06

 監視官用の宿直室の改装が無事に終わり、宜野座はやっとナマエのお守りから解放されると安堵した。
しかしナマエは宜野座の家、主にダイムをかなり気に入っているせいか宿直室に戻ることを渋った。
宜野座とナマエが口論し、彼は彼女の懇願と押しに負け、結局期限が執行官に空き部屋が出来るまでとなった。
最初は腑に落ちない表情でまた色相が濁ると厭味を零していたが、彼はまたナマエが宿直室に泊まり、自分のような目に合う被害者のことを考え、しょうがないと無理やり納得させた。
一人でいるときよりも鬱陶しさが増すけれど、宜野座がストレスケアをしていたり、ナマエが番組を見ていたりするときはお互いを空気のように感じ、最初に予想していたいつも一緒にいるという煩わしさは案外感じないものだった。
それに加え、家族や恋人のいない宜野座にとってナマエは家にいるとき唯一話す存在であり、意外にもナマエとの雑談は知らないうちに色相を浄化していたりした。

 ちょうど月日が11月に差し掛かったとき、ナマエは征陸と会話していたとき宜野座の誕生日が11月の下旬頃だということを知った。
彼女は宜野座のことが好きであり、また日頃の感謝を篭めて何かを贈ろうと考えたが、なかなかいい案が浮かばなかった。
宜野座の持っているものは全て高級なものらしく、そこらへんに売っている安物を贈っても迷惑なだけかもしれない。
かといって、宜野座の気に入るような高級品をナマエが買えるはずがなく、迷った挙句佐々山に相談することにした。
佐々山はナマエにとって兄貴のようなポジションであり、一番いろいろなことを聞きやすい存在だった。
執行官宿舎にある佐々山の部屋に行くと、佐々山はソファーに寝転んで煙草をふかしていた。
ナマエがソファーへと近寄り、相談事を話すと彼は最初はふーんと上の空で聞いていたが、何か閃いたのか悪戯そうに笑って言った。


「わたしをプレゼントなんて、どうだ。こう両手首とかに首にリボンを巻いてさ」
「おお!なんてお金がかからないプレゼント!でもそれ喜ぶかなー……」
「物は試しっていうだろ?とにかくやってみろよ。何なら今日一度予行練習を含めてやってみろよ」
「誕生日プレゼントって練習するものなの?」


 ナマエは疑問に満ちた表情で佐々山に尋ねた。
しかし佐々山は宜野座が喜ぶ云々よりも彼がどんな反応をするかが楽しみであり、「唐之杜あたりならリボン持ってそうだな」とうきうきした様子で言った。
その後佐々山に連れられ、唐之杜にリボンを貰いに行き、二人に笑顔で見送られたナマエは家にてリボンを巻く練習をしていた。
時刻は午後十時、もうすぐで宜野座が公安局から帰ってくる頃だった。
佐々山の言うとおり、ナマエは両手首にリボンを巻こうとしたが当然一人では至難の業だった。
いつ宜野座が家に帰ってきてもおかしくない中、ナマエは必死になってリボンを巻こうとする。結局巻けずにおわり、どうしようかと悩んでいたとき、床で寝ているダイムの姿が目に入った。
そのときナマエは閃いた。彼女はリボンを首に巻き始めた。
佐々山のアドバイスを頭の中で復唱する。
一人では解けないようにきつく、けれど簡単にはずせるように。
ナマエはリボンを引っ張り、きつく締める。
喉が圧迫されてかなり苦しい。それでもちょうちょ結びをしようと歯を食いしばってリボンを結う。
最後の締めに取り掛かろうとしていたとき、宜野座がちょうど帰ってきた。
宜野座はリビングで首にリボンを巻きつけているナマエを見た瞬間、思わず声を荒げた。



「おっおい、ナマエ!何をやってる!」



 彼にとってはナマエがリボンで自分の首を絞めているようにしか見えなかった
。急いでちょうちょ結びの紐を解き、緩める。
ナマエは大きく深呼吸をして息を整えた。宜野座は眉を顰めて尋ねた。



