恋がはじまってる


この前新しく出来たカフェに行ったんだけどとか、春は薄手のニットが欲しいんだよねとか、松野トド松という男は私なんかよりも流行やお洒落に敏感な奴で。自撮りだって自分が可愛く撮れるポーズや角度も熟知してるし、男らしくなんてない。寧ろ女よりも女子力が高いと言ってもいいそんな奴だ。
一応私はトド松と付き合っていて、つまりは彼氏彼女の関係。元々友達だったトド松から「僕と付き合ってよ」と言われ、一緒にいるのは楽しいし嫌いじゃないからと何となく頷いて付き合うことになったけど、正直友達だった頃と恋人になった今で何が違っているのか分からない。

「るりちゃん」

名前を呼ばれて目の前に座っているトド松が、ニコッと笑いながら私を見つめている。

「そろそろ帰ろっか」

頷いて私達はお洒落なカフェのソファから立ち上がった。「暗いから送っていくね」とトド松が飲みかけのカフェオレを一気に飲み干した。暗いと言ってもまだ陽が沈みかけているくらいなんだけど、トド松はいつもそう言って私を家まで送ってくれる。
私のアパートの前まで着くと、不意に右手に体温が伝わった。隣を見るとトド松の手が私の手を優しく握り締めている。いつもはここでじゃあねって手を振って別れるのにどうしたんだろう。
名前を呼ばれて少しだけ背の高いトド松を見上げると、いつもとは少し違った真面目な顔をしたトド松が私を見つめていた。そっと優しく肩に手を置き、ゆっくりとトド松の顔が近付いてくる。これから何をするつもりなのか一瞬で分かった私は、普通の彼女なら黙って受け入れるのに、何故だか咄嗟に俯いて拒んでしまった。「ご、めん…」と掠れるような小さな声で謝ると、気まずい沈黙が流れた後にトド松は微笑みながら離れた。

「いや、僕もごめんね、急に。びっくりしたよね。」

何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになって、トド松の顔が見れない。少し躊躇した様子でトド松が言葉を発した。

「…僕、分かってるんだ。るりちゃんが僕を好きになって付き合ってくれた訳じゃないってこと。でも、それでもいいんだ。僕が付き合ってほしいって言った僕の我儘だから。ゆっくりでいいから、少しずつ僕のことを好きになってくれたら嬉しい。」

「トド松…」

「本当は「暗いから送る」っていつも言ってるけど、実はもっとるりちゃんと一緒にいたいからなんだ…勿論、心配してるのは本当だけどね!新しくできたカフェだって、るりちゃんに直ぐに教えてあげたいからリサーチしてるし、お洒落するのだって少しでも格好良く見られたいだけ」


眉尻を少し下げて困ったように笑う彼の気持ちを、初めて知った。そんな風に思っていたなんて、知らなかった。そして私は気が付いた。今までのトド松、いつも一緒にいるトド松を思い出した。いつも帰り道送ってくれてた、アパートのドアを閉めるまで「じゃあね」っていてくれた、何も言わずに車道ではなく歩道を譲ってくれていた、ここのケーキが美味しいんだって教えてくれていたのも、全部全部…私の為だった…?そんな当たり前になっていた優しさに、私は気付かなかった。

気持ち悪いかな、重いって引かれたらどうしよう、なんて冗談っぽく笑うトド松に「そんなことない」って言ってあげたいのに、胸がいっぱいで言葉に出来ないよ、どうしよう。この想いをどうやって貴方に伝えたらいい?
トド松は少し間を置くと「それじゃ、また連絡するね」と私の頭を優しく撫でると背中を向けて歩き出した。何も言えないままトド松の背中が少しずつ離れて行って、どうしようなんて言ったらいいんだろうなんて頭の中がぐるぐるして。でも、今トド松に気持ちを伝えなきゃ、そんな想いでトド松の名前を叫んだ。

「ト…っ、トド松っ!」

トド松が振り返るより先に、走り出した。トド松は驚いた顔をして振り返る。走って、抱き締めたくて、ごめんとかありがとうって伝えたくて。
もう直ぐで触れられる、その瞬間に走っていた足を捻って転びそうになった。私の肩と腕をがっしりと掴んで支えてくれたのは…誰でもないトド松だった。「どっ、どうしたの?」とぱっちりとした目をより大きくさせている。細くて、身長もそんなに大きくないけど私を支えてくれているこの腕は私よりも太くて力もあって…当たり前だけど男の人なんだって実感した。頭の中はまだぐちゃぐちゃだけど、トド松の目を見て今の気持ち全部伝えたい。

「あのっ、ね、ごめんね…!私、トド松の優しさとか気持ちとか全然知らなくて、気付けなくて…!嫌いになんかならない、気持ち悪いなんて思ったりしない。すごく…嬉しかったからっ!」

「…るりちゃ…」

今まで気付けなかったこの気持ち、やっと分かった気持ち。

「好きになってくれて、ありがとう…私も、あなたが好きです」

トド松は少し目をうるうるとさせてまた困ったように笑った。

「もう、これ以上君のこと好きにさせないでよ」

こつん、とトド松の額を私の額に当てて微笑むとゆっくりとキスをした。
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