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 それからわたしはカノンに過去にいく準備をさせられていた。過去に行く準備とはつまりサッカーを学ぶこと。わたしは武器をぶら下げ、手にはメリケンサックを握って、カノンの蹴ってきたボールを胸で受け止めた。


「それで、サッカーって先に相手をぶっ潰したほうが勝ちのゲームでしょ?なら効率よくぶった押すために攻撃力あげとかないとダメじゃない」
「サッカーはそういうスポーツじゃないから!!そんな物騒なものつけてたら駄目だよ!!」
「へぇー……あいつらとやっていたサッカーとはだいぶ違うなー……」


 あいつらとは傭兵のころ知り合った他の傭兵たちのことだ。あいつらとサッカーするとボールを使った殺し合いみたいな感じが必ずフィールドが血まみれになるから大変だ。それにしても、過去に行くのにどうしてサッカーを学ばなきゃいけないんだ。わたしはカノンのボディーガードをするだけでサッカーをしろとは命じられてない。面倒くさいなーとボールをつま先でコロコロとやっていると、「早くパス返して!」とカノンが叫ぶ。内心だるいなーと思いながら、ボールを蹴飛ばす。ボールは綺麗な弧を描き、カノンの頭上を越えていく。カノンは「蹴る力強すぎ!」といって飛んでいったボールへと走った。なんだか走る姿が蝶を追いかける子犬みたいで可愛らしかったから、わたしはくすりと笑ってしまった。サッカーもだるいけどつまんなくはない。もしかしたら思っている以上にはまってしまうかもしれない。


 運動と勉強のバランスは天秤だ。たまにどっちも同じぐらい出来るひともいるし、どっちも出来ないひともいる。大概は天秤だ。運動しすぎると勉強を疎かにするし、逆もしかり。つまりわたしが言いたいことはカノンとサッカーをしすぎて王牙学園の授業をもっぱら爆睡しているということだ。今でさえ教官の言ってる言葉がわからないのに、もっと分からなくなった。むしろ同じ人類であるのか疑問に思うほどだ。あいつらはきっと今よりも高度な文明から渡来してきた宇宙人で、変なこと言ってわたしを洗脳しようとしているんだ。その洗脳の一番手というのは今わたしの目の前で腕を組んでしかめっ面して椅子に座っているバダップというやつで、正座してガムをくちゃくちゃと噛んでいるわたしを物凄い眼力で睨みつけている。といっても、こいつはもともと眼つきが悪いので、睨みつけるというよりも、見ているといったほうが正しいのかもしれない。


「貴様の成績はみるみる下降している。弁明の余地を与えてやろう」
「へいへい、わたしが悪うございました」
「どうしてそんな態度ばかり取る。成績が下がって困るのは貴様だろう」


 バダップに怒られる。でもその言葉にちょっとカチーンときた。もうすぐ指揮官の立場でなくなるってこいつ自ら言ってきたくせに今更わたしの成績についてとやかく言ってくるなんて。成績下がって困るのはもうわたしだけだし、偉大なる王牙学園の指揮官様には何も関係ないことだ。わたしは噛んでいたガムを風船状に膨らませ、立ち上がった。じゃ、と手を掲げてそのままドアへと歩いていく。「待て!」と声をかけられた。わたしはもう一度ガムを口の中へとしまい、「あんたには関係ないことでしょ?」といって部屋を出て行った。あっここブリーフィングルームだったんだ。イライラが止まらないわたしはカノンでもからかいに行くか、と王牙学園を抜け出して、市街地へと行った。最近は王牙学園がクソみたいに思える。ここは牢獄だ。牢獄から釈放されても、待っているのは死。なら脱走してやるよ。


