07

 誕生日を祝われてから、宜野座は妙にナマエのことが気になって仕方がなかった。
当初は掃除、洗濯用のドローンを壊しかけたり、自分が大事にしている観葉植物を下手に世話しようとして枯らしかけたりと迷惑ばかりかけていたが最近やっとドローンの扱い方や観葉植物の世話の仕方を覚え、自分の代わりにいろいろと家事をやってくれたりと分業が様になってきた。
ナマエは一係のほかにも二係や三係でも出動要請がかかったり、機械化保健局に実験のため呼ばれたりと必ずしも毎回一緒にいるわけではなかった。
けれど、ナマエが先に家に帰っているときはおかえりとで迎えてくれたり、朝が遅いときはいってらっしゃいと見送ってくれたりとどんどん彼の生活の中に溶け込んでいった。
また口下手な彼の何気ない話にも笑顔になってくれたりと、ナマエの無邪気さが宜野座の心を擽った。
彼はナマエと距離を取ろうと試みても彼女の純粋さから溢れ出る優しさに絆され、自分でも驚くぐらい彼女に心を許していた。
彼は一人になるたびにシビュラシステムに認証させていない彼女を想うなんて言語道断、不純すぎると自責の念を抱くが、ナマエを見ていると愛しいという想いが抑えきれなくなり、これ以上いけないと視線をはずしても知らないうちに再び彼女に視線を向けていた。
ナマエのことを考えないようにすればするほど彼女のことが気にかかり、その葛藤に日夜悶えていた。

 正午、一係は過去の事件を洗うため端末を使用して調べものをしたり、報告書を作ったりとデスクワークを中心にこなしていた。
ナマエは本来はデスクワークよりも訓練をして身体能力を向上させたりと他にやることがあるのだが、前の事件の始末書の作成のため一係にいた。
佐々山と同じくらい始末書を提出するナマエに毎度苛つきを抱いていた宜野座だが、こうして彼女と同じ空間に入れることは気に入っていた。
自分の仕事をしながら、モニターの合間から彼女の姿を盗み見ては、いけないと誤魔化すためコーヒーの入っているマグカップへと手を伸ばす。
事務的な作業に飽きた佐々山が盛大な欠伸をして、立ち上がる。
ナマエの背後へと行くと、彼女の頭に肘掛にして同じようにモニターを覗き込んでいった。



「始末書は終わりましたか、ナマエさんよ」
「こうみえてもきちんと正確に素早く始末書を書けるようになったよ」
「それは始末書書きまくってるからだろ?しかもここ、誤変換してっぞ。まあ、飯でも食いに行こうぜ」


 空腹で仕方がない様子の佐々山がナマエを急かし、彼女もちょうどお腹が空いていたため報告書を一時保存すると立ち上がり、「食事とってきます」と元気よく狡噛と宜野座に言うと佐々山と共に大部屋を出て行った。
狡噛はそろそろ飯の時間かと零し、背伸びをする。
一方宜野座は未だに佐々山とナマエが出て行ったドアを睨みつけていた。
以前よりナマエと佐々山が仲がいいことは知っていたが、その仲の良さに宜野座は嫉妬していた。
傍から見ると佐々山とナマエは兄妹といっても過言ではないほど仲がいいが別の意味で考えれば、そこに恋愛感情なんてあるはずがなく兄妹以外の言葉を借りるとしたら悪友という言葉が一番しっくりくるかもしれない。
具体的に宜野座は佐々山が簡単にナマエを誘え、触れられるところに嫉妬を抱いていた。自分がナマエを食事に誘おうとしても葛藤が邪魔をし、なかなか一歩踏み出せなかった。
佐々山のように軽く、例えばダイムを撫でるかのように触れようとしても心が高鳴ってひどいときには近寄れさえしなかった。
肘をついて一人悶々としている彼に狡噛が話しかける。


「ギノ、俺もとっつぁんと飯に行くが、お前はどうする?」
「……俺はしばらくここにいる」
「わかった、だがちゃんと食事はとれよ」
「言われなくてもわかっている」


 宜野座はモニターに視線を固定させながら言った。
狡噛が征陸を連れて大部屋をでていったのを見て、宜野座は少し大きめに息をつき、眼鏡を外した。
狡噛もそうだ。
彼もナマエと比較的仲良くなるのが早かった。
狡噛の家よりも宜野座の家のほうがナマエはいることが多かったが、なぜか狡噛とはすんなりと仲良くなり、よく二人でトレーニングルームにいるのも知っているし、何かとつまらないこと、例えばどちらが持久力があるかなどくだらないことで競っている。
この前仕事帰りにラーメンを食べに行った話をナマエから聞いたときは正直羨ましいと宜野座は思ってしまった。
狡噛も佐々山同様、ナマエのことを妹か友達ぐらいしか思っていないのはわかるが、意識するせいか業務内容など必要最低限しかスムーズに話せなくなった自分よりは幾分マシだと宜野座は眼鏡を拭きながら心の中で呟いた。

 彼の自問は一人になると余計に続いた。
ナマエを気にかける想いは間違いなく好きという感情であり、彼もこれが恋であることに気がつかないほど鈍感ではない。
ナマエも自分のことを好きだといってくれるが、その好きの意味は月とスッポンぐらい違った。
宜野座はナマエにとって好きは全てが同じラインにあるに違いないと考えた。
彼女の言動や振る舞いには何も裏がなく、淡い期待を抱いても全く意味がない。
何より彼女はAIだ。
どんなに高性能で人間らしい表情や素振りを見せても、心は機械で造られたものだ。


しかももしも宜野座と同様の感情を抱いていたとしても、その可能性を彼は信じられなかった。
今まで出会ってきた人は誰しも自分に惹かれる前に狡噛に惹かれるほうが多かった。
宜野座から見ても狡噛がいかに魅力的で社交的かはよく存じていた。
だからこそ、彼は狡噛に羨望とコンプレックスを抱いていた。
ナマエも自分なんかを好きになる前に狡噛のことが好きになるだろうと空想すると、自分の抱いている感情が馬鹿らしく思えた。
もしシビュラシステムにナマエが認証されていたら、今すぐお互いの相性をチェックしていただろう。
あんなにも当初トラブルを引き起こして悩みの種だったナマエとの相性は今まででチェックしてきた人物の仲で一番最悪に違いない。
しかし相性が最悪だとシビュラから言われることを彼はどこか恐れ、彼女がシビュラシステムに認証されていないことに初めて感謝した。


 12月に入ると身に深々と寒さが染みてきた。
至るところの電光掲示板にクリスマスセールの文字がキラキラと輝いている。
以前はクリスマスを宗教的な行事の一つとして大きく祝っていたらしいが、今ではクリスマスという言葉はいかに商品を売り捌くかを虎視眈々と窺う企業たちの思惑としか受け取られず、世間もセールが始めるとしか印象を持っていなかった。ショッピングが趣味ではない宜野座にとってクリスマスセールとは人混みにもみくちゃにされ、ストレスを溜めながらする買い物としか思っていなかったため、どうでもよいことの一つであった。
しかしナマエは違った。
クリスマスセールという言葉に魅力を感じているのか、きらきらと目を輝かせ広告を熱心に見つめる。
家にいても支給された携帯端末を使用して永遠と広告を眺めては空想でショッピングを楽しんでいた。
勝手に楽しんでいるならまだ宜野座に被害はなかったが、次第とナマエは行きたいと呟き始め、その声を自然と耳にした彼は眉間に皺を寄せて彼女を見つめる。
ナマエは宜野座を何かを期待している目でちらちらと見つめて言った。



「セール、いいなー……行きたいなー……一緒に……」


 宜野座はナマエの隠し切れていない、セールに連れて行って欲しいというオーラを感じ取り、しばし無言で悩む。
本来ナマエは機械化保健局に要請すればショッピングモール等への外出は許可されるが、それよりも監視官とともに外出ならば要請をすることなくできる。
宜野座はせっかくの休日を人混みで過ごす羽目になることに抵抗を持っていたが、ナマエの瞳を見ていると嫌とはいえなかった。
まるでリードを加えて散歩に行こうと誘ってくる犬のようで、その姿がどこかダイムと重なる。
それに加え、若い男女がショッピングということは世間的にデートと見做される確立が高いと彼の脳裏に浮かんだ瞬間、気恥ずかしさを感じながらも喜びを感じた。
結局、宜野座は腹をくくり、次にお互いの休日が重なるときにクリスマスセールが行われている複合商業施設であるグレイスヒルに行くことが決定した。



 約束どおり、休日が重なった日に二人は少し日が暮れ始めた頃にクリスマスセールへと出かけた。
意気揚々と人混みの中を歩くナマエとは対照的に宜野座はエリアストレス用のサプリの摂取量を未だに頭の中で気にしており、浮かない顔をして彼女の隣を歩いていた。
クリスマスセールはどこも似たりよったりの箇所があったが、ナマエはそれでも新たな装飾や品物が目に入るたびにはしゃぎ、始終顔がにやけっぱなしだった。
それは先日の水族館のようで宜野座は彼女の嬉しそうにしている姿を見て、自然と穏やかな表情をしていた。
しかし興味が向くまま動くため、隣にいると思ったらいつの間にか先に進んでいたりとナマエの姿を追いかけるだけで宜野座は疲れを感じた。
いい加減痺れを切らした宜野座はナマエに苛々した声色で言い放つ。


「どれもこれも同じようなものだ。早く違うフロアへ行くぞ」


 宜野座はそういうと背中を見せて、先に行く素振りを見せる。
彼の中では彼なりの計画があり、ただいまの時間は午後六時頃。既に夜空が出始め、より一層電子掲示板のネオンの輝きが激しくなり始めていた。
クリスマスセールに行くと決まったときから密かに企てていた計画では施設から出て公園へとすぐに直結されている道は午後五時になるとイルミネーションが一斉に光りだす。
光りだす瞬間を見る予定だったが、ナマエの寄り道がだいぶひどく、余計な時間がかかってしまった。
宜野座にとって買い物とは必要なものを買いに行くため迷うことなどあまりないが、ナマエは散々迷った挙句、何も買わずにいることが多かった。
何のためのクリスマスセールだと食って掛かりたくなったが、実物を見ているだけでだいぶ満足している様子だったので、宜野座はその言葉を飲み込んだ。



