01


 断崖の鉄壁のように聳え立つ、最新の設備や機械を搭載した、大国一の仕官学校とも言える王牙学園。鉄格子のような門の前に立つだけで口を開くのも億劫になるほどの威圧感が体全体に錘のように重圧をかける。そんな中、本日この学校に転入することになったナマエは王牙学園の大きさに圧倒され、口をポカンとあけたまま呆然としていた。しかしそこに畏怖の感情は欠片もなく、その荘厳さに見惚れているといったほうが正しいかもしれない。ナマエはだんだんと顔を綻ばせ、背後にいる少し小太りの、富士山の山頂のような白髪頭の教官にたいそううきうきとした様子で尋ねた。


「これが王牙学園ですか、教官!」
「そうだ、不真面目軟弱且根性が微塵もない糞ったれのお前を今日からここに預け、その腑抜けた魂を鍛えなおしてもらう」
「教官、そこまでずたぼろに言わなくてもいいじゃないですかー……」
「ぬけぬけと。兎に角この一年間、みっちりと鍛えてくるんだな!それまでは絶対に戻ってくるな!!」


 教官は憤りに顔を赤くし、ナマエをたたみかけるかのように言った。ナマエは微苦笑をしながら、両手で教官との間に控えめな壁を作った。ナマエはこの大国の隣にある、小国の傭兵部隊に所属していた。この小国は傭兵産業を売りの一つとしており、非常に近代的で栄えていた。この国からは伝説とも呼べる数々の傭兵たちが生まれ、世界の紛争に大きく関わっていた。どの国もこの小国の名前を聞けば、嘆声をもらし、敵にまわしてはいけないと恐れた。そんな国に生まれ、傭兵として育ったナマエだが、彼女の成績はおそらく国一番の悪さだろ。ろくに戦闘に参加せず、ファミレスのバイトなど地道な金稼ぎばっかりし、また参加したとしてもたいした功績を上げず、戦車の中にこもって携帯ゲーム機で遊び、携帯電話を使って、コミュニティサイトにひたすら近況を綴っているなど、傭兵としてはチャランポランすぎる少女だった。

 そのため、ナマエの品行の悪さに頭を悩ました、傭兵部隊を指揮する教官は愛国心がどの学校よりも高く、忠実な精鋭たちが集まる王牙学園にナマエをぶち込むことにした。規律の厳しい王牙学園にいれば、少しは彼女の気が引き締まり、愚かな行動はしなくなるだろうと教官は願っていた。まさに王牙学園はナマエにとって檻のようなものだった。しかし肝心のナマエは王牙学園を全く檻とは思っておらず、それどころか憧れを抱いていた。ナマエはごく一般の少年少女が通う学校というものに憧れており、王牙学園も一応、学校である。王牙学園の詳細をよく確認していないナマエはこれから始まる華やかな青い春、まさに青春の塊である学校生活を思い、期待に胸を膨らませていた。


 彼女が理想としている学校生活とは真逆なものが待っているとも知らずに。

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王牙学園を訪れた彼女が教官と共に向かった先は応接室だった。軍基地を想像させるような荘厳な造りにナマエは歩きながら訝しげに王牙学園の内部を見つめた。これが華やかなスクールライフを送る学校なのだろうか。青春が滲む汗のにおいなどどこからもしない。どちらかというと血の滲むような汗のにおいだ。本当に自分はここで楽しい生活を送れるのだろうか。ナマエは少々不安になったが、気にしてもしょうがないと前を歩く教官の頭を見つめた。相変わらずの白髪具合にナマエは雪を思い出して、しみじみとした。

 応接間についてみると、無機質なデスクに座り、黒い遮光性のサングラスをかけた壮年の男性がいた。口には白い髭を生やし、手を組み、そこに顎を乗せて部屋へと入ってきた教官とナマエを見据えた。その近くには、目つきの厳しい白銀の髪の少年がいた。壮年の男性と同じく深緑色の軍服を纏っており、手を後ろに組んで凛々しく立っていた。ナマエはこの少年と目があったが、少年はニコリともせず、固い表情で二人を見ていた。ナマエの隣にいた教官は目の前に座っている壮年の男性に向かって勢いよく敬礼をした。ナマエはそんな教官の姿にびっくりした形相をする。教官は横目でナマエを睨みつけ、お前もやれと無言の圧力で合図した。ナマエは慌てて敬礼をする。そんなナマエを見て、白銀の髪の少年はほんの僅か、眉を顰めた。壮年の男性はおもむろに席を立つと、教官とナマエの前まで歩いていき、口を開いた。


