ごめん

慌てて出掛けてしまったからスマートフォンを家に忘れてきてしまった。はあ、と電車の中で溜息をつく。
なんで、たかが名前を聞くくらい、教えるくらいどうってことない…はずなのに。
知ってしまったらもう歯車が回りだしてしまいそうで。彼を本気で好きになって、彼のことを詳しく知りたいと思ってしまう。あの日なんであんな所にいたのか、どこから来たのか、今何歳なのか。知ってしまったらもう一緒にいられないかもしれない。見た目は20は超えていそうだけどもし、未成年だったら…。そう思うと彼の情報は知りたくないとさえ思った。
もし、彼にわたしの名前を呼ばれたりしたらそれだけで止められない恋に発展してしまいそうなのだ。ここ暫く恋愛なんてしていないからとはいえ、拗らせすぎだと自分でも思う。もっと歳相応に恋愛やセックスをしていれば、こんなにもんもんと悩むこともなかったかもしれない。



「おつかれさまでした」

仕事は残業もなく終わった。今日みたいな家に帰りにくい日に限って。スーパーで買い物をした後、重い足取りで帰路についた。部屋に帰ると、固くなったトースターと冷めた珈琲とスマートフォンがそのままになっていた。

「あ、おかえり」
「…ただいま」
「ん、もつ」

彼が私の持っていたスーパーの袋を持とうとして、彼と私の手が触れたその瞬間、ぱっと手を引っ込めてしまった。ドサッと袋が床に落ち、玉ねぎや人参がころころと袋から流れ落ちる。どうしようもない沈黙が重苦しく流れた。

「あっ…、ごめん…」

カラカラの喉から出した言葉だった。
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