今度は逃げない
「あ、の」
「……」
抱きしめられたまま、声を絞り出すけど吃ってしまう。
「なに、泣いてんの」
「だって…っ、もう会えないかもって、おも、って」
「……」
大人になって、社会人になって、こんな風に涙を流したのはいつぶりだろう。人前で、しかも年下に抱きしめられながらなんて今までの人生で初めてだ。抱き締める手が少し緩むと、額と額をこつんと合わせた。
「嫌われたかと、思った」
「嫌ってない。嫌いになることなんかできない…」
ごめんね、ごめんね、と鼻を啜りながら呟く。彼は私の顔をじっと見つめると吹き出して笑った。
「ふっ、不細工な顔」
「いじわる…」
でもその顔はとても優しくて、彼の気持ちが伝わってくるようだった。こんな顔、見たことない。いや、私が見ようとしていなかっただけで彼はずっと私を見つめていてくれたのかもしれない。
「今度は、キスしていい?」
「…うん、」
「逃げんなよ」
「うん、逃げない」
彼が私にそっとキスをして、私は初めて彼からのキスを拒まなかった。