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 わたしは右手首。バダップは左手首。わたしたちは今、手首を一つの拘束具で束縛されている。一生貴方を放さないとか、ずっと一緒にいたいとかそんなヤンデレの意味でつけてるわけではなく、ちゃんとした理由がある。理由っていってもほぼわたしのせいだけれど。捕縛の教練のときに最先端と名が高い黒い合皮の拘束具が紹介され、わたしは興味本位でそれを手にし、いろいろと観察していた。そんなわたしに嫌な予感がしたのか、バダップが飛んできて今すぐ元にもどせと注意してきた。子供扱いするなと反抗したわたしはそのまま鑑賞し続けた。するとバダップは無理やりわたしの手から拘束具をひっぺはがそうとした。そこから取っ組み合いになり、不覚ながらもこのようにお互いの手首にはまってしまった。ちなみにこの拘束具に鍵と鎖はない。中に特殊な磁石が入っており、磁力によりつねにわたしとバダップの手首の間は15センチの間隔が保たれる。まあ、見えない鎖みたいなもん。しかもこれをはずすには電磁パルスを当てるしか他に方法がない。教官が言うには、この忌々しい拘束具をはずすにはどんなに早くても明日以降にならないと無理らしい。まあ、端的に結果を言うと、拘束具によってわたしとバダップは明日まで二人で一緒に過ごさなきゃならない。バダップは眉間に皺を寄せ、すごく嫌そうな顔をしていた。わたしみたいなやつとずっといたら体が腐るといわんばかりの嫌悪のオーラがしみじみと体を突き刺した。わたしだってこんな堅物と一緒にいたら、頭の中に石ころができそうだ。お互いに顔を見合わせ、ふんと鼻を鳴らして、そっぽを向く。


「あーあ、堅物鬼と一緒だなんて」
「一つだけはずす方法をオレは知っている」
「さーすがバダップ!!すごいね!!で、なになに!?」
「お前の手首を切断することだ」


 本気とも取れる冷たい瞳でバダップはわたしのことを睨んだ。わたしは冷や汗を垂れ流し、体を凝縮させてごめんなさいと謝った。こいつなら本気でやりかねない。


 幸い、あの授業が最後だったので助かった。でも放課後、わたしとバダップが並んで歩く姿には誰もが目を点にした。それはそうだ。友達でもこんな近くに並んで歩いたりしない。あの二人、何かあったのかしら。指導官、というのは聞いていたけれど。あれは不自然じゃない?女子生徒が口元に手を当てて、こそこそと言う。ああ、あったよ。あったんだよ!!わたしはひそひそ話をする連中に犬が威嚇するように歯をむき出しにし睨みを利かせて黙らせた。ひっと軽く悲鳴を上げて黙ったのを見届けたあと、ちらりと真横にいるバダップに視線をずらす。バダップは至って普通で、いつもどおり堂々としていた。こいつは全身鉄でできているのかいや鋼か、とわたしはジト目でやつの顔を見つめた。ちなみにバダップが女子寮の部屋に泊まるわけにはいかないので、今日のところはわたしがバダップの家へ泊まりにいき、平然と過ごす予定だった。今日はこのままバダップの家に帰るのか、と軽く息をついた。ちょうど曲がり角に差し掛かったとき、エスカバと鉢合わせした。わたしはげえと顔を歪める。エスカバは拘束具のことを知らないため、非常に面倒くさかった。案の定、エスカバは眉間に皺を寄せ、尋ねてきた。


「お前ら、どういう風の吹き回しだ」
「男女の野暮用に首をつっこむんじゃないよ」
「お前女だったのか。それよりバダップ。この前とりあげた紛争の戦略なんだが、お前の意見を聞かせてくれないか」
「ああ、わかった」
「ってちょっと!!」


 わたしは慌てて二人の会話に割り込んだ。この後はバダップの家に帰って、拘束具の件がバレないように平然と過ごす予定じゃなかったのか!!くわっと目を見開いてバダップを見つめる。しかしバダップはわたしのほうなど目もくれず、淡々と述べた。


「その紛争はオレも興味深かった」
「じゃあ、決まりだな」


 ミーティングルームに行くぞ、とエスカバは腕を組んで言った。バダップと拘束具で繋がっているわたしは嫌でもいくしかない。顔をむっとさせながら、ミーティングルームへと向かうバダップの隣を歩く。エスカバにはたいそう驚かれた。そうだよ、馬鹿がいってもわけわからないけど、行くしかないんだよ!!


 ミーティングルームとは円形に椅子が並び、電子パネルつきの机が椅子に沿って設置させれいるところだ。わたしも入ったのは初めてだった。そしてミーティングルームに足を踏み入れたわたしは、またしてもげえっと顔を盛大に歪ませた。一足先にミーティングルームにはミストレの姿があり、ミストレは椅子に座りながら優雅に手を上げ、遅いと挨拶してきた。あの余裕かましてる微笑みが個人的に気に喰わなかった。


「なんであんたがいるの」
「首席を争うものとして、エスカバに呼ばれたんだ」
「はっ、万年二位」


 左手を口に沿え嘲笑すると槍のように鋭い睨みが飛んできた。二位、という立場に相当コンプレックスを抱いているらしい。これはいじり甲斐がある。ミストレは憤怒を抱きながらも平然さを保ち、まあ座ったらとわたしたちに声をかけた。わたしたちは席につくが、拘束具がある以上、わたしはバダップの隣に座るしかほかなかった。他に席が空いているのにあえてバダップの隣に座るわたしにミストレ、エスカバは目を丸くした。あーなんていいわけしよう。わたしは右上に目線を上げ、いいわけを考えていた。すると今回はバダップがフォローしてくれた。


