見え透いた嘘

してしまった。名前も知らない彼とセックスをしてしまった。流されてとはいえ、どこかで期待していた自分がいた。でもまさかあんな一人でしている所を見られてしまったなんて、全てが終わった後に後悔がついてくる。しかし、彼としてしまったことに対しては不思議と後悔はしていなかった。

「…おはよう」
「…あ、うん、おはよ」

朝ごはんのトーストを焼いて食べ始めようとした時、彼が寝室から起きてきた。何時もだったら私が出勤する頃もまだ寝ているのに。昨日の今日で何だか気まずさがあり眠そうな彼と目を合わせることが出来ない。

「…珈琲、飲む?」
「いや、いい」

冷蔵庫にあるスポーツドリンクをごくごくと喉をならして飲む彼の横顔は、何だか今までより大人びて見えた。ふう、と一息つくと私を真っ直ぐに見詰めた。

「あのさ、名前…」
「えっ」
「名前、おしえて」
「……っ、」
「俺の名前は、」

彼の言葉を遮って、立ち上がりカバンを掴んだ。心臓がどくん、どくんと早くなっていくのが分かる。なんて言おう。何を言えば。そんなことばかりが頭の中を巡る。

「もっ、もう遅刻するから、行くね…!」

彼がどんな顔をしているのか、見ていないから分からない。きっと驚いただろう。そして悲しい顔をしているのか、又はむっと不機嫌な顔をしているのか。

遅刻するなんて嘘だ。まだ家を出る時間よりも30分も早い。だって折角焼いたトーストも珈琲も口にしていないまま。

そんな見え透いた嘘をついて、私は「逃げた」んだ。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -