眠れない時に、ちょっと甘えた声で呼ぶと姉さんはすぐに来てくれた。
ヒロト、どうしたの?
眠れない?
必ずこの台詞を言うんだ。
俺が曖昧に答えれば、姉さんは優しく目を細めてあったかいココアを持ってきてくれる。 甘くて美味しいんだよ。 飲みおわったらすぐに歯を磨きに行けと言われるけどね。
でもそれはもう昔の話。
*
久々に寝苦しくて、気持ち悪い夢を見た。
内容はうまく説明できない。
大きい壁みたいな床みたいなものがだんだんと近付いてくる。
耳の中ではステレオスピーカーから出ている音に似ているモノが永遠とループされていた。
本来ステレオスピーカーというものは、音の美しさと魅力を更に引き出す優れものではないのか。何故それが俺を苦しめるのかがわからない。
頭がおかしくなりそうでとにかく怖かった。
目が覚めても息がうまくできなくて、怖くて、怖くて。
とにかく部屋の電気と廊下の電気を全部つけた。
まだ気持ちが悪い。
「ヒロト、どうしたの?」
耳を塞いで心を落ち着かせていたら異変に気が付いた姉さんが走ってきてくれた。
お風呂上がりだったみたいで、長い髪からぽたぽたと雫が垂れている。
「…ごめん、姉さん。 少し寝苦しくて」
「顔が真っ青よ。 待っててね、ココア持ってきてあげるわ」
「待って、姉さん! …ここにいて」
怖いんだ、と更に縮こまると、姉さんはそんな俺をゆっくりと抱き締めてくれた。
「大丈夫、大丈夫よ、ヒロト。 少し疲れたのね」
あなたは頑張り屋さんだから、と背中を撫でてくれる姉さんの温かい手に、思わず眼が潤んだ。
きっと他の皆は"瞳子監督"しか知らない。
俺は"瞳子監督"も"瞳子姉さん"も知ってるんだよ。 羨ましい?
でも本当は、監督も姉さんもいらないんだ。
俺が本当に欲しいのは、
(姉さんは、俺の事をただの可愛い弟としかみていないよね)
幸せなようで幸せじゃない