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 野生の猪のように暴れ、撃沈されたわたしだけれど、あのカフェテリアに双子の妹がいたことを忘れたわけじゃなかった。昼休みが終わり、皆が教室へと散り始めるとき、双子の妹がわたしにチラっと嘲笑を込めた視線を向けてきた。片目を閉じて合図もしてきた。どこか誰もいないところへ来いってことだろう。虫の居所の悪いわたしにとってはバダップに続き双子の妹という最悪なコンボであるが、双子の妹と一対一で話したいと思っていたわたしは黙って他の人に愛想を振りながらも人がいないところへと歩いていく双子の妹の後をついていった。物音一つしない、誰もいない空き教室。電気が入っているものの、電子盤は使えなかった。双子の妹は誰もないことを確認するとくるりとこちらに振り返った。余裕綽々の人をイラっとさせる笑みを浮かべて。


「ナマエ。クラスが離れてしまって寂しいわ、わたし」
「さっさと消えな。で、なんであんたはここにいるの」
「何でって、ナマエの偵察とちょっとした暇つぶし。今ちょうど傭兵の任務がないの」
「じゃあ、早いうちにここを去るんだね。よかった」
「去るのは貴方が先かもしれないわね」


 双子の妹も同じようにバダップから指導を受けているらしい。指導といっても双子の妹の場合単なる説明係だろう。そりゃバダップからしてみても出来のいい"わたし"と出来の悪いわたしだったら出来のいい"わたし"を選ぶに決まっている。それは十分よくわかっている。双子の妹は他の人に浮かべるような温厚な笑み一つ浮かべず、感情のない冷たいマスクで覆われたような冷酷な表情をした。


「同じ世界に"わたし"は二人もいらないの。さっさと処分されたほうが身のためよ」
「処分されるのは嫌だ。まだやりたいことがたくさんあるからね」
「くだらないことに時間を費やすほど暇だったら、その命を地球のために還したほうがよっぽど世のためになるわよ」
「正直に言うと」
「さっさとくたばりなさい」
「あんたがね」


 これが姉妹の会話か!というツッコミが欲しいと思った。しかしこれは日常茶飯事なのでツッコミは不要だろう。世間でいうおはよう、こんにちはのレベルでわたしたちは毒を吐き合う。まともに会話したことなんて片手で数えられるほど……いや、まともに会話したことなんてもうとっくの疾うに忘れた。兎に角こいつが学園にやってきた以上、いいことなんてありゃしない。さっさと帰れ!!




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 あれから数日、わたしと双子の妹のスペック比較は毎日のように続いた。もちろん双子の妹は女神みたいな評価を受けて、わたしは疫病神みたいな扱いだ。いつもみたいに双子の妹に毒を吐けば、ミストレ親衛隊みたいに双子の妹親衛隊(ほぼ男)が「オレの双子の妹さんになんて口の聞きようだ」とか「顔はそっくりでも中身は全然違うな。まるで天使と悪魔みたいだ」とか「中身が一番大事って言葉をあらためて実感した」とか容赦なく言ってくる。喧嘩ならいつでも買ってやるよ!!と闘牛場の暴れ牛のようになれば教官とバダップを召喚され、わたしは即撃沈。もちろんこんな生活を続けていけばストレスは溜まる一方。おかげで授業ででたレポートも溜まりに溜まってついには消化しきれないほどになった。ここは正直に指導官であるバダップ様に手伝ってもらおうと、放課後わたしは彼の教室に行った。



「バダップ、レポート手伝ってよ」
「どうしてオレが手伝わなければいけないか、オレが納得するよう理由を述べたらいいだろう」
「レポート難しいから」
「却下」
「ばっさり切らなくてもいいでしょ!?指導官でしょ!?」
「都合のいいときだけ指導官の言葉を使うな。これから双子の妹と軍術理論について討論するんだ、予定がある」
「双子の妹……だと……」


