百瀬るりがずっと目で追いかけている男がいる。松野家長男、最低クズニートの松野おそ松という男だった。
その目は恋している少女の瞳。だけど世界がキラキラしているか、その人と会えただけでスキップしてしまう程に浮かれているか、決してそうではなかった。
そして、彼女を見つめる人が一人。松野一松。彼女がどうして、恋焦がれているというのに哀しそうに睫毛を伏せているのか知っている。

今日はみんなどこかそわそわしている。好きな人にチョコレート菓子を添えて想いを伝えるイベント、バレンタインデー。自分は別に貰えるなんてそんなこと思っちゃいない。ただ、余計なお節介だとは分かっていても辛いのだ。彼女がその可愛くラッピングしたのであろうお菓子が、きっと無駄になってしまう、それが分かっているから。やめときなよ、って言いたいけど。多分るりは全部分かってて行動しているから、一松は自分に止める権利はないと自分を抑えた。
るりが家に来ることは知っていたから、何となくじっとしてられなくて一松はくたびれたサンダルに足を入れ家を出た。公園のベンチでただひたすら時間を潰す。今日はやたらと時間が進むのが遅い気がした。漸く太陽が沈み始め空がオレンジ色のグラデーションに染まっていく。そろそろ帰るかと腰をあげた時、るりの後ろ姿を見つけた。

「……おい」

声をかけるか一瞬迷ったのに、反射的に出てしまった。

立ち止まり振り返る彼女は想像通り泣き顔……ではなく。きょとん、と阿呆面を向けて「一松」とその透き通った声で呼ばれた。

「また猫に餌あげてたの?」
「……この間から子猫がいるから」
「えっほんと?見たい見たい!」

「うわぁ!かわいい!」
「…うん」
「良かったね、一松に餌もらえて」
「……」
「ひとりで寂しくない?寒いから、凍えないといいね」
「………」

るりの言葉に返事をするようにみゃぁ、と細い声で鳴いた。

「うんうん、ごめんね。うちアパートだからさ、君のこと連れて行きたいんだけど」
「あのさ」
「んー?」
「空元気、やめたら」

空気がぴたり、と止まった気がした。公園には一松とるりしかいなくて、周りにスーパー帰りの主婦や学校帰りの学生、自転車に乗ったおじさん、いろいろな人が行き来しているのに今この空間二人しか居ないような。

るりのトートバッグには、ラッピングされたそれが入ったままだった。そのピンク色の袋を強引にひょい、と抜き取る。

「あっ、」

ガサガサと乱雑に開けると、手作りであろうカラフルにデコレーションされたカップケーキが入っている。それを無言のままもぐもぐと食べた。口の中の水分が一気に取られる。るりはその様子をただ黙って見つめていた。

「なんで、一松泣いてるの」

瞳いっぱいに水分を溜めて震える声を絞り出す彼女。

「泣いてねーよふざけんな」

何故かつられて目頭が熱くなる。もうひとつのカップケーキを取り出しかぶりついた。

「甘すぎ」
「じゃあ、今度は控えめにするよ」

「まあ、食ってやらんでもない」
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