小さい頃はずっと一緒だった。どこに行くのも一緒で、学校の放課後も、土日も、夏休みも冬休みも。今だって松野家兄弟とは飽きもせず遊んでいる。異性の幼馴染なんて、思春期を迎える頃にはいつか疎遠になることが多いと思うけど。私たちは家が近いことと親が仲いいこともあって、小学校中学校そして高校生になっても変わらずにいた。四男を除いては。

「お、一松おかえり。一緒にゲームする?」

「・・いい」

他の五人は変わらないのに。一松だけはいつしか私を避けるようになった。私が遊びにくると一松は何かと理由をつけてどこかへ行ってしまう。視線も合わせてくれない。私が何か怒らせるようなことをしてしまったのか、私のことを嫌いになったのか。おそ松に「お前ら喧嘩でもしてんの?」と言われたこともあったけど、そんなの私が知りたい。一松の素っ気ない態度に傷つきながら、心はずっともやもやとしたまま年数が過ぎていった。

一緒にゲームしようと約束をしたある日、松野家に行ったのになんと五人とも家にはおらず、一人で玄関先で待っているとしとしとと雨が降ってきた。今日の天気予報は晴れのち曇りだったのに。足音が聞こえ振り向くとそこには走ってきたのだろう、雨に少し濡れた一松が立っていた。

「あ、一松・・」
「・・・・入れば」

不機嫌そうに引き戸の玄関を開けた。一松の後に続き家へ入り居間に行くと、一松は「ん、」と視線を逸らしたままフェイスタオルを渡してくれた。たったそれだけなのにほっとしている自分がいた。
まだ、誰も帰ってこない。もしかしたら急な夕立に皆帰れなくなっちゃったのかな。会話もなく、聞こえてくるのは静かな雨の音だけ。一松と二人きりなんて、いつぶりだろう。心の中でこの急な雨に感謝をした。

「一松と二人きりなんて、久しぶりだね」
「そう、だね」

「今日も、猫に餌あげてきたの?」
「うん」

一方的な会話、まるで反抗期の子供と母親の会話みたいだ。
心臓がどきどきする。今しか、きっと聞けない。隅の壁に寄り掛かる一松に近づき、自分も一松の隣に座ると壁に寄り掛かった。一松の表情が少し硬くなった気がした。

「・・・一松、私のこと、き、嫌いになった?」
「・・別に」
「じゃあ、何で避けるの?」
「・・・・・」

何も言わない一松の横顔をちらりと見ると、濡れた髪の先から雫が落ちそうになっていた。フェイスタオルで拭こうと一松に手を伸ばした時。

バシッ

何の音か。それは一松が私の手を払いのけた音だった。私はきっと驚いた顔をしているんだろう。でも何で、どうして一松までそんな驚いているの。
ああ、やっぱり一松は私のことが嫌いなんだ。そう思った瞬間、今まで溜め込んでいたものが全て溢れ出すように私の目にじわりと涙が浮かんできた。声を上げることもなく、ただぽろぽろと涙を流す私を見て一松はぎょっと目を見開いた。

「あ・・ごめ、」
「もう、いい」
「いや、ちが」
「何が違うの。ごめんね、気が付かなくて。近くにいるのも触れるのも嫌だよね」
「だからっ・・!」

一松の冷たい手が私の手首を力強く掴むと私を壁へと押さえつけた。そして何が起こったのか理解が追いつくよりも先に、私の唇に何かが触れた。それは僅かに空いた唇の隙間からにゅるっと入り込むと私の咥内を激しく犯した。

「ふっ、んんっ」

漸く自分が一松にキスをされているということに気づくが、それでも何も出来ないまま。一松が何を考えているのか分からない。驚きで一度止まった涙は再び流れ始める。それに気づいた一松はハッとすると唇をそっと離した。

「一松が、何考えてるのかわかんないよ・・」
「・・・ずっと、好きだったんだよ」
「へ・・え?」

日も暮れて部屋は薄暗く、下を向いている一松がどんな表情をしているのか分からない。消えそうな声で呟いた言葉が信じられなくて、私の口からは間抜けな声がこぼれた。

「え、だって、ずっと避けられて、目も見てくれなくて、いつも素っ気なくて、」
「人を、好きになったことなんてなくて。今までずっと友達で兄妹みたいだったのに気づけばるりをそういう風にしか見れなくなった。皆といるのを見るだけで嫉妬でおかしくなりそうだった。いつかるりをめちゃくちゃにしそうで、だから・・」

そんな、そんなのずるいよ。言ってくれなきゃ分かんないよ。また涙が溢れ出す。私、泣いてばっかりだ。

再び距離を取ろうとする一松の手を今度は私が掴んだ。
そして私から、一松にキスをした。

「んっ、・・おい、このままじゃ俺、お前のこと」
「いいよ、」
「でも、」
「黙って」

薄暗い部屋の中、一松の瞳が獣みたいなギラギラとしたものに変わった気がした。
一松は狼みたい。友達のいない、一匹狼。だけど臆病で優しい狼。
私は、ううん。私も好きだったんだ。

未だ降り続ける雨に、もう少し止まないでと祈った。
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