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 教室の隅にて分厚くて本当に人が読める言語で書いてあるのかと問いたくなるような参考書を読みふけるエスカバに携帯ゲームに夢中なわたし。最近タッチペンでスイーっと画面に線を書いて操作するゲームにはまっている。お互い無言でペラペラとページを捲り、カチカチとボタンを連打する。ふとエスカバが喋りかけてきた。


「そういえばお前この前のレポートは終わったのか」
「待ったいまは待った話しかけないで今いいところなのってあーー!!またパズルに突入したよ。エスカーバ!!」


 わたしはゲーム機を膝の上において召使を呼ぶかのように優雅に拍手をした。人に虚仮にされるのが嫌いなエスカバは案の定イラっとした面持ちで三白眼をギロリとわたしに向けた。


「人を召使みたく呼ぶな」
「ここのパズルだけ解いてよ」
「なんでオレが」
「エスカバなら解けると思うけど。もしかして、自信ないの?」


 ニヤリとしながらエスカバを煽ってみると、見事にエスカバは釣れた。分厚い参考書を机の上に置き、「貸せ」とエスカバは手を伸ばしてきた。これだけの煽りで簡単に乗るとは、これは利用価値がありそうだと性悪なことを考えながら「ありがとう!」とお礼を言いながら渡す。そこへ呼んでもいないミストレが来た。


「ずいぶん楽しそうだね」
「ナルシストの椅子はないよ」
「その物言い、失礼じゃないか?」
「うるさい、吐き気がするわ」
「オレに対してそれだったら、自分の顔見たときはどうなんだろうね」


 もはや日常となりうる毒の吐き合いと火花の散し合い。エスカバはつっこむどころか呆れもせず、難関なパズルゲームを解いていた。ここにミストレ親衛隊たちが混じってきたら厄介だなーと思いながらミストレを睨んでいると、ミストレ親衛隊たちよりももっと厄介なやつが登場してきた。


「お前ら、少しは静かにしろ」


 手を後ろに組んで、無表情だけれど視線からして冷酷さが溢れだすバダップがわたしたちに注意してきた。ミストレはバダップの言葉に「うっかりこいつ相手に本気になるところだったよ」と飄々とした態度で言い訳しているけれど、本心はバダップに注意されたことに恥ずかしさのあまり荒立っているだろう。ざまあみろ。バダップから怒られなれているわたしにとってはこんなこと屁でもない。


「まーた眉間に皺寄ってるよ。タッチペン挟めそう」


 エスカバの手からタッチペンを奪い、ダーツで的を定めるようにタッチペンをバダップの眉間に定める。バダップはうんともすんとも表情を変えず、淡々と言ってきた。


「ナマエ、それを貸せ」

 
 バダップがタッチペンに興味を示すなんてどういうことだ?訝しげに思案しながらもわたしは素直にはい、とバダップに渡した。これがタッチペンの最期だった。バダップはタッチペンを受け取った瞬間、何も躊躇することなくそれを真っ二つに折った。もちろんその瞬間わたしは絶叫する。


「あーー!!折ることないでしょ?!」
「この煩わしい空気の根源を滅したまでだ」
「それにしたって折ることないでしょどうしてくれんのよ!!」


 バダップに掴みかかる勢いでわたしは彼を睨みつける。一方バダップは自分は正しいことをしたまでだと一点張り。こいつには体術とかそういうことよりもまず娯楽とかそういうことについて教えたほうがいい。わたしのお気に入りの漫画を貸してやろうかと思ったけれどタッチペンのようになることは目に見えているためやめた。結局タッチペンがないので難解パズルは手詰まりに。エスカバは無駄な時間を過ごしたと不機嫌になるし、ミストレには今日は美味しい昼食が楽しめそうだとまで言われた。どいつもこいつも。



 欠伸連発で何をやったかも覚えていない授業が終わり、放課後が訪れた。バダップもどっか行ってていないし、この間に外にある繁華街にでも遊びに行くか、なんて頭の隅で考えていた。しかしエスカバと廊下ですれ違ってわたしの状況が変わった。エスカバはわたしが廊下の向こう側から歩いてくることに気がついた瞬間、ずーっとわたしの顔ばっか凝視して、いや……とかなんだ……とかごちゃごちゃ呟いている。顎に手を当てて深く考え込むエスカバにわたしは「さっきから人の顔ばっかり見て何なの」と問いかける。エスカバはわたしの言葉すら耳に入ってないのか、独り言のように呟いた。


「ドッペルゲンガーにでもあったのか?」
「はあ?」
「いや、お前とそっくりなやつを見かけた。でも外見は同じでも中身はあっちのほうが気高かった」
「ちょっとそれどういう意味よ」



 わたしと同じ顔でわたしよりも気品のある人物と出会った?こいつは夢でも見ているんじゃないの?いやそれともどっかで優雅な素振りを見せていたわたしの美しさにびっくりしてこんなこと言ってるんじゃないか?(といっても優雅な素振りなんてここにきてから全くしたことがない)わたしもエスカバと同様に首を捻って考え込む。がすぐに答えがでてきた。ドッペルゲンガーってまさか。わたしはすぐに踵を返し、教官室へと急いだ。なんとなくわたしのドッペルゲンガーがそこにいるような気がした。勘だ。お決まりのようにエスカバが「おい!」とわたしに声をかけてきたけれど、返さなくても問題はないような気がしたので放っておいた。