「話は聞いている。この学園に入る以上、王牙学園の生徒としての自覚と誇りを持ち、規律に沿った生活をしてもらう」
「ありがとうございます。ヒビキ提督」
「そこの生徒に一人指導官としてこの学園でもっとも優秀といわれる生徒をつけよう」


 ヒビキ提督は低く地面に響くような声を出した。ヒビキ提督の斜め後ろにいる白銀の髪の生徒はゆっくりと歩み出ると、教官同様勢いよく敬礼をした。


「ヒビキ提督の勅命により指導官の役目を任されたバダップ・スリードです」
「バダップ君か、どうかこの盆暗をよろしく頼む」
「はっ」


 川の流れのようにすらすらと事が進んでいくことにナマエは戸惑いを隠せなかった。何よりナマエは目の前にいるバダップと呼ばれた少年が気に食わなかった。愛想笑いも浮かべようとせず、まるでロボットのように無表情な少年を見ていると、指導官というよりも監視官というような気がした。応接室にてヒビキ提督との面会もすみ、ナマエの一件はバダップへと任された。教官は他の仕事が残っているので、改心して帰ってこいと再度釘を刺すと早足で学園を去っていった。


 そして今、ナマエとバダップはこの学園のはずれにある寮に向かうため、廊下を歩いていた。しかしそこには重ったるく息苦しい空気しか漂っておらず、無言で突き進むバダップの背中をナマエがひたすら追いかけているといったほうが合っていた。学校の案内も気の聞いた一言も何も話さないバダップにいらついたナマエはぶっきらぼうな声を上げた。


「ねえ、なんて呼べばいい?」
「バダップでいい」
「そっか、わたしはナマエ!よろしくね」
「ああ」


 そしてまた無言が続く。これはいかんとナマエはまた声を紡いだ。


「いつもこんなかんじなの?」
「無意味なことを喋る必要なんてない」
「女の子との会話を無意味だっていうの?」
「無意味だ」


 ばっさりと切り捨てるバダップにナマエは苛立ちを隠せず、ついに頭を抱えて唸った。


「あー!なんかすごい癪に障る……!これだったら壁と話してたほうがまだマシよ!」
「なら壁と話してるんだな」
「アンタはもっと乙女のノウハウ本とか読んで、人とのコミニュケーションを学びなさいよ」
「役に立つかもわからない本は読まない主義だ」


 バダップの冷酷な返しにナマエは腸を煮えたぎらせる。ここまで社交性のかけた人物は初めてだ、なんて性悪なやつなんだ、とナマエは内心ぼろくそに呟いていた。そしていつしか寮へとついた。バダップに寮を案内され、寮の内部へと進む。そして二手に道が分かれたところで一旦バダップが振り返る。


「左が男子寮、右が女子寮だ」
「あとは?」
「それ以上に説明することなんてないだろう」
「もっと噂とかさ、ちょっとおもしろいような話はないの?」
「ない」
「期待したわたしがいけなかった」


 ナマエは思わず頭を抱えた。そして次に女子寮の部屋に案内されたのだが、その部屋は極めて男子寮に近く、むしろ女子寮と男子寮の中間地点とも言える場所だった。予想外の場所に、寮のドアの前でナマエはバダップに尋ねた。


「こんな場所でいいの?こんなに近くてもいいの?」
「王牙学園の生徒は皆理性的であり、そんな愚かなことをしでかす馬鹿はいない」
「へえー、じゃあ逆の場合は?わたしが男子寮に行っていろいろとしでかしちゃうとか」
「その場合は指導官としてお前に罰を与えるまでだ」


 鬼のように厳しい目つきでギラリとナマエを睨むバダップ。ナマエはそんなバダップの目を見て、たいそう顔を歪めた。見知らぬ他人が見ても、ああ、この人むかついているんだな、と察してしまうほど露骨な表情をしていた。


「アンタって鬼みたいね」
「それがどうした」
「あー!!むかつく!!」


 爽やかな学園生活を期待して転入してきたナマエであったが、初日からバダップという大きな敵が立ちふさがった。青春の汗が煌くスクールライフの雲行きが、ますます怪しくなっていった。








   
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