ずっと、男になりたかった。親とか周りの友達に合わせるのが苦痛で。可愛いレースのワンピースもお人形遊びも、キラキラした髪飾りも全部嫌いだった。そして何より周りが言う「女の子なんだから」という言葉が一番大嫌いだった。それに犯行するように髪はショートカットにした。ショートパンツで泥んこになって虫取りに行くのが許されるのは小学生まで。中学生にもなると「そんなこと」している女なんていない。その頃からだんだんと、「百瀬さんってボーイッシュなんだね」と言われるようになった。少し浮いた、女の子。そういう認識だったと思う。
胸なんか要らない。そう思っているのに哀しきかな。発育は良くどんどん育っていった。発育というと身長の伸びも良く、身長は女子の中ではかなり高い方になった。胸がやたらと大きいのが嫌で、「大きい胸が抑えられる下着」というのを買ってみたり、更にその上からサラシを巻くようになった。ずっと男になりたかったけど、そんな男からの視線はどうしても胸にいくわけで。何だよもう、気持ち悪い。こんなの無くていいのに、そんなことばかり考えていた。
部活は特にやりたいものはなかったけど、先輩から「是非バレー部に入ってほしい!」と一週間も自分の教室に通われた結果、頷かざるを得なかった。
始めて見ると案外楽しいもので、高校に入ってからもバレー部に所属することはもう決めていた。高校のバレー部は男女共に仲が良く、男の先輩からもマンツーマンで指導をしてくれたり大会にはお互い応援しに行くのが当たり前。それがまた心地良かったし楽しかった。

それなのに、放課後の練習後聞いてしまった。

ロッカーに忘れ物をしてしまって、部室に戻ったその帰り道。丁度男子バレー部が今日の掃除当番で、帰りが同じタイミングになったのだろう。楽しそうな笑い声が、夕暮れの渡り廊下に響く。

「いやー、マジで。デカいッスよね、百瀬」
「ああ、まぁ、あれはデカいよな」
「常に目に付くんだけどな!特にアタックする時だよなー」

すぐに、分かった。自分のことで、何を言われているのか。

「でもサラシ巻いてるって噂ッスよ」
「マジで!?もったいねー!あれで巻いてるって、相当じゃん」
「でもなー、身長もデカいし、女って感じじゃないよな」

その場で立ち尽くした。深くて重い、沼にハマって動けなくなった様な感覚。久しぶりだった、こんな感情は。子供の頃は言われ慣れていた。大きくなるにつれて周りが気を遣って言わなくなった、けど皆思っていたんだ。だからこそ、直球で言われるよりズドンときた。鉛を落とされたみたいに。
何より、尊敬していたキャプテンもそんな風に思っていたことが気持ち悪かった。優しくて、逞しくて、皆を引っ張っていく背中がカッコよくて、自分もそうなりたいと願った。男に生まれたかった。そしてキャプテンの様な人に。
そんなキラキラしたものが、一気に灰になって消えたんだ。

暗くなってきた体育館の入口で、座り込んでどれくらい経っただろうか。そろそろ帰るか、と思っても足が重たくて動かない。明日も部活あるのに…部活…が。

「んー?どうしたんだこんな暗いところで。帰り道が分からなくなった迷子の子猫ちゃんか?」
「!?」
突然気持ちの悪い台詞で声をかけられ顔を上げた。薄暗くてもすぐに分かった。あ、この顔見たことある…確か五つ子だか六つ子の…。

「えっ…と、まつ…松本、くん…?」
「ノンノン、松野だ。」
「あっ、ごめん…松野…おそ…」
「ノーンノン、カラ松さ、松野カラ松」
「お、おう…何してんの、松野カラ松」

良くぞ聞いてくれましたとばかりにフッと自信満々の笑みを零すと遠くを見つめた。

「…告白されるかもしれないからな…体育館の裏にいたんだ」
「えっ、呼び出しされたの?」
「いや、何時でも応えられるようにいつも体育館裏にスタンバっているんだが…今日もみんな恥ずかしがって誰も来なかった…仕方ないな」
「えっ?なに…?こわい…」

始めて話したけど松野カラ松って大分サイコパスじみてるな。私の知ってるのは同じクラスの松野おそ…何とかって奴だけど。

「それで、何してたんだ?もしかして俺を待って…」
「違います」
「何だか暗い顔をしているな…俺で良ければ話を聞くぞ?」
「…いや、でも」

何だか話す気になれなかったけど、松野カラ松は黙って私の隣に腰掛けた。何だか、誰だか知らない奴にぶちまけてみるのもいいかなんて思えてきて。今までの感じてきたこととか、バレーを始めて好きになれたこととか、今日の出来事を話し始めた。松野カラ松は相槌をうちながら真剣に話を聞いてくれていた。

「何だか、もうバレー部に入ってんのも馬鹿馬鹿しく思えたよ。今日の会話聞いてたら。こっちは真剣にやってんのにさ、相手にはそんなこと伝わってないっていうか。」
「そんなことない」

さっきまでふざけたことを言っていた松野カラ松が、真面目な顔で答える。

「百瀬が真面目にバレーをやってきたことは、この俺が知ってる」
「は?何言って…」
「言っただろう、何時も体育館裏にいたと。その時バレー部の練習風景が見えるんだ。初めは何となく見てたんだけどな、いつも思ってたぞ。百瀬、凄いなって」
「え…ええー??ぷっ、あはっ、あはははっ!」

まさか、自分の努力を見ていてくれてた人がいて。それが松野カラ松?いつも自分の告白待ちしてたやつが?そんなの、笑っちゃうじゃん。
笑いが止まらなくて、初めはキョトンとしていた松野カラ松も一緒に声を出して笑っていた。

「言いたい奴には言わせておけばいい。百瀬が頑張ってることは俺以外にも分かっているやつはいるさ。ぜったいに」
「……」
「それに、」

数秒の沈黙のあと、松野カラ松が言った言葉に、何でか泣きそうになった。

「百瀬は、笑った方がかわいい」

「かわいい」と言われることが大嫌いだった筈なのに、何で。女らしくしろとか、女なのにとかそういう言葉が嫌で堪らなかったのに。押しつけじゃなく真っ直ぐな気持ちで、そのままの私でいいんだと言ってくれたような気がして。

「あっ、す、すまん。かわいいとか言われるの苦手なんだよな。その…なんだ。笑った方が…いいなと思ったんだ」

この人は、どこまで優しいんだろう。素直に、笑って言えた。

「松野カラ松」
「ん?」
「ありがと」


次の日、部活に出ると体育館裏の出入口に松野カラ松が座っていてお互いに微笑みあった。

「えっ、なになに?あれ松野次男じゃん!るり、あいつといい感じなの!?」
「えっ!?!いっ、いや!そういうんじゃないから!!!!」

この会話が聞こえたんじゃないかと気になって松野カラ松の方へ見ると、へらへらと笑って手を振っていた。そんな姿が可愛く思え…

ん?何だ、可愛くって…!ないない、ないから!!ありえないから!

(続くかもしれない?)
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