「置いていかないで!待って!」



 ナマエは慌てて追いかけ、戸惑いなく宜野座の手を握った。
彼は手を握られた瞬間、胸が高鳴り、その恥ずかしさから視線を彼方へと向けた。
淡い期待を抱いてはいけないと頭の中に言葉が響き渡り、手を離そうとするが繋いでいる手の温かさと感触の心地よさに握る力を弱められなかった。
宜野座が先を歩き、繋いだ手に引っ張られてナマエが歩く形で人ごみの中を歩き、ようやく公園へと渡る歩道にたどり着いた。
歩道の入り口にはイルミネーションとホログラムによって装飾された薔薇のアーチがあり、定番の真っ赤な薔薇から一世紀前まで不可能という花言葉を与えられていた青い薔薇などが咲き乱れ、色彩溢れるアーチだった。
ナマエは思わず感嘆の声をあげ、うっとりとアーチを見上げた。
宜野座もこれほど盛大なイルミネーションだったとは思ってもいなかったため、少し驚いた様子で同じように見上げた。中に入りたくて仕方がなかったナマエは宜野座の手を引いて、軽い足取りでアーチをくぐった。


 歩道には等間隔で薔薇のアーチが置かれ、公園の中の歩道も全てそれが備えられていた。
普段はこの公園は噴水等の環境ホロが設置され、他の公園とデザインが大差変わりないものだったがこの時期だけは特別にデザインが変わるらしく、今年はイングリッシュガーテンをイメージしたイルミネーションとホログラムだった。至る所で輝く電飾を二人は眺めながらゆっくり歩く。
とりわけ宜野座はガーデンのデザインを一つひとつ興味深そうに見ていた。
ナマエは宜野座の表情を見つめて言った。


「なんかギノ、楽しそうだね。薔薇が好きなの?」
「薔薇が好きというわけじゃないが、この庭のデザインが興味深くてな。これでも庭園デザイナーの資格を持っているんだ」
「庭園デザイナーかー……いいねーわたしも頑張れば取れるかな?」
「……1級は難しいが、それ以外の級だったらお前にも出来るだろう。挑戦してみるのもいいかもな」
「もしも庭園デザイナーの資格とれたら、もっといろんなことギノと話せそうな気がする」


 へらっともいえる気の抜けた笑顔をナマエは浮かべて宜野座を見つめた。
彼はその表情にまた煩悩する。
どうしてこんなにも優しくしてくるのか、またその優しさが時には人を苦しめることをナマエは知っているのだろうかと宜野座が遠回しに尋ねようとしたとき、彼女がクシャミをした。
そのクシャミのあと、身を軽く震わせ、寒いと小さな声を零した。
ナマエは冬物のコートは着用しているが、マフラーや手袋などの防寒具はつけていなく、反対に宜野座はマフラーを付けていた。
このとき彼ははっとした。男性よりも女性のほうが体は冷えやすく、そして女性が凍えている横で男性がマフラーをしてぬくぬくとしてるその様子は傍から見ると、宜野座が全く気が利かない男だと思われているに違いない。
彼は慌ててマフラーをはずして、ナマエに手渡した。


「悪い、気が利かなくて。これをつけろ」
「ううん、平気。それはギノのマフラーだからさ」
「俺は寒くはない。体調管理は出来ている。さっき寒いと零しただろう」
「いやー、そんなこと言ったっけー」
「ほら、早くつけろ」
「えーっと……そうだ!」


 ナマエは宜野座からマフラーを受け取ると、それを細長くし少し背伸びをして彼の首に巻く。
余った部分を自分の首に巻き、胸を張って言った。


「これで二人共暖かいよ!」
「どう考えても長さが足りないだろ」

 宜野座は軽く溜息をついて自分の首に巻かれているマフラーをはずした。
ナマエの提案は二人共マフラーを巻いているが、長さが足りないため首輪同士を繋いでいる鎖のようでメリットよりもデメリットのほうが多かった。
宜野座ははずしたマフラーを器用にナマエの首に巻いた。
ナマエは一瞬、悪いと思ってはずそうと手をかけたが、はっとして表情をして手を止めた。
だんだんとにやにやとした顔つきになり、嬉しそうに言葉を零した。


「ギノのにおいがする!」
「やっやめろ!嗅ぐな!」
「いやだ!この匂い好きなんだもん」


 目を細くして花のように朗らかに微笑むナマエを見て、宜野座はどこか照れくさいものを感じた。
彼は斜め下を向いてそれを誤魔化すかのように言った。


「飯を食いに行く前に、お前用のマフラーを買いに行くぞ」
「いいの?この前もう一生お前に物は買わないって言ってたじゃん!」
「あれは買ってやった鞄を俺の目の前で壊したからだろう、一応高級ブランドのものだったんだぞ!」
「えーっとその件については……とても申し訳なく思っています……」
「鞄はともかくマフラーなら壊される心配はないだろうしな」
「やったー!ありがとう、ギノ!」






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