それならいっそのこと
「鬼道なんて、いなければよかったのに」
この世の終わりのような表情で塔子は言った。
そっぽを向いていたので、実際の所はよくわからないのだが。
理由は聞けない、聞けるはずがない。 自分の想い人からこんな衝撃的な事を言われたら、大抵は何も言えなくなるのではないだろうか。
俺も例外ではない。
衝撃が大きすぎて、声を出す事すら忘れてしまったのだ。
「鬼道が初めから居なければ、こんな気持ちにはならなかったのに。
人間ってさ、好きな物には、もう一度触れたいとか見たいとか感じたいとか思うだろ? それって幸せな事だけど、苦しい事でもあるんだよな。
だってあたし、今凄く苦しいもん。 鬼道が好きで好きでたまらなくて凄く苦しいもん」
妙に落ち着いて、しかし本当に苦しそうに塔子は胸をおさえた。
なんだ、そういう事だったのか。
テンポよく話す塔子に全くついていけず、俺はまだ頭の中で次に出す言葉を探していた。
自分の脳内はいつからこんなポンコツになったのだろう。
言葉がでないので、仕方がない。
息もできなくなるほどに強く塔子を抱き締めれば「痛い」という小さな声が漏れた。
動かなければオイルをさす