あまいくちびる
「ただいま、今日は早、」
言葉が止まって、出てこなくなった。開けた扉の先には自分の知らない大人の女がいたから。いつも見る顔とは違う、眉をひそめ快感に耐えるような表情。スーツ姿が乱れたその様が余計に「大人の女」というのを強く認識させ、それがまた色っぽさを感じさせた。入ってきた俺を視界にとめると、ぎょっとした。赤らめた顔色が一気に青ざめていく様だ。
「…っ!!あっ、えっ…あのっ、」
大慌てで開いていたその足を閉じスイッチを切る音がした。時計の秒針だけが響いて、時が止まったかのような空間なのに確かに時は進んでいるんだと思った。何も言わない、何も聞かない。ただ彼女が座っているそのベッドに無言で近づき「キス、していい」と漸くそこで口を開いた。
「…っ、それは…、んっ」
「んっ、ちゅ…っ」
この間したキスとは違う。強引で押さえつけるようなキスでもない。相手からの拒絶感も感じない。
「だめ?」
「だめって…もうしてるじゃない…」
目線を泳がせたあと、恥ずかしそうに俯く。そのまま肩をベッドにゆっくりと押し倒した。彼女の綺麗な髪がぼふっ、とベッドに広がる。ロマンチックなことは苦手だけど、そのすべすべとした肌に手を添えると「陶器みたいだ」と思った。言わないけど。
「嫌なら拒否しなよ」
拒否なんかされたくないし、されても知ったこっちゃないけど。皮肉をこめて言ったら彼女は困ったように唇をきゅっと噛んだ。