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 透き通って見えそうなほど青々とした海のど真ん中にぽつんと佇む孤島。太陽に向かって高く伸びる椰子の木に白い砂浜と青い海のコントラストがバカンスを想像させ、まるで常夏の国に来ているようだった。けれどそれもつかの間。島の中央に向かうにつれ、重々しい熱帯林が繁り、孤島の中央には違和感の塊ともいえる灰色の軍事施設。鋼鉄よりも堅物な王牙学園が陽気にバカンスだなんてありえるはずがなく、今日は亜熱帯地域を仮想とした軍事演習の日であった。胸糞悪い気分でいっぱいなわたしは携帯端末機で教官から配布された資料ファイルを目を平らにしながら見ていた。

「孤島の軍事施設かあー疲れる。えーっと今回の演習は、人工知能詰め込んだロボットちゃんとバトル?めんどくさいなー!こんなん前にひどい目にあった何とか爆弾使って一気に殲滅しちゃえばいいじゃん。なんでいちいち闘わなきゃいけないの」
「バダップ、こいつを海に突き落としてもいいか」
「かまわん」


 陸上からならともかく今は戦艦で孤島に移動中であったため、海に突き落とされたらスクリューに巻き込まれたりと大変なことになる。なのにエスカバは容赦なく海に突き落とそうとした。目が本気なこいつらにわたしは冷や汗を掻きながら「ちょっと待った!!」と制止を求めた。バダップは軽く手を上げてエスカバを止める。こいつはいつからこんなにも態度がでかくなったんだ。
 

「演習だ、もっと気を張り詰めさせろ」
「はあああ!!!ただいま……わたしは気を張り詰めている……」
「エスカバ、そいつを海に突き落とせ」
「了解だ」
「ちょっと待った!!待った!!」

 エスカバに投げ飛ばされそうになったが、間一髪のところで号令が入った。このときだけは罵声のようにけたたましい号令に心から感謝した。今回闘うロボットちゃんみたく規則正しく並び、偉そうにしている教官の話を聞く。どーせ毎回同じことだろうと思って、聞いていなかったけれど。解散となり、わたしは自然とバダップの隣にいた。エスカバは他のやつらのところいってるし、ミストレは相変わらず女に囲まれている。まあ後者のところには絶対いかないけれど。あいつの隣に行くんだったら海に飛び込んだほうが百倍ましだ。双子の妹といえば、親衛隊からアイドルみたいな扱いを受けていた。わたしは船酔いしたみたいに気持ち悪くなって、ゲロを吐く素振りをした。おえーっとしていると、潮風に煽られた髪が口の中に入ってきた。潮風だけは満点だった。



「風が気持ちいい。船上演習なんかやめて海で遊びたい」
「海にならいつでも放り込んでやる。自力で帰還するのが必須だがな」
「そのまま行方不明になって逃亡するのもいいかもね。で、今回の部隊、わたしあんたと一緒なの?」
「お前は違う。双子の妹がオレと同じ部隊だ」
「へえー」
「演習の単位を落とさないよう、お前は気をつけろ」



 「優秀生のバダップくんと双子の妹さんならさぞかし演習は塵を捨てるみたいに楽勝ですねーっ」て煽ってみたけれど肝心の本人はまったく興味がないらしく、すたすたと去っていった。その態度にイラっときたわたしは唇を尖らせて海を眺めた。海だけは今日も綺麗だ。



 ロボットちゃんとの仮想軍事演習が始まった。わたしたちの部隊は孤島の熱帯雨林に散らばっているロボットちゃんの殲滅が目標だった。今回敵となるロボットちゃんは融点1500℃以上でも溶けない特殊な金属で作られた銀色のボディが自慢の子で、二足型の人型(といっても四角い箱に細い腕が取り付けられたようなもの)に四足型の戦車みたいな子。前者よりも後者のほうが厄介で、頭部についている銃は三百六十度回転し、キャスターのような足の機敏性は人間の足を遙かに超越する。多少歯ごたえがあって面白いけれど、わたしは乗り気になれなかった。なぜかというとミストレと一緒の部隊に編成されてしまったからだ。わたしは一生懸命銃撃戦を繰り広げる他の生徒達を尻目に防御用に仮設された白い壁を背もたれにしながら項垂れていた。



