※「ああそういえば恋だった」の続き



学生の頃、甘くもない恋をしたなと思い出した。何故そんなことを思い出したか、それはそいつが今目の前にいるからだ。

「一…松くん」


歩いていたら偶然ばったりと会った、そんな少女漫画やドラマみたいな展開があるだろうか。彼女の大きな瞳がもっと大きく開かれて、僕を真っ直ぐに見つめている。久しぶりに会った彼女は昔よりもずっと綺麗になっていて、「少女」から「女」に変わっていた。引越ししたはずなのに何でここにいるんだろう。


「…何でここに」


引っ越したはず、という言葉を言う前に彼女は察したようで控えめに微笑みながら長くなった髪を耳にかけた。相変わらず綺麗な髪だな、なんて柄にもない。


「あ、親の転勤で引越しはしたんだけど自分が就職するのはこっちがいいなって思って…来月からここに一人暮らしして働くんだ」


「ふーん」



ほんとは言いたいことは沢山ある。あの時はごめん、とか。嬉しかった、とか。綺麗になった、とか。けど、昔も今も素直になるって難しい。想いを伝えるって難しい。兄弟は楽だ、気を遣わなくたって離れていかない。猫は楽だ、言葉で傷つけたり傷つけられたりしない。


「…それじゃ、」


彼女が僕の隣をゆっくりと通り過ぎる。行ってしまう。いいのか、これで。このタイミングを逃したらもう言えないかもしれない。あの頃ずっと後悔していたこと。今、やっとやり直せるかもしれない。



「…るりっ」


声が震えた。かっこ悪い。人の名前を呼ぶのってこんなに緊張するもんなのか。振り返ると、るりが立ち止まって僕を真っ直ぐに見つめている。


「…やっと…呼んでくれた」


ふわりと笑うるりは、少し泣きそうだ。
僕は今、どんな顔をしているんだろう。少し視線を逸らして言葉を続けた。


「…あの時は、ごめん…それから、こんな僕に話しかけてくれてほんとは嬉しかった」



るりは黙って僕が話す言葉を聞いていた。少し切なそうに長い睫毛を伏せ微笑む。


「わたし、嫌われてた訳じゃないんだね。良かった」


あの頃から何年経ったんだろう。僕は何も変わりはしないけど、彼女だけがずっと大人になったような気がした。そんなことない、と言うとるりは嬉しそうに僕の目の前へ向かって歩き出し立ち止まった。


「あの頃、僕達六つ子を見分けられるなんて凄いって言ってたよね?」


(そういえばそんなことも言ったな。あ…さっきも…)


そう、今日ここで会ったときもるりはすぐに僕を「一松くん」と言い当てたのだった。学校ではクラスメイトや教師だって、近所のおばさんだって間違われるのに。当たり前だ、同じ顔なんだから。


「ね、何で分かるか教えてあげよっか?」


にやにやと自信ありげに身を乗り出してくるるりに、顔の距離が近くなりドキッとする。そのまま僕の耳に唇を寄せて、小さな声で囁いた。



「一松くんが好きだから、だよ。あの頃から」



僕の脳と心臓は熱をもちすぎて思考回路がショートしそうだ。


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