「何か思い詰めていることでもあるのか?」
「その……わたしを……プレゼントに……」
「どういった意図でこんなことをした。また佐々山に何か言われたんだろう?」
「佐々山がわたしをプレゼントにすればいいって、それでリボンを巻いてて……驚くほど強くなっちゃった……」
「お前は本当に馬鹿正直だな。佐々山にいい様に遊ばれてるぞ。それにお前がプレゼントで来ても、俺はいらない」
「えぇ?!そんな!」
「とにかく、もうこんな真似はするなよ」


 宜野座は床に落ちているリボンを手に取ると、テーブルの上へと置いた。
結局佐々山の考案したプレゼント作戦は失敗に終わった。



 後日、ナマエは佐々山には相談しないと決め、狡噛を次の相談相手に決めた。
公安局の廊下にあるドリンクサーバーでソファーに座り、狡噛に宜野座の誕生日プレゼントについて意見を聞いた。
すると手作りの料理なんてどうだ、と狡噛は缶コーヒーを片手に意見を出してくれた。
狡噛の考えに感動したナマエは目を爛々と輝かせて、お礼を言った。
佐々山の部屋には珍しくキッチンがあり、そこで練習することにした。
レシピを適当に検索し、人気ランキングにあったのでガトーショコラにすることにした。
レシピに書いてある材料を調達し、いざ調理を始めようとした際今までソファに座って遠目で眺めていた佐々山がキッチンへと近寄り、一言言った。


「お前、料理できんの?」
「レシピがあるし、これを見ながらやれば出来るって」
「本当かよ……俺がいったコーヒーに塩を信じた奴が言う台詞とは思えねーよ」
「とにかく!一発でおいしいガトーショコラを作ってみせる!その第一号を佐々山、味見をよろしく!」
「正しく言えば毒見だけどな、それより優しいお兄さんが手伝ってやろうか」
「手助け無用!一人で成し遂げてみせる!」


 そう意気込んで、お菓子作りに取り掛かったナマエだが手つきがどこか頼りない。
佐々山は常に料理器具やレシピを睨んで、眉間に皺を寄せながらあたふたと動き回るナマエを見て、まるで小学生が一人で料理しているみたいだと思った。
彼はところどころアドバイスをしながら、なんとか完成にこぎつけた。
しかし肝心のガトーショコラは決して美しい出来栄えではなく、ナマエと佐々山は出来上がったガトーショコラを訝しげに睨み付ける。
佐々山はぼそりと呟いた。


「お前、どうしてこうなった」
「いや……その、レシピどおりやったんだけど……あれ……?」
「黒焦げた塊にしか見えねーし、なんかべちゃべちゃしてるし、プレゼントって言われてこれ渡されたら失望どころじゃなくて絶望だぞ」
「見た目は悪いけど、きっと味は美味しいって!……ということで、佐々山、一口どうぞ!」
「いやいや冗談だろ、これは食べ物じゃねーよ」
「食べ物だよ!きっと……!よし!こうなったわたしが全部食べてやる!」
「おお、その意気だナマエ」


 ナマエは意を決して生焼けガトーショコラをフォークで切り分け、おそるおそる食べた。
口に入れてすぐに顔を顰め、苦しそうな表情をした。
咀嚼する口の動きが止まっている。
佐々山は水を注いだコップを渡すと急いでそれを手に取り、一気に水と共にガトーショコラを胃に流し込んだ。
食べ終わったナマエの顔色は青かった。
佐々山も興味本位でほんの少しだけ食べてみたが、案の定ナマエと一緒の表情をした。
食べ物もどきのガトーショコラを目の前にナマエと佐々山は腕を組む。


「これは、失敗だな」
「うん、失敗した」
「それで、この産物をどうするよ。まさか俺の部屋に置きっぱはねーよな?」
「そんなことはないですよー」
「声が上ずっているぞ。これ捨てるか?」
「捨てる……のはもったいないなー……かといって……よし、これはわたしが処理する」
「まさか……食べるのか?」
「食べたくないけど……食べ物を粗末にしちゃいけないからね!」
「ナマエ……死ぬなよ、水を入れたコップは任せろ」
「ありがとう、佐々山」


