08


 今日は戦闘訓練という授業があった。これは一対一の徒手空拳で相手をぶちのめすだけという馬鹿でもわかる簡単な授業で、椅子に座って帝王学とか戦略の話とか聞いている授業に飽き飽きしていたわたしは暴れることのできるこの授業に胸を躍らせていた。ちなみにこの授業は二クラス合同で、エスカバとミストレ、二人と一緒の授業だった。わたしは背筋を伸ばし、一人黙々と準備運動をしていた。そこへエスカバが話しかけてくる。

「お前、珍しくやる気だな」
「あったりまえよ!意味不明な堅苦しい授業ともおさらばだし、何より合法で相手のことをぶちのめせるのがいい。この前文句いってたやつらも一緒だし、これは腕がなる……!!」

 わたしは指の関節を鳴らし、にたにたと笑う。青春のかけらもない王牙学園に不満は募っていたけど、この授業だけは褒めてもいい。教官の前に整列をし、点呼をしたあと、戦闘訓練は開始された。わたしは鎖をはずされ、檻から出された猛獣のように猛威を奮った。さすが仕官学校ということで相手もそれなりに強かったけれど、小さい頃から傭兵として育てられ、長年戦場の中を生き延びたわたしにかかればちょろいもんだった。まあ、そんなに積極的に傭兵としては活躍してないけれど。相手の顎を蹴り上げたとき、足裏に感じる顎の骨の感触。向こうの手刀を避ける瞬間に震える皮膚。いつ攻撃を受けるかわからないスリルがわたしの心臓の裏を舐める。それがひどくわたしの体の芯をゆする。加虐と自虐の波が交互に押し寄せ、たまらない思いでいっぱいになる。相手のことをぶちのめすのが楽しい。これが正直なわたしだった。

 一旦休憩を取り、教官の言葉により、女子で一番勝利数が多い人と男子で一番勝利数が多い人が対決することになった。相手はエスカバかミストレあたりか、と踏んでいた。わたしの予想を裏切ることなく、男子の一番勝利数が多い人はミストレであった。選抜され、ミストレとわたしは向かい合う。他の生徒たちはわたしたちを囲むように観戦する。ミストレは一件困ったようだが、嬉しそうに笑う。


「困ったなあ。女の子はあまり殴りたくない性分なんだ」
「嬉しそうな顔してそんなこと言うんだ。その前に女の子がミストレのことを殴りたくないとか思うんじゃないの?綺麗なお顔に傷をつけたくない、とか」


 ミストレはくすりと声を出して笑うと、わたしに近き、耳元に唇を近づけそっと囁いた。

「当たり。だから女の子に会ったときは楽だった。全く自らの素晴らしい美貌にこればかりは困ってしまう。簡単に相手を陥落させるなんてね」

 ミストレの親衛隊たちの引きつるような悲鳴と共にミストレは顔を離し、後ろへと下がる。わたしは体を擽るような甘い囁きに背筋がぞおっとした。それをごまかすように鼻で笑い、挑発気味な口調でいった。

「まあ、美貌も武器っていうけれどね」
「本当は手加減してあげたいけれど、君を倒すとちょうど勝ち星がバダップと同じになるんだ。痛いと思うけれど、恨むなよ」
「あのバダップを追い抜かすために頑張るのは応援したいけど、わたしもみすみすとやられるわけにはいかないからね」


 教官の合図と共にわたしは構える。ミストレも同様に構え、お互いにらみ合った。空気が張り詰め、緊張感にわたしはごくりと唾を呑んだ。はらはらしたけど、それは高揚なのかもしれない。ミストレがどう出るのか、わたしは楽しみに心待ちした。ミストレはわたしの意図を悟ったのか、行動にでた。瞬時にわたしの真横へと移動し、手刀を仕掛けてきた。予想以上の素早さにわたしは慌てて避ける。やはりミストレは他の生徒たちとは別格だった。攻撃の手を緩めず、わたしの隙を容赦なく突いてくる。女の子はあまり殴りたくないとかいっときながら、まったく情けがない。コノヤロー!と心の中で毒づく。でも闘う前にミストレが浮かべた微笑を見たときから、あっこいつ絶対わたしと同じく相手をぶちのめすことが楽しいと思うタイプの人間だ、と予想していたけれど。余計のことを考えていたら、足払いをかけられ、尻餅をつけて転んでしまった。やばい、と瞬時に立ち上がろうとしたが、それよりも先にミストレがわたしの額に手を当てると、後頭部を地面に打ち付けた。痛みが後頭部から頭全体へと広がり、わたしは顔を歪めた。起き上がろうとしたときにはもうミストレに馬乗りされ、マウントポジションを取られた。ミストレはわたしの脇腹の横に両膝をつき、両手でわたしの二の腕を押さえ、腕の動きを封じた。ミストレは優越感溢れる表情でわたしのことを見下しながら言った。

