02


 さすがに転入初日に寝坊しちゃいけない思ったわたしはちゃんと設定した時刻に起きた。窓からさす朝日を浴びて伸びをし、ゆっくりと布団を出て指定された制服に着替えようと備え付けのクローゼットを開けた。中からでてきた制服は制服とお世辞でもいえない制服だった。制服というよりも軍服だ。普通の女の子がこんなもんを着て町に遊びに出たら脱走兵と間違われるに決まっている。重ったるしい深緑色の軍服の袖に手を通す。どうして学校にきてまで軍服をきなくちゃいけないとわたしは文句垂れていた。そしてこの軍服を見て、一番に思い出すあの、憎たらしい顔。そうバダップ・スリードだ。顔の筋肉が一つも動かないよう訓練されたかのような無表情。まともに会話をしようとしないあの腸が煮えたぎるような台詞!!思い出しただけでわたしは手に持っていた軍帽を強く握り締め、形を変形させそうだった。いかんいかんと軍帽を元の形に戻し、クローゼットへと仕舞う。バダップもつけてなかったし、きっと普段は必要ないだろう。幸い、バダップとは別のクラスに割り当てられた。指導官だから四六時中監視されるのかと思ったが、そうではないらしい。ひとまずわたしはほっと胸をなでおろした。新しくなるクラスでは輝ける青春をしてやると、手に握りこぶしを握り、わたしは目を輝かせた。


 学校が始まり、わたしは新しいクラスで自己紹介をした。平凡でオーソドックスな自己紹介はまずまずな受けだった。何よりもみんな、転入生という言葉に興味を示し、わたし個人のことなんてどうでもよかった。指定された机に座り、きょろきょろと辺りを見回す。すると隣の男の子と目があった。褐色の肌に精強な三白眼がわたしの目に止まった。とても野生的な雰囲気がした。まあこんな風に褒めてるけど、一言でまとめれば目つきが悪い。それだけのことだった。


「ねえ、名前なんていうの?」
「ああ?………エスカ・バメル」
「そっか!よろしくエスカ!」
「エスカバでいい。そう呼ばれてる」
「じゃあ改めてよろしくねエスカバ!!わたしはさっきあそこで紹介したように、ナマエだよ」
「……よろしく」


 少々ぶっきらぼうに返されたが、悪い印象は与えてないようだった。なにより昨日のバダップの二の舞にならなくてわたしは心の底からほっとした。人に対人恐怖症を植え付けるほど初対面の人に冷淡な態度を取ったバダップはどんだけ鬼畜な奴なんだ。あの白髪鬼と心の中で密かに毒づいた。

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 思った以上に意味のわからない退屈な授業が終わり、わたしは肩をまわした。一般教養として数学や社会などの勉強をしたが数字に滅法弱いわたしにはてんてこ舞な授業だった。数学なんて足す引くかける割るができていれば十分だろうと紙に並んでいるわけわからない記号に向かって叫んだ。しかしこれで放課後だ。やっと放課後だ。休み時間、息を抜こうとしても転入生ということでいろんな人から質問攻めにあったわたしは大きな休みが取れなかった。自分が傭兵であることを迂闊に口にしてはいけないと教官に言われたことを思い出したわたしは必死に過去を捏造した。たとえばここから遠い国の学校に行っていたとか、兎に角とっさにでた言葉を頼りに、適当に物語を組み立てた。計画性のない物語だったので途中いろいろと矛盾が生じてしまったが、何とか笑顔で切り抜けた。帰りの準備をしようとしているとき、わたしはふと名案が思いついたので、隣の席にいるエスカバに手伝ってもらうことにした。


「ねえ、エスカバ。まだわたしそんなに学校のこと知らないからいろいろと案内してよ」
「はあ?他のやつに頼めよ。いろいろと友達できたんじゃねーのかよ」
「いいじゃん!お願い!ねっ!ほら、ちょこっとだけだし。転入生の願いを聞いてくれ」
「……ちっ」


 エスカバは面倒くさそうに頭をかきながらも腰を上げてくれた。わたしはありがとう、と声を弾ませた。鞄を持ち、生徒が疎らな廊下を歩く。わたしはエスカバを心の底からいい奴だと思った。それはきっと昨日のバダップのせいもあるが、いや、アイツと他人を比べてはいけない。アイツはわたしにとって最低ランクである。エスカバの背中についてくと、一つの大きな部屋へと行き着いた。中央にはこれまた広大ともいえるスペースがあり、階段状になった観客席が四方を固めていた。わたしは思った以上に大きなドーム状の空間であること、スタジアムのような造りであることに胸を躍らせた。声を弾ませながらわたしはエスカバに尋ねた。


「ねえ、ここはどこなの?」
「闘技場だ」
「へえ、ここで何をやるの?部活動?」
「そんなもんはやらねえよ。日々の鍛錬や決闘だ」
「血がにじむような汗臭さね」
「お前は闘技場を何だと思ってんだよ」


 他愛のない会話を繰り広げていると、見知らぬ男子生徒が闘技場の中央スペースへと降りていった。そして漂う空間ディスプレイを指でタッチすると、あらゆる武器を出して、それを使って一対一で組み手をし始めた。わたしは目の前で繰り広げられる武技に目をるんるんと輝かせて見つめた。一方エスカバは腕を組んでたいそう退屈そうな表情でそれを見下していた。


「なんでそんな不愉快みたいな表情してるの?」
「こんな子犬のじゃれあいみたいな戦い、見てても暇だ」
「へえー、ねえこれって女の子もできるの?」
「女子がやってるところ、オレはあんま見ねえな」
「じゃあエスカバ今度やろうよ!!手加減はしないからね!!」
「お前馬鹿か?」
「何でよ、もしかしたらわたしのおいろけにエスカバの心を射止めちゃうかもよ?」


 そういってわたしは目を大きくして口角を上げ、その口元に軽く指を当ててエスカバを上目遣いで見つめた。するとエスカバはわたしの子猫のように愛らしい姿を鼻で笑い飛ばし、愚者を見つめるような憐れみをたっぷりと含んだ目で見下してきた。


「勝手にほざいてろ」

 わたしはその言葉にたいそうイラっときた。まるで昨日のバダップのようにむかつく。顔を露骨に歪め、わたしはばっちいものを見るような目つきでエスカバを見つめた。


「女の子に気の利いた台詞一ついえないなんて。アンタ彼女いない暦=年齢でしょ?」


 すると打って変わったかのようにエスカバの表情が一変した。猫の背中のように髪を逆立て、顔を真っ赤にしながら、うるせえと怒鳴りつけてきた。耳を劈くような怒鳴り声だったので、思わず耳を両手で塞いでしまった。










   
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