03


 あれから一週間が経ち、何とか学校には慣れてきた。けれど何だこのわたしの想像とはかけ離れた学校生活は!!部活はもちろんない。放課後、街に出てクレープを食べながら他校のかっこいい男の子を見てキャッキャする乙女の生活もない。この王牙学園といえば放課後はほぼ補習に借り出され、参考データを片手にガッチリとした筋肉が目印の教官の武技を見て、ひたすら賞賛しなきゃならない。まあ、入学して一週間で補習に狩りだされるわたしの怠慢具合もどうかしていると思うけど、これはひどい。おっさんのすっぱそうな汗を見たって何も嬉しくない。まさにげんなりだ。補習を受けるたびにわたしの口からは毎回少しずつ魂が抜けていってると思う。ストレスのあまり寿命が縮むということはこのことだ。エスカバには呆れられるし、バダップには補習を受けるたびに溝に顔を突っ込んでゲロを吐く下衆を見下すような瞳で見つめられる。こんなところでこれから過ごしていけるのかな。とりあえず、満期を終える前に退学になりそうだ。教官ごめんね。


 長くかったるい授業も終わり、昼休みになった。今日もまた補習の宣告を受けてしまった。本当にこれは夏までにクビを切られるような気がした。車酔いしたかのようにフラフラと廊下を歩いていると、ちょうどバダップの教室の中の様子が目に映った。バダップは机に座り、右手で本、左手でパンを持ち、食事を取っていた。周りに人の気配は皆無。一人飯か。わたしははあと頭を抱えた。傍から改めてみると、あいつのコミニュケーション力の無さがよくわかった。そのときちょうどエスカバが廊下の向こうから歩いてきた。わたしの姿を見つけると、真っ直ぐこっちに歩いてくる。そしてわたしの頭を手に持っていたパンで軽く殴る。


「ったくオレにパンを買わせるなんていい度胸だな」
「ごめんごめん、ありがとう。女の子のお願い聞くのもたまにはいいでしょ。だってエスカバの周りっていつも男の子しかいないんだもん。男のボスってやつ?というか女の子とご飯食べるの、わたしが初めてじゃない?」
「うるせえ!!ほら、さっさと金よこせ!!」
「女の子にお金を払わせるなんてナンセンスね」
「ほお、誰がお前の課題の手助けをやってると思ってる」
「ごめんなさい、エスカバ先輩っす。ほんと一週間飯おごります先輩」


 わたしは90度に腰を曲げ、深く頭を下げた。エスカバには補習の課題の面でいつも助けてもらっている。エスカバは目つきが悪くて、柄が悪く見えるけど優等生なのだ。まったく顔に似合わずとはこのことを言うのだろうか。エスカバは呆れたのか軽くため息をついた。


「調子のいいやつだな」
「あっ、そういえばバダップっていつもあんなかんじなの?」


 そういってわたしは教室で一人飯をしているバダップを指差した。エスカバはバダップの姿を見て、驚くこともなく、悲しむこともなく、淡々と言った。


「ああ、逆にアイツが他のやつらとにこやかに飯食ってたらホラーだろ」
「それはまさに地球最後の日ね。それにしても一人飯か……」


 わたしはバダップの姿をぼんやりと見つめた。一人飯。本を読んでいるにしてもご飯を一人で取るのってわたしは寂しいと思う。やっぱりご飯食べながら会話って普通に会話するよりも楽しい。ものすごく腹が立つし、白髪鬼って心の底から罵倒してるけど、ずっと対立してるのも、子供じみてる。もしかしたら、もしかしたら案外根はいい奴だったり、バダップのあーいう態度は今時流行りのツンデレってやつかもしれない。まあ、ほんの一握りの可能性だけど。よし、決めた!今日、わたしはバダップと飯を食べます。わたしから歩み寄ったらバダップも態度を変えるかもしれない。そうと決まれば行動あるのみ。わたしは目の前にいるエスカバの手首を掴んだ。


「エスカバ、行くよ」
「はあ?」


 エスカバは理解できないといわんばかりの表情をしてわたしを睨んだけれど、エスカバに説明するよりも先に彼の手首を掴んで引きずるような形でバダップのクラスへと入った。そしてバダップの席の前まで歩いて行き、バダップの机の上にパンを置いた。バダップは本からチラっと視線だけずらしてわたしを見た。わたしは頬を吊り上げ、出来るだけ笑顔を浮かべた。


「バダップ、一緒にご飯食べよ」


 満面の笑みのわたしと仏頂面のバダップの視線が交差する。しかしバダップは何も言わず、すぐにわたしから視線を本へとずらした。無視された。イラっときたわたしは日々の恨みをこめてコイツの顔を殴って歯の一本か二本頂いてやろうかと拳を握ったけれど、必死に抑えた。わたしは耐久戦に持ち込むことにした。無言のバダップに対抗するため、バダップの前の席の椅子に座り、正面に奴を見据えることにした。と、その前にエスカバの手首を掴んでいた手を離すのを忘れていた。エスカバを見てみると、珍しく褐色の頬が軽く朱に染まっていて、どきまぎとしていた。コイツどんだけ女の子に慣れていないんだ。だけどそんなところが純情で可愛いと思った。わたしはエスカバの瞳をわざと下から見つめ、にやりと煽情的な微笑みを浮かべた。


「どうしたの〜エスカバくん、恥ずかしいの〜?」


 エスカバが恥ずかしがる顔が面白くて面白くて、このまま手を握って指を絡ませたらどんな反応をするんだろうと、胸が躍った。しかし、エスカバはそれよりも先にわたしの頭に直角に手刀を落とした。あまりの痛さに旋毛から頭蓋骨が勝ち割れるかと思った。いったいと声を荒げると、エスカバはふんと鼻をならしてわたしの隣の席の椅子に腰を下ろした。わたしは自分の旋毛付近を優しく擦りながら、椅子に座った。バダップを見つめると、目が合った。無表情ながらも凍てつくような鋭い目つきからして、言いたいことがよくわかる。用がないならさっさと自分のクラスに帰って数式の一つぐらい覚えろ、とでも思ってるんだろう。だけどここでみすみすと帰るわけには行かなかった。わたしはバダップの目から視線を全くずらさず、むしろ睨みつけながらパンを食べた。楽しく交流するはずがどうしてこんなにらみ合いになってしまったのかよくわからなかったが、ここで目を反らしたり、憤怒のあまり感情的になっては負けだとどこか悟っていた。

 結局、休み時間終了までわたしとバダップはにらみ合いながら、お互い飯を食べていた。隣にいたエスカバは、二度とあんな空気で飯を食いたくない、とげんなりとした表情でコメントを残してくれた。エスカバ、ごめん。







   
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