 教官室の扉を開けてみると、そこには教官とバダップ、そして背格好どころか髪の毛の質や肌の色、顔の造りまでわたしとそっくりな女が一人いた。この女のことはすでに知っている。知りすぎてむしろ人生の中で二度と会いたくないやつのランキングに入っているぐらい、嫌いなやつだ。ここがもし王牙学園じゃなかったら、わたしは扉を開けた瞬間殴りかかっていただろう。もちろん相手は避けるけれど。教官とバダップは突然のわたしの登場にとても驚いていた。一方バダップの隣にいる女はわたしが登場することは予想済みだったのか、意地が悪い猫がクスリと微笑むように口角を上げた。わたしは低い声で唸るように怒鳴る。



「やっぱりあんただったのね、双子の妹!!」
「こんにちは、ナマエ」


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「容姿端麗、成績優秀、知能明晰、器量よし、愛嬌よし、才色兼備の転校生、双子の妹。今じゃ王牙ではオレほどじゃないけれど注目の的だ」
「さりげなく自慢まぜんな」
「それに比べて顔は一緒でも墜落堕落性格破綻者学校の屑、いやむしろ人間の屑として有名な暴君ナマエ。ごめん、今だけは君のことを哀れむ」
「言わせておけば、遠慮なく言いあがって!!!」


 双子の妹の近くにはいつも男女構わず人の輪ができていた。教室はおろかカフェテリアでもいつも人がわんさかいて、わたしはそれを妬むことなくボーッと眺めていた。むしろ睥睨していた。双子の妹は昔から仮面を作ることが上手い。双子の妹の本性を知ったらどんなに優しい人でも助走をつけて殴るレベルだ。ちなみに双子の妹とわたしの関係は傭兵仲間兼姉妹というかんじだ。姉妹なんて言葉使いたくないけど、これが一番当てはまっているから不服だけどつかうことにする。双子の妹はとんでもない女だ。任務に邪魔だったら簡単に人のことを切り捨てるし、敵に利があれば裏切るなんて朝飯前だ。加えてあの表面の良さ。今まで騙されたやつたちは泣いているものもいれば死んだやつもいた。まあわたしは直接的被害は受けたことないけど、巻き添え喰らって死にそうになったり、あいつが壊した物品の請求書を擦り付けられたりと散々な目に合ってきた。同じことを仕返してやろうと何度も思ったけれど、双子の妹のほうが数枚上手なのでいつも失敗する。よってわたしはあいつが嫌いだ。カフェテリアにて缶ジュース片手にイライラしているわたしの正面にて、ミストレは優雅に紅茶を呑んでいる。


「で、君と双子の妹っていう子の関係は?」
「ふん、まあ、しいて言えば姉妹みたいなもんかな」
「だと思ったよ。双子かい?」
「双子かな。あーもー!!あいつの存在が胸糞悪い」
「詳しくは教えてくれないの?」
「嫌だ」
「気になるね、君の秘密」


 カップを置いて、親衛隊が溜息をついてうっとりするような笑みを浮かべてわたしを誘惑してくるミストレ。生憎だが、こいつのそういうところには全く興味がない。わたしはふんと鼻を鳴らすと、腕を組んで見下した。


「三回回ったあと土下座して、教えてくださいましってわたしの靴を舐めれば教えてやってもいいかな」
「そんな簡単なことでいいんだな」


 ミストレはすくっと立ち上がって、隣の少し空いてるスペースに移動した。わたしはあっさりと了承したな、と軽く驚きながらもミストレの正面に移動した。仁王立ちするわたしに腕を組んでいるミストレ。一向に三回回るような素振りを見せないので、わたしはミストレに声をかけた。が、その瞬間隙を突かれ足払いされた。見事に地面に崩れ落ちるわたし。尻から落ちたせいか、尻骨に痛みが響いた。キッとミストレを無言で睨みつけると、ミストレはこの前の徒手空拳の授業のとき見せたぐらい、生き生きした卑劣な笑みでわたしを見下してきた。


「地面に這い蹲るのは君のほうがお似合いだ」
「やったな……今のわたしは最絶頂に機嫌が悪いんだよ!!」


 わたしは起き上がった瞬間、ミストレの胸倉を掴みかかり投げ飛ばした。受身をしっかりと取ったミストレは「ナマエと双子の妹さんって月とスッポンどころか、花と塵屑ぐらいだね」なんて呆れた素振りで挑発してきたから、わたしはその挑発に乗ってやった。もちろん、このあとのことはお察しの通りであり、誰かが「教官、またナマエ氏が暴れています」なんて告げ口して、教官が「またあいつか」なんていうやり取りがあったのか、止めに入ってきて、鬼のような形相の教官と氷でできた仮面を被っているかのように無慈悲な表情を浮かべるバダップの二人にお説教を受けることになった。バダップも指導ミスで一緒に怒られていたけれどね。後で何があるかわからないから、このときだけはバダップの肩を持ちたかった。ミストレのことはというと、いざ教官がでてきた瞬間姿をくらました。あいつは意外と優等生だから教官も疑わないだろう。ちくしょう、後で覚えてろ。







   
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