「あー、早く終わんないかなー」
「ナマエ、ちょっと立ってみろ」



 壁に隠れながら狙撃していたミストレはこっちに振り向き、わたしに立つようにいった。暇だったわたしは言われたとおりに立つ。後ろ向けって言われたからほんの一瞬だけ後ろに振り向いた。瞬きをする暇もなく振り返ったけれど、奴に一瞬でも隙を与えたのがいけなかった。ミストレはわたしの腹を思いっきり蹴り飛ばした。わたしはロボットの前に飛び出す。ロボットが瞬時にわたしのことをロックオンし、銃撃してくる。辛うじて避けたわたしは近くにあった壁に転がり込む。ミストレは愉快そうに笑った。



「これで少しは楽しいだろ?」
「ミストレーー!!!ちょっと待ってなそこで!!あんたを蜂の巣にしてやる!!」


 わたしは隣で小型バルカン砲を用意していた生徒から無理やりそれを奪い取り、ミストレとサシで勝負するためロボットを一掃することにした。それから数分後、バルカン砲を奪った生徒が無線にこう連絡していた。



「教官、ナマエがバルカン砲を装備して仲間に攻撃してきます!!」
「またあいつか……」




 ミストレとやっとサシで勝負が出来ると思ったのに、教官が止めに来た。そしていつもどおり怒鳴られ、わたしはそれを上の空で聞く。ミストレはというと、うまく教官に嘘をついて一人だけとんずら。要領のいいやつめ、わたしはそういうやつが大嫌いだ。

 教官の罵詈讒謗も終わり、ほとんどの生徒が演習を終え、一時休息ということで砂浜に散らばっていた。しかし、バダップと双子の妹の姿が見えない。あいつらの部隊は孤島の中央にある軍事施設にてロボットの殲滅だった。あそこのほうがレベルは高い。だけど大丈夫だろう。自力で海を泳いで帰ろうか。ロマンティックに海亀の背中に乗って、途中巨大鮫と格闘して……なんてシュミレーションを頭の中で繰り広げていたとき、彼らの部隊が帰ってきた。が、そこには双子の妹とその他しかおらず、バダップの姿が見当たらない。わたしは双子の妹と教官の話を盗み聞きする。



「どうして帰還してきた。未だ殲滅が終わっていないだろう」
「今回の演習ですが、私達にはあのロボットは手に負えません。おそらくメインコンピューターからリミット制限が外されていたようで、強制終了の信号を拒絶されました。恥じて死すより、生きて汚名を雪がんという故人の残した言葉通り、勇気と名誉のために全滅するよりかは一時撤退し、好機を待ったほうがよろしいと判断し、わたしたちは一時撤退しました。バダップはロボットを食い止めるために獅子奮闘しております」
「メインコンピューターから……拒絶だと……?」



 教官は双子の妹の言葉に顔を青くしてうろたえている。ロボットちゃんの脳みそにはある程度のリミット制限があり、レベルによって知能も違う。わたしたちが戦ってきたのはレベル3ぐらいで、本当に機械らしく、言われたことしかやらない。しかしレベル5となると、狡猾な人間のような思考を持ち始める。つまりとってもやばいというわけだ。メインコンピューターというロボットを管理しているやつが原因不明の理由でぶっ壊れ、コントロールが効かないとなると、これは教官が生徒を煽って突撃し、無理やり止めるしかない。しかし顔色の青い偉そうなだけの教官がそんなことするはずがない。増援が来るまで待つぐらいだろう。



 わたしは双子の妹のほうも見つめる。建前ではこういっているけれど本音は違う。「あんな化け物みたいなロボットと対戦しても埒が明かない。バダップは演習達成のために奮闘しているけれど、そんなの知ったこっちゃない。たかが学園の演習で傷物になる意味なんてない。さっさとかえってシャワーを浴びたいなー」自分のことのように感じ取れた。教官は散らばっていた生徒を集め、増援が来るまで待機するよう命令した。王牙学園の教官だからといって、全ての教官が勇敢なわけではなかった。皆が待機する中、わたしは簡易武器倉庫から武器を取り出し、装着する。準備が整ったころ、双子の妹が簡易武器倉庫の中に入ってきた。



「ナマエ、どこ行こうとしてるの?」
「どこってバダップを助けにいくの」
「いつか戦争で死ぬ人間を救うの?」
「救うよ。それにあいつはそんなことで死ぬような人間じゃない」
「この演習の教官は待機するよう命じたわ。上の命令には従い、効率よく物事を運ぶのが傭兵の教えじゃなくて?仲間なんて甘えた考え、不要よ。その仲間もいつか敵になるんだから」
「なら、わたしを倒す最強の敵になってくれなきゃつまんない。あいつをぶっ殺すのはわたしよ」
「……愚かね。やっぱりただ単に不良品なだけじゃない」