 バダップの口から双子の妹、という言葉がでた瞬間わたしは背筋がぞおっとした。今一番聞きたくない言葉である。こいつも双子の妹の毒牙にやられたのか。確かに双子の妹はバダップの好感を得そうなタイプだ。そうか、バダップも奴に落ちたのか……わたしはギリっと唇を噛んだ。バダップは淡々と言った。



「お前が来ても意味ないと思うが」
「だ、れ、が、いくか!!二人で勝手にしてれば?わたしは別に、全然、興味ないし!さっさとわたしの目の前から去れ!!」



 双子の妹に味方するものはみんな敵!!といわんばかりの勢いにバダップは少々驚いていたが、あまり興味がなさそうだった。勝手にしろといわんばかりで見てくるバダップにベーッと舌を出してわたしは教室を飛び出した。こうなったら意地でも一人でレポートを仕上げてやる!!



 やはりわたしは思った。馴れないことはしないほうがいい。例えば朝食に出される目玉焼きにいつもは醤油派なのにソースをかけたり、また逆もしかり。近道になると思って違う道を通ったらかえって遠回りだったりと、普段どおり過ごすことが日常をスマートにする方法だとわたしは悟った。何がいいたいかというと、わたしにこんな量のレポートができるはずがなかった。図書館に駆け込んだのはいいものの、調べる量が多すぎるし、書く量も多すぎる。レポートに必要な本だけもってきてわたしは力尽きた。こうして図書館の本はわたしの枕になったのだ。今頃双子の妹とバダップは二人で軍術理論について討論しているんだろう。自分でも顔が一緒でも能力は天と地ほど差があるなと思った。いやでも、あいつみたいにはなりたくない。今の時代は個性だ個性。誰でもないわたしが一番大切なんだ。なんてことを思っていたら、いつのまにか眠りこけていた。しかし、誰かによって頭部に打撃を受け、わたしは目を覚ました。そこにはバダップがいた。


「なんでバダップがいるの」
「思った以上に双子の妹との討論が簡潔にまとまった。時間が空いたから来たまでだ。とくに用がないならオレは先に失礼する」
「ちょっと待ってよ!!来て早々帰るの!?」
「ならどうすればいい?」
「……レポート、手伝って」
「監視ならしてやる」
「っち」


 盛大な舌打ちをしたがバダップには効かなかったらしく、空いてるわたしの正面の席へと座った。組んだ手に顎を置き、言葉通り、こちらを監視してくる。これはやらないと何が起こるかわからない状況だ。わたしは大人しくレポートを書く作業へと戻った。監視されているせいか、意外とすんなりと書いていけた。バダップも監視するだけじゃなく、ときどき教えたりしてくれた。書きながらわたしは双子の妹とバダップのことについて考えていた。賢い双子の妹にバダップは熱を上げて……なんて三流メロドラマな展開を考えていたけれど、そうじゃないらしい。そもそもバダップが人に惚れこむことなんてあるのかな。こんな堅物野朗が恋などに目覚めたらどうなるんだろう。これはロボットに感情が芽生えたほどの感動物だぞ。とりあえず、バダップは双子の妹だけのことじゃなく、わたしも見ていてくれているらしい。一応見捨てられてはいないんだ。わたしは何だか嬉しくなった。嬉しくなった……?なんで嬉しくなってるの?今までこんな非情冷酷野朗が指導官だなんて思ってたのに。双子の妹がきてからわたしはちょっぴりおかしくなった。もしかして、嬉しいとか思っているのが顔にでてる?これがバダップに見抜かれたら、恥ずかしいと思った。だからわたしはわざとそっけない素振りをして、バダップにいった。


「別にあんたがレポート手伝いにきてくれたことなんか、とくにどうとか思ってないからね」
「レポートを手伝うのに思いなどあるのか?」
「いちいちうるさいなー!あー!」


 わたしは両手で頭を抱え、髪の毛をわしゃわしゃと掻いた。何だか今日は頭が痛い。







   
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