 そうしてナマエは生焼けガトーショコラを息をする暇を与えぬようなスピードで胃に駆け込み、水を一気飲みして流し込んだ。
青い顔をしたまま完食し、そのままソファに倒れこむ。
呻き声を上げており、しばらく起き上がる気配はなかった。
佐々山はその後姿を見て、心の中でよく頑張ったと声をかけた。


 その後もナマエと佐々山(彼は主に味見を担当)は試行錯誤を重ねながら美味しいと思えるガトーショコラを作ろうと練習を重ね、ガトーショコラを生焼けにしなくはなったけれど、なかなか美味しいと感動できるものは作れなかった。
そこで最終考査で一位に輝いた何でも卒なくこなす狡噛に助けを求めることにした。
佐々山の部屋にあるキッチンを前に狡噛、ナマエ、佐々山が立っていた。
狡噛は電子端末に表示されたガトーショコラのレシピをざっと眺め、頭の中に記憶していた。
彼にとってガトーショコラのレシピを覚えることなど朝飯前のようだった。

「この際、トッピングをしてみるのはどうだ?生クリームやら何やら乗せてみるといいかもしれない」
「トッピングか……うん、いいかもしれない!」
「メインがボロボロなのにトッピングなんてしていいのか?」
「これから上手になれば大丈夫!」
「今回は……デコレーションに関してはホログラムでやればいいか……。ナマエ、準備はいいか?」
「うん!よろしくお願いします、狡噛先生!」


 ナマエは狡噛に言われたとおりに動き、一つひとつ丁寧に作っていく。
狡噛はナマエの手つきなどを見て、コツを伝授していく。彼自身料理に関しては昔、学生時代に授業で少しかじった程度だったが、アドバイスの仕方や手つきはまるでパティシエのようだった。
狡噛と二人で作ったガトーショコラは今まで作ったものよりも格段と美味しくできており、ナマエは試しに味見をしていると軽い口当たりだが濃厚なチョコの味が口全体に広がり、思わず目が輝いてしまうほどだった。
生クリームとイチゴのホログラムでガトーショコラの上をトッピングしていく。
狡噛は慣れた手つきでお手本を見せてみる。
狡噛がデコレーションをすると店に売られているもの同然のように綺麗な出来栄えとなった。
比較的平らに引かれた生クリームの上に半分にカットされたイチゴが中央から放射状に広がるようにきちんと整列されていた。
隅に盛られたクリームの形も綺麗で、ホログラムと分っていても思わず手を伸ばして食べてみたくなる衝動に駆られた。
狡噛は一度それを消し、試しにナマエにやってみるよう言う。
彼女は楽しそうな様子でデコレーションをしていく。
しかし楽しそうな表情をしている割にデコレーションのセンスは今ひとつでイチゴの置き方が斜めっていたりと乱雑で、クリームの形も大小バラバラだった。
出来上がったデコレーションはまるで不器用を体現しているかのようで、佐々山は出来上がったものを見て思わず笑いが堪えきれず、吹き出してしまった。
ナマエは少し恥ずかしそうにして怒った。


「そんなに笑わなくてもいいじゃん!」
「いや……でも、狡噛のやつを見たあとだとな……」
「まあ、練習すれば誰でも上手くなれる。あとでデコレーションホログラムをそっちの端末に送るからそれで練習してみるといい」
「ありがとう……コウちゃん!」


