こんな夜は、

風邪も一日栄養を取り薬を飲んでゆっくり寝たら、次の日には回復していた。ふとベッド脇を見ると、彼がすーすーと寝息をたてて眠っていた。自分の額にはハンカチを絞ったものが乗せられている。きっとこの子は優しいんだと思う。口には出さないけど、自分のせいだと懸命に看病してくれたのだ。

(もう、そんな格好じゃまた風邪引いちゃうよ)

自分が使っていた布団をそっと彼にかけた。いそいそと出勤する支度をし、いつも通りの時間には家を出ることが出来た。通勤中も、会社でも、お昼時間でも、ふと思い出しては彼が今どうしてるだろうと考える。

「ちゃんとご飯食べたかな…」
「えっ、百瀬さん猫でも飼い始めたの?」
「えっ!?あっ…!そ、そうなの…!拾ったんだけど弱ってて…」

(わ、私何でこんな嘘を…!咄嗟についてしまった…)

あながち状況としては間違ってはいないのだけど。

仕事を定時に上がり、帰りの電車の中で考えていた。ガタンガタンと揺れる電車の窓越しに、明るい街の灯りを見つめる。
名前も知らない。歳も、知らない。聞けば教えてくれるのかもしれないが、何故か今までの流れでお互い聞くこともなければ言うこともなかった。多分、直ぐに出ていくだろうと思っていたから。
家出だとしたら、帰してあげるべきなのではないのか。今日帰宅したら、言えるだろうか。いや、言わなくちゃいけない。

名前は?今何歳なの?どうして、あそこにいたの?…帰った方がいいんじゃないの?

105号室の前で、軽く深呼吸をする。よし、と心で意気込みを入れて扉を開けた。

「ただいま」
「ん、おつかれ」
「あの、さ…」
「ん?」
「……あの………き、今日はパスタにしようかな」

私は、弱虫だ。
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