「こいつはオレが監視する」


 ナイスフォロー!わたしはそう心の中でエールを送った。監視なら隣でいても不自然じゃない!でもなにを監視するんだ?わたしの行動?答えはすぐにでた。バダップは軽やかな手つきで電子パネルを弄り、わたしの前に画面を出してきた。そこには明朝体の文字で『帝王学の真髄』と書かれていた。わたしは今にも物を吐きそうなほど顔色を青くした。バダップはわたしの目の前の電子パネルをいじり、何やら設定をし終わると、タッチペンをわたしの前の置いた。


「帝王学の基礎問題が出題されるよう設定した」


 やれ、と目で命令してくる。わたしは机に額をつけた。こういうことか。わかってたよ、わかってたよ。バダップが鬼だってことは前から。

 三人が戦略についてあーだこーだ論争を繰り広げているころ、わたしはいかにもだるそうにタッチペンを動かしていた。わけわからない。堅苦しい言葉ばかりで頭が破裂しそうだった。こういうのは全てひらがなで書いてもらい、そんでもってもっとラフなかんじにしてくれないと解読できない。適当に文字を書いて、間違えて、参考文章に戻って、でまた適当に文字を書いて、間違えて。終わりのないループを繰り返していたころだった。突然画面に手紙のマークが現れた。わたしはきょとんとし、それをタッチする。するとメール画面に飛び、短い文章が現れた。


『バダップとナマエ、何かあった?』


 差出人相手を見てみると、ミストレだった。ミストレへと目配せすると、彼と目が合い、ミストレは不敵に微笑んだ。バダップとエスカバはどうやら二人で熱い論争を繰り広げており、ミストレはそのむさ苦しさに辟易し、こうしてメールを送ってきたんだろう。わたしは軽く笑ってタッチペンを動かした。


『別にー!あったとしてもミストレには言わない』


 送信すると、すぐにミストレへと届いた。ミストレはメール文章を読み、小さく笑った。タッチペンを動かし、返信してきた。


『二人の間には重大な秘密があるのか』
『聞くとしたらバダップに聞いてよね』
『バダップの口を割るよりも、君から聞いたほうが早い』
『嫌だ。バダップに怒られる』
『バダップには下手だな』
『だってバダップは鬼だから何されるかわからない』
『オレにはそういう畏敬の念はないの?」
『ない。きもい』


 するとミストレに眉間に僅かに皺が寄った。


『この美貌を前にして"きもい"だなんて。自分の顔を鏡でみたらどうだ』
『うっせえブス』
『ボキャブラリーに貧弱だな』
『きもい』


 わたしは笑いをこらえきれず、くすくすと笑ってしまった。しかし次にきたミストレのメールにわたしは嵌められてしまった。


『右手で心臓を触ってみな』


 気持ちが緩んでいたわたしは思わず触ってしまった。これがいけなかった。まんまと嵌められた。わたしの右手首はバダップの左手首と繋がっており、わたしが右手で心臓を触ると、バダップの左手もそれにつられてしまう。バダップの右手はわたしの右胸の前で止まる。傍からみると、バダップがわたしの右胸を触っているようにも見えた。この瞬間、部屋の空気は凍りついた。ただ一人、ミストレを除いて誰もが表情を凍りつかせた。わたしは信じられないほど顔を青くしてそっと手を膝元に下ろす。恐ろしすぎてバダップのほうを向けなかった。ちろりとエスカバのほうを見ると、目があったがすぐに逸らされた。エスカバは涼しい顔で討論の続きを開始した。声はどうしよもなく震えて、ぎこちなかったけれど。申し訳なさにうつむいていると、エスカバからメールがきた。


『そういうことだったんだ』


 わたしは歯を食いしばってタッチペンを動かす。


『そういうことってどういうことよ』
『バダップと君が何らかの形で"繋がっている"ってこと。おそらく捕縛の教練があったからそれに関係している、そうだろう?沈黙は容認と見なす』


 わたしはタッチペンを置いて、ミストレを睨んだ。今すぐ違うと送り付けたかった。けれどミストレは頭が切れるから言い逃れができないよう仕向けてくるし、違うといってもその理由が見つからない。むかつく!憤怒を奮わせ、唇を噛み締めると、ミストレからまたメールが届いた。


『その表情、とてもいいね』
『うるさい、黙れ。きもい』


 そう返信すると、ミストレはエスカバに声をかけた。わたしは慌てて声を上げて遮る。


「エスカバ!!」
「なっなんだよ」
「えっと……いっ犬のマネします……わん!わんわん!」
「お前……」


 頭大丈夫か、と憐れみがたっぷりこめられた視線を注がれ、エスカバはバダップとの討論に集中した。盛大に恥をかいたわたしはミストレのことを思いっきり睨みつける。ミストレは満足そうに冷笑した。ざまあみろと見下してくる顔には書いてある。こいつの瞳は非道の一色に染まっていた。むかつく!!むかつく!!今にも手に持っていたタッチペンを折りそうになった。しかし折る前にミストレからメールが来た。


『このことは黙っておいてあげるよ。可哀想だからね。でも貸しを一つ作ったってことだから、勘違いはするなよ』


 わたしはその文章を読んだあと、すぐに顔を上げた。ミストレは頬杖をついて、タッチペンを器用に回していた。いつか覚えておけ。月夜ばかりと思うなよ。わたしは怒りに身を震わせながらも、黙っていることしかできなかった。とても悔しかった。







   
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