「結婚しよう」

春、桜が舞い散る公園で隣の彼が呟いた。

「は?」
「いやだから、けっこん、しよう」

高校三年生になったこの春、突然同級生の松野一松が「ケッコンシヨウ」と言った。私たちは高校二年の時クラスが一緒になり、席が隣同士になった。最初の数ヶ月は目線が交わるどころか会話もしたこと無かったのに。私の鞄についているキーホルダーや、文房具などの猫のキャラクターを見て初めて話しかけられたのだ。

「…猫」
「…えっ?」
「好きなの、猫」
「えっ、あ…うん」
「飼ってんの?」
「いや、飼いたいんだけど…うち飼えないんだよね」

その後は会話も続かなくて、何だったんだろうなんて思ってたんだけど。その日の放課後「ねえ、ちょっときて」って言われて。不思議に思いながらも付いていくと、今いるこの公園を住処にしている猫に合わせてくれたのだ。そこから恋に…発展していない。お互いどちらも告白なんてしていない。高校三年のクラスでも一緒になり、今でも話すし帰り道もたまにこうやって一緒に帰ったりするけど。私たちは、付き合っていない。それなのに、この男は突然付き合ってもいない私に向かってプロポーズをしてきたのだ。そりゃ、「は?」って言いたくもなるでしょうよ。

「俺のこと、嫌いなの」
「いや、そうじゃないけど、ていうか私が言いたいのは」
「じゃあ、好き?」
「…………そもそも私たち付き合ってないじゃん…」
「じゃあ今から付き合おう」
「だ、だから…もう、何?どうしたの突然」
「……突然じゃ、ないけど」
「えっ?」
「何でもない」

一松は、その辺のチャラい男とは違うと思う。寧ろその逆で、コミュ障の頂点を極めた男ってレベルで。私以外の女の子と話してるの見たことないし。ていうか男友達も…いないと思う。六つ子の兄弟としか話してるの見たことない。だから私と普通に話してるのを見たその兄弟達がざわついて、私たちのクラスまで茶化しに来てたっけ。まあそう考えると、あの時よく私に話しかけてきたなぁと思うけど。

「俺は…百瀬が好きだけど…」

どきんっと心臓が大きく跳ねた。改めてそんな風に、真っ直ぐに言葉にされると、恥ずかしくなる。猫に餌をやりながら、俯く一松の横顔を盗み見た。これって…本気の顔、だよね。

「いつから、好きだったの、わたしの…こと」
「ちょっと前から」
「ふぅん…」

自分から聞いたのに、恥ずかしくなって言葉に詰まる。よいしょ、と一松は猫を抱き上げて公園のベンチに腰掛けた。腕の中の猫がみゃあ、と心地よさそうに鳴いた。

「何かさ、」
「うん?」
「こうやって、公園に散歩しに来て二人で猫を撫でたりして」
「うん」
「そういうの、いいなって思うんだよね」
「………」
「たぶん、歳とってじいちゃんばあちゃんになってもこうやっていられそうで」
「…もう老後の話かい」
「うん、そういう想像が出来ちゃってんだよ、百瀬となら」
「…………」

なんか、狡い。そんな言葉、どこで覚えてきたんだ。ドラマか、少女漫画か。何で付き合ってもない奴に、こんなこと言われて、嬉しくて泣きそうになってるんだろ。悔しいけど、私もそんな日常が想像出来るし、そんな何気ない日常の幸せがすごくいいなぁって思ってしまった。

「え、百瀬、泣いて」
「なっ、なっ、泣いて!ないっ!!」

慌てて大声で否定すると、気持ちよさそうに寝ていた猫が飛び起きて腕の中から逃げてしまった。なんだよ、一松のくせに。コミュ障拗らせてんじゃなかったのかよ。
にや、と目を細めて私を見つめる。けど、その視線に気付いていても合わせられない。

「俺と結婚したくなった?」

悔しいけど。

「…………ま、まぁ、すこしは」
「えっ」

さっきまで結婚しようだとか好きだとか散々余裕顔で言ってきたくせに、途端に顔を赤くするんだから、本当に狡い。私だってたぶん、真っ赤になってる。

「でで、でもまずはお付き合いからね…っ!」

きっと、私が本気で彼を好きになるのはそう遠くない未来。こんなに簡単に好きになっちゃうなんて、おかしいかな。ふと一松をちらりと盗み見ると、先程逃げたはずの猫がまた戻ってきていて一松に撫でられていた。私の視線に気付いた一松と目が合う。

「もう少し、ロマンチックなプロポーズが良かった?」
「んー?うーん」
「生憎そういうのが苦手なもんで」
「それがそうでもないんだなぁ、不思議なことに」

えっ?と猫に夢中だった一松が私の方へ振り向く。一松が座っているベンチの隣に腰掛けた。視線を感じる、隣が照れ臭くて見れない。気持ちいくらいに晴れた空がだんだんと夕暮れになっていく。それがいつもならきっと切ない景色に見えるのに、今日は何だかあたたかく、綺麗だと思えた。

「私には、充分ってこと。充分過ぎるくらい」
「…おまえさ」
「ん?」
「もう俺に惚れてんじゃないの、それ」

一松らしくもない台詞に思わず、ぶはっと吹き出した。まるでおたくの次男みたいじゃないですか。そう笑ったら思いっきり睨まれた。まあ、当たってるんですけどね。
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