ろした。暗闇で分からなかったけど、明るい電気の下で見たら一松の手やら顔には血が付いていた。濡らしたタオルと、救急箱を持って一松の隣に座る。気まずい空気のまま、タオルで一松の手や顔を拭く。一松は視線を外したまま、黙っている。
「あの……ありがとう」
沢山殴ったせいで、一松の拳には痛々しい傷がいくつもあった。消毒をして、絆創膏やガーゼで手当をしながら小さな声でお礼を言った。
「…………」
また少しの重い沈黙が流れ、一松がゆっくりと口を開いた。
「おまえさ、どんだけ間抜けなんだよ」
「へっ、」
思わず手当をしていた手が止まった。一松は少しイライラした様子で眉を寄せている。言葉にも、その苛つきが滲み出ているようだった。
「俺にも何度もレイプされて、あいつにも犯されるところだったんだよな」
「………」
まるで責めるような強い言い方に何も言い返すことが出来ない。どうして、一松はこんなに怒ってるんだろう。分かんないよ。それでも尚、一松はイライラが止まらず口からは非難の言葉が続く。
「大体、あんな嘘くさい笑顔に騙されるとかないでしょ。お前のそういうところ、ほんっとイライラすんだよ。そんなんだから狙われるんじゃないの。ああ、もしかして誰にでも股ひらくの、おま」
最後の一言が、胸にぐさりと突き刺さった。言い終わる前に、あたしの手のひらが一松の頬をバシッと音を立てた。一松を引っぱたいたこの手のひらがジンジンと痛むけど、そんなのよりもずっと胸が痛い。
「…どれだけ…っ、怖かったか…!すごく、怖かった…のにっ」
嗚咽が混じって上手く喋れない。目頭が熱くなって視界が滲む。あたしがどんな想いをして、一松に無理矢理犯されてきたか。さっき、どれほど恐怖を感じたことか。一松の言葉に、心臓がぎゅうっと鷲掴みされたように痛んだ。
一松は何も言わず、立ち上がって部屋を出ていった。ばたん、とドアが閉じた音がした瞬間、涙がぽろぽろと溢れ出した。