 カノンとのサッカー特訓も集大成に近づいてきた。前よりもカノンを意識してボールを扱えるようになったけれど、ぶっちゃけ、仲間にパスしてゴール決めるより、ボールを思いっきり相手の腹にぶち込んで、一人一人潰してくのが一番効率よい方法じゃないか?絶対サッカーやってきた人たちの中にはこの方法を思いついて実行した人がいるよ。でも、友情とかスポ魂ものが好きそうなカノンには言えなかった。一日のほとんどが市街地で過ごすことが多くなった。王牙学園にいても気がつけば脱走している。外の世界の味を占めたんだ。抜け道も自分で開発したし、あとは作戦を決行する日をお正月の歌みたく待つだけだ。最近、小言の煩い鬼指揮官様も特にがやがや言ってこないし、ラッキー!と思っていたら、鬼指揮官様に呼び止められてしまった。放課後に。ラッキーと思ってしまったことがこいつとのイベントが発生する条件だったのか、と苦虫を噛み潰したような表情をした。うー、苦い。鬼指揮官様バダップは淡々とした物言いでいった。


「オレはこれから機密の作戦に参加するため、予定よりも早く指揮官の役目を終えることになった」
「へぇー、んでいつ?終えるの?」
「今日だ」
「いきなりだね、やっと口煩い奴がいなくなるよ。清々するね」
「最後に言うことがある」
「ふーん」


 お前と会えてよかったとか、そういう言葉かな?いや、もしかしたら意外とこいつわたしに惚れていたとか、いやー、つらいですねー、とりあえず別れを惜しむ言葉とかもらえるのかな?鬼みたいなバダップちゃんからもらえるとか明日は雨でも降るのかな、ざあざあと。ちょっとだけわくわくとしているわたし。そんなわたしの前にバダップは紙を突き出してくる。わたしはその紙をまじまじと見つける。許可証と書いてあった。


「王牙学園を離れるときは、この許可証に名前と理由を書けと前々から言っているだろ」
「……」
「今までの分はオレが穏便に済ませておいたが、もうこれからはそうはいくまい。大人しくこれを書け。それか外出するな」



 わたしは無言でその紙を受け取る。頭を鈍器で殴られたかのようだ。はいはい、期待したわたしが悪うございました。わたしはその紙を真っ二つにちぎる。そしてポイっと放り投げた。バダップは驚き、眉間に僅かに皺を寄せた。わたしはそんなバダップを尻目に踵を返し、猛ダッシュで逃げる。


「バーカ!んなもん今更書くかっての!!最後のよしみであんたが適当にでっち上げてよ!ナマエ、外出理由は男と遊ぶからって!!」
「貴様!」
「じゃあね、クソ野朗!!もう一生会うことはないかもしれないけど、あんたの顔は適当に思い出しといてやるよ!!すっげぇうざい奴がいたってね!」


 捨て台詞のように吐き捨てて抜け道を目指す。男っていってもカノンだけどね。結局バダップはわたしのことを自分の人生にちょっとだけ関わった他人ぐらいしか認識してなかった。命まで助けてやったのに、友達ぐらいには昇格してもいいだろ。あいつは人としてどうなんだ。しかし、そんなバダップに真正面に向き合って友達同士!なんていわないわたしも悪いかもしれないけれど。とにかく、あいつは最後まで冷徹な人造人間だったんだ。


 市街地のファストフード店で適当に時間を潰して、カノンとサッカーの特訓をした。その夜はそのまま、どっかで野宿か一泊しようかと思っていたが、キラード博士から緊急の連絡が入り、家に行った。どうやら、歴史の改変がスタートしたらしい。急いで改変される歴史に飛ぶよう、キラード博士から命令がされた。カノンは意気込み、小鼻を膨らませている。わたしは跳ぶ前にキラード博士に尋ねた。


「ねえ、もしかして歴史を改変してるのって王牙学園のバダップとかいうやつ?」
「執行人物については詳しくはわかりませんが、王牙学園であることは確かです」
「へえー、好都合」


 バダップたちは円堂守を駆逐しに行く。円堂守は80年前に活躍した人物だ。わたしが行きたい時代は80年前。つまりわたしにとっては一石二鳥というわけだ。わたしも80年前に飛ぶのが目的だったとかいったらキラード博士から「まずはカノンを守ってくださいね!」と耳にタコができるぐらい、がみがみといわれそうだから黙っておいた。







   
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