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「…やっ、いち…!」
一松の名前を呼びかけたその時、どすっと鈍い音が聞こえたと同時にあたしの手を掴んでいた彼が前のめりに倒れ込んだ。状況がのみこめないまま立ち尽くしていると、後ろから「おい」と声がした。
聞いたことのある声だった。今まさにあたしが思い浮かべ助けを求めた人物だった。けど、その声はいつもとは違く、聞いたこともないくらい怒りを孕んだドスのきいた声だった。
「くっ、」
男がコンクリートに倒れ込んだまま振り向くと、顔を歪めた。
「出たな、お前がるりちゃんに付きまとっている男だろう!」
一松は、ふっと鼻で笑うと倒れたままの男の腹を蹴りあげた。がっ、と男の苦しそうな声が聞こえた。一松はそれに留まらず、楽しそうに笑いながら男の腹を思いきり踏みつぶす。
「はっ、付き纏う?そりゃあんただろ」
笑ってはいるけど、狂気すら感じる程にかなり頭にキている一松は怖くて、本当に殺してしまうんじゃないかと思ってしまうくらいだった。きっと肋骨とか折れているし、口からは血を吐いている。
「一松!もっ、もういいよ!」
聞こえているのかいないのか、止める気配はない。怖くなって、未だいたぶり続ける一松に後ろから抱きついた。
「一松っ、やめて…!」
一松はハッと我に帰ったようで、息を荒くする程に相手を殴り続けていた。はー、はー、と肩で息をする一松をぎゅっと力を入れて抱きしめる。
「こいつは、俺のなんだよ。分かったらもう手出さないでくれる?」
男はもう小さな声で呻き声を上げるだけで、返事をする余裕もない。
彼をこのままにはしておけなかったけど、一松を警察に突き出すことも出来なくて救急車だけを呼んでその場から逃げるように立ち去った。
一松の手を引いて。