 双子の妹は呆れたのか、視線を右斜め上に向けて投げやりに言った。わたしはニヤリと笑うと双子の妹の隣を通りすぎ、バダップが闘っていると思われる場所へと急いだ。


 軍事施設に入ってみると、中は悲惨だった。あちらこちらに被弾した後があり、血痕がこびり付いている。銃声のするほうへと走っていき、階段で地下へと潜る。壁一枚向こうで銃撃戦が繰り広げられていることがわかると、壁に爆弾を装着し、わたしは爆破した。結構な威力があり、壁は見事に粉々に破壊された。粉塵の舞う中、バダップが隠れていると思われる壁に転がり込み、準備した拳銃を取り出す。粉塵が晴れたころ、やっとバダップの顔がはっきり見えた。いたるところ、擦り傷と切り傷だらけで二枚目のお顔が大変なことになっていた。わたしは朗らかに言った。


「御用とあれば戦場にも駆けつけます。便利屋傭兵ナマエの登場ー!」
「どうしてきた」
「助けに来た」
「さっさと戻れ、それが一番助けになる」
「強がったこと言ってさ。この数だと一人で殲滅は無理でしょ」

 ざっと見たところ、わたしたちの3倍か5倍くらいのロボットちゃんがいた。バダップはいらいらしながらいった。


「静かにしろ、今処理している途中だ」
「これは早く逃げたほうがいい」
「双子の妹たちは全員退避したか」
「した。それよりもうすぐ弾、なくなるんでしょ。言っとくけど補充は持ってきてないよ」
「貴様は何しに来た」
「だから助けにきたんだって!!というか弾もないのに戦う必要があるの?ない!逃げるに決まってるじゃない。全員退避したし、逃げない理由はないでしょ」


 バダップはしばらく考え込んだ。ロボットちゃんたちが襲撃してくる。銃声がうるさかった。こんなにうるさいんだったら、重くて持ってくるの諦めた小型バルカン砲を持ってくればよかった。バダップは意を決したのか顔を上げた。


「………確かにな……逃走ルートは?」
「階段しかない」
「了解した」



 バダップは腰につけていた一時的にロボットちゃんの脳みそに機能障害を引き起こす爆弾を投げ、やつらの動きが止まったところを見計らい、わたしたちは逃げ出した。バダップとわたしは地下5階の地点におり、追ってくる敵の足止めをしながら階段を登っていく。しかし地下3階の階段を上ろうとしたとき、わたしたちがこのルートを使って退却しようとしているのを先読みしたロボットちゃんに狙撃され、わたしを庇ったバダップが脚を撃たれてしまった。わたしは狙撃してきた奴の脳みそをぶっ壊すと、比較的安全と思われる場所へバダップを引きずる。バダップは痛みを堪えながら止血をする。そして冷静な表情で言った。


「お前は先に地上に戻れ」
「はあ?何言ってるの!!ここでアンタを置いてったらわたしがここきた意味ないでしょ!!」

 とはいっても、バダップは足を打たれてしまったため今までのように機敏に動けない。地上に戻るまでだいぶ階段や廊下を渡らなくてはいけない。わたしがものすごくマッチョになり、こいつを樽のように抱えて走れればいいけれどそんなの夢の話。わたしは辺りを見回し、なにか打開策はないかと焦った。そのとき、わたしの目に小型の荷物用エレベーターの姿が目に入った。これだ!わたしは望みの綱であった先ほどの爆弾をバダップの腰からもぎりとると、ロボットちゃんに向かって投げつける。相手の動きが止まっている隙にバダップの肩を自分の肩に回し、出来る限りの全速力で荷物用のエレベーターへと走った。エレベーターの電源はついており、扉が開いた。案の定人が一人入るか入らないかのスペースだった。とりあえずそこにバダップを押し込む。バダップも自らを足を引っ張る存在だと思っているのか、大人しくされるがままだった。痛みに苦悶しながらバダップは言った。



「お前はどうする。それよりこれは安全なのか……」
「とりあえずこれが一番安全策。わたしは一人でここつっきって階段で戻る」
「死ぬつもりか」
「勝手に殺すな!誰も死ぬっていってない。アンタのために死ぬなんてごめんだね!」


 そしてボタンを押し、ドアを閉める。その前にバダップがドアに手をかけた。センサーが反応し、ドアが開く。


「必ず生きて帰ってこい」
「了解です、指導官殿」



 わざとらしく敬礼して見せると「その調子では死ななそうだな」とバダップは呆れながら言った。徐々に閉まっていくエレベーターのドア。完全に閉まり、無事上昇していくのを確認したわたしは振り向く。敵はすぐ目の前。正直な話、どんな風にするかっていう作戦は全く立てていなかった。ナマエ、大ピンチ。







   
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