「オレの勝ちだ。降参するなら今のうちだよ」
「まるで女の子が上に乗っているみたいで、はっきり言って気持ち悪い」


 するとミストレの眉間に僅かに皺が寄った。ミストレは右の二の腕から手をはずすと、そのままわたしの右頬を殴った。打撃と共に脳が揺れ、鈍い痛みがじんわりと骨に響いた。ミストレは嘲笑った。


「下にいるくせによくそんな口が聞けるな」


 わたしはミストレの表情が気に喰わなかった。瞳を鋭くして睨みつけたけれど、逆にそれは相手の加虐心を逆撫ですることしかできないことを知っていたので、わたしはあえて嘲弄した。

「女の子は基本下でしょう?あっミストレも女の子みたいだから、もしかして下なのかしら」

 くすっと笑うと、再び右頬を殴れた。二回目はさすがに痛かった。痛みと殴られた衝撃でぐるぐると視界が周り、気持ち悪かった。しかし、ここで大人しく殴られているわたしではない。二回も殴られてやったんだ。そもそもわたしは殴られるより殴るほうが好きなんだ。痛みに耐えながらにやりと笑い、わたしはミストレを煽った。

「一ついっておくけど……」

 わたしは二の腕を掴んでいるミストレの腕の内側に手をいれ、拘束を解く。目をかっぴらくミストレの後頭部を解放された両手で包み込むように掴み、額を自分の額へと近づける。そして思いっきり頭突きをする。頭突きをされたミストレは突然の痛みに額を押さえる。今までのお返しにミストレの右頬を一発殴り、ミストレの腰が浮いたので、わたしは力ずくで右足を上げ、思いっきり彼の腹を蹴る。そして急いで立ち上がった。ちなみにわたしもものすごく痛い。絶対にたんこぶができる。けれどわざと痛くないフリをし、胸を張った。

「相手の動きを止めたいときは顔じゃなく首を狙うべきよ」


 ミストレは額に手を当てながら、歯を食いしばってわたしのことを睨みつけた。ああ、相当むかついてるんだなって表情からすぐにわかった。頭に血が上ったミストレは激情に駆られ、わたしに殴りかかってきたが、寸でのところで教官が止める。どうやら時間が差し迫り、戦闘訓練の授業自体終わりらしい。終わった瞬間、ミストレはいつもの取り巻きの子たちに囲まれ、ひどく労られていた。しかし肝心のミストレは取り巻きの子達の言葉を尻目にわたしを睨みつけていた。どうやら時間切れが不服だったようだ。わたしは彼の鋭い視線を顔を背けて無視し、さっさと教室に帰ろうとした。そのとき、エスカバが話しかけてきた。

「見事に顔殴られたな」
「あいつ、容赦なく殴ってきた。痛いのなんの……」
「なら、医務室に行けばいいじゃねえかよ」
「確かに。医務室行ってくる」
「一人で行けるか」
「なーにーエスカバ君。わたしのこと心配してくれてるの?もうそんなにわたしのことが好きなんだね」
「一人で行け」
「ちぇっ!一人で行きますよーだ!!」

 わたしは眉間に皺をよせ、あかんべえをすると、医務室へと足を向けた。医務室にいくと、専属の人がいろいろと治療してくれた。額のたんこぶも何とか小さくなったし、頬の痛みも治まった。ありがとうございましたーとお礼を言って医務室を出た。すると医務室の扉の横の壁にミストレが背を預けて立っていた。わたしはミストレの姿を目にした瞬間、はっと笑った。

「何であんたがこんなところにいるの」
「オレも誰かさんにつけられたたんこぶの治療だ」
「あらー、その誰かさんがとっても羨ましい」
「その誰かさんも同じようにたんこぶをできたみたいだ。それもオレ以上に」
「なんなら今、あんたのたんこぶをでっかくしてあげようか」
「きれいな顔をこれ以上傷つけたくない」
「ああ、今すごく傷つけたい衝動に駆られた」


 指の関節を鳴らすと、ミストレは静かに笑った。

「君がこんな女の子だとは思わなかったよ」
「それはいい意味?悪い意味?」
「いい意味だ。他の女の子同様、オレの美貌に酔っていたらかけらも相手にしなかった。こんな風に歯向かってくれる女の子を待っていたのかもしれない」
「ご期待には添えられたようね」
「予想以上に。興味が湧いたよ」


 ミストレはわたしの横を通り過ぎ、医務室に入ろうとした。すれ違い際、ミストレはわたしの耳元に唇を近づけ、相手を誘惑するかのように甘く囁いた。

「いつか君を、ナマエを陥落されてあげるよ」







   
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