昔、好きだった人。中学の頃、彼が私の前の席になって距離が近くなったのがきっかけ。彼はとても気さくな性格で誰とも仲良くなれる性格だから、内気で弱気な私にも笑顔で話しかけてくれた。下を向くのが癖で人と目線を合わせるのが苦手。何を話したらいいか分からない。そんなコミュ障な私には友達はいなくて。だから何気なく「おはよう」とか「消しゴム貸して」とか言ってくれるのが嬉しかった。私の中で「友達」だったのが「恋」に変わったのに時間はかからなかった。
退屈な学校生活が松野おそ松くんのお陰で楽しくなっていたそんな頃、クラスメイトの男子が零した一言。
「なあなあ、お前らって付き合ってんの?」
「はっ…!?なっ、なんでそんな…」
興味本位で聞いてきただけなんだろうけど、私にはそんなこと興味本位で聞いて欲しくはない。思わず声が裏返って吃ってしまう。
「いや、単純に仲良いし。百瀬さんって普段笑ったり誰かと話したりしないけどこいつとは違うじゃん?だから付き合ってんのかなーって…」
「ちっ…、違います!!」
男子の言葉を遮って否定をした。いや、思わずしてしまった。しかもクラス中に響き渡るくらいの声量で。クラスで目立ったことなんてない私が一斉に注目を浴びている。強く否定してしまったのは、クラスメイトの男子やおそ松くんに私の恋心がバレてしまうんじゃないかと思ったからだ。
教室は一瞬シーンと静まるとまた少しざわつき始めた。はっと気付いておそ松くんを見ると彼はきょとんとした表情の後、切なそうに笑った。
「あちゃー、告白する前に振られたみたいになっちった」
心臓がドキッとしたけど、彼はきっと冗談で和ませようとしているんだと思った。けど私はなんて言ったらいいか分からなくてまた下を向く。
「そんな…あの、そういうわけじゃ…」
「うは、おそ松振られてやんの」
「まあ俺は本当に付き合いたいんだけどね」
「まだ言ってるよ、諦めろっつーの」
そんな会話も心苦しいし気恥ずかしくて私はなにも言えなかった。
幸い、それがきっかけで私達の関係が気まずくなり疎遠に…ということにはならなかった。彼がいつも通りの態度で居てくれたから。
彼のそういうところが好きだ。そして、冗談でも「付き合いたい」なんて言ってくれたことが嬉しかった。
そして私はというと、進学は女子高になり…唯一の「友達」になってくれたおそ松くんとは別になってしまった。私はまた、一人になった。
まだ高校生活が始まった一年目の夏、夏期講習が終わった帰り道コンビニで声をかけられた。
「あれ、るりちゃん」
その大好きな声に振り向かずとも分かる。そして私の心臓が、鼓膜が、脳が幸せな気持ちになる。
「お、おそ松くん…」
私達はアイスを買って近くの公園のベンチに腰掛けた。夕方だから昼間よりは暑さも少しはマシだけれど、それでも額や背中に汗がつたう。汗くさくないか心配だ。
中学を卒業してからだからまだ数ヶ月しか経っていないけれどいつも顔を見ていたせいかとても久しぶりに会ったような気がする。
おそ松くん、少し背が伸びたかな。あと髪も伸びた。
「るりちゃん、髪伸びたね」
アイスを食べながらふと言われた言葉にドキッとした。私が彼に対して思っていたことと同じ。
「そう…だね」
彼は共学校だから、女の子も沢山いて…もしかしたら彼女出来たかな。
「学校どう?」
「んー、まだちょっとクラスに馴染めてない…かも。」
「そっかー、まあるりちゃん美人だからきっと話しかけづらいんだな」
にかっ、とアイス食べながら悪戯っぽく笑う彼は少年みたい。
「またそんなこと言って」
良かった、数ヶ月会ってないだけで不安だったけど私達普通に話せて普通に笑えてる。
「お、おそ松くんは………彼女出来た?」
「いんや、いるわけねーじゃん。前も言ったけど俺付き合いたい人いるし」
「えっ…ええっ?!」
そ、そんな話したことあったっけ…。そんなショックなこと絶対忘れられない筈なのに…。ぽかんと口を開けて驚く私に、おそ松くんはぷっと笑い出した。
「ほら、どいつだか忘れたけどさ。お前ら付き合ってんのー?って言われた時」
それって…。
「俺は本当に付き合いたいんだけどね」というあの時の彼の言葉が浮かんできた。
「まあ、告白する前に振られたみたいになってたけど」
「えっ…ええ?だってあれ冗談…」
「冗談じゃねーって、俺るりちゃんのこと好きだし。あの時も、今も」
いつもはおちゃらけてるおそ松くんの表情が真面目で、調子が狂う。そんな、これって告白…みたいじゃない。
「まあ、るりちゃん美人で可愛いからクラスの男子からすげー人気あったし、無理だろうなーとは思ってたけど。でも席が近くなって、これはチャンスだっ!ってね」
そんな、そんな…。
一方通行の想いじゃなかった。嘘じゃないよね、夢じゃないよね。おそ松くんが私の目を見て「好き」って言ってくれた。
「ひっ…く、うぇ…っ」
「えーっ!えっ、ええ…?ちょっ、なんで泣くの!?」
おそ松くんは泣き出す私に大慌てで、私はポロポロと嬉し涙が止まらなくて。
ずっと言えなかったこと。あの時はごめんねって謝りたかった。ずっと好きでしたって言えなかった。
泣き虫で臆病な私が、彼に想いを伝えたらどんな顔するのかな。
制服の袖で目元を拭うと、口を開けた。
「あのね、おそ松くん。私…ずっとあなたが好きでした。あの時も、今も」
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