 ナマエはとても感動した様子で言った。
彼女は狡噛に言われたとおり、その後もホログラムを使って練習を重ねた。
ガトーショコラのほうは彼から言われたコツを全て記録し、空き時間があったら眺め、頭に叩きいれた。
元々料理に関する知識がそれほど備わっていないナマエにとって、新たな知識を吸収することは大変なことだったけれど、美味しいものが出来れば宜野座も喜ぶだろうという想いを胸に頑張った。
ガトーショコラを練習し始めた直後にナマエは宜野座がどれほど誕生日を楽しみにしているか気になったため、試しに聞いた見たところ彼は楽しみどころか「単純に年を取るだけだ」と仮面のように無表情で吐き捨てた。
彼にとっては誕生日などどうでもいいらしい。
ナマエは余計にハードルの高さを感じ、彼を感動させるためにはより一層頑張らなければと心に誓った。
誕生日の日、ちょうど彼は朝から夕方までの出勤だった。
ナマエは昨日宿直であったため、宜野座と入れ違いになり、朝に家へと帰宅することになった。
刑事課のフロアの窓からまだ日が昇り立ての柔らかな朝日が差す。欠伸をしながら家に帰ろうとしたとき、ちょうど背後から同じく宿直明けの征陸に呼び止められた。
彼は渡したいものがあるといい、彼と共に執行官宿舎へと向かった。征陸はナマエに部屋の入り口で待つよう言うと、そのまま奥へと行き、何かを手に持ちながらやってきた。
それは掌よりも少し大きい額で中にはシベリアンハスキーの油絵が入れられていた。征陸はナマエにそれを手渡して言った。


「今日、お前が伸元に誕生日プレゼントを渡すって聞いてな、ついでにこれも渡してくれ」


 ナマエは受け取ったあと、しばらく悩んだ。
彼女は征陸と宜野座が親子であること、二人の間に確執があることも知っていた。
ナマエはじっと絵を見つめた後、申し訳なさそうな瞳を征陸に向けた。


「わたしが渡していいの?」
「ああ、宜しく頼む。こうやって間接的なほうがお互い素直になれるってもんさ」
「…わかった、とっつぁんからのプレゼント、きっとギノはすごく喜ぶよ」
「喜んでくれるとこっちも描いた甲斐があるな」


 征陸から絵を受け取ったナマエはそのまま家へと帰った。
宜野座は既に出社しており、ダイムだけが彼女を向かいいれた。
征陸から受け取った絵を袋に入れて隠すと、ベッドに飛び込むように倒れ、そのまま仮眠を取った。
本来、彼女の寝床はソファだったが宜野座がいないときはこっそりとベッドを借りていた。
数時間仮眠を取り、起きたときには正午だった。
眠気覚ましにシャワーを浴びた後、事前に狡噛に申請してもらい揃えた材料を使ってさっそくお菓子作りに取り組んだ。
狡噛のアドヴァイスを思い出し、忠実に作っていく。
デコレーションも散々練習した結果、パティシエほどとはいえないがそれなりに様になるようにまでは上達した。
夕方になり、やっとのこと完成したガトーショコラは今までで一番上手に出来ており、ナマエはうきうきした様子でそれを眺め、嬉しさのあまり携帯端末で何枚も写真を取り、後日佐々山や狡噛に見せようとほくそ笑んだ。
出来たガトーショコラは冷蔵庫へと隠し、レンタルしていた誕生日用の内装ホロを試しに使用してみた。
白電球の柔らかい明かりに掌サイズのカラフルなリングの繋がりが天井を飾る。
赤い絨毯が敷き詰められ、椅子や机の角には金の装飾が施されており、煌びやかさが見ているだけで伝わってきた。
予想通りの豪華な内装に満足したナマエは一旦元の内装ホロへと戻し、ダイムを散歩に連れて行ったり、掃除ドローンを起動させたりと宜野座が帰宅するまで時間を潰した。
そして午後七時頃、予定よりちょっと遅く宜野座が帰宅した。
ナマエはとてもわくわくし、弾んだ様子で玄関でダイムと共に彼を出迎え、宜野座はくたびれた様子で靴を脱ごうとしていた。
しかしそれをナマエが遮る。


「ギノ、ちょっと後ろを向いて目を瞑って!」
「何をする気なんだ、それともまた何かを壊したのか?」


 厄介事は面倒くさいといわんばかりの面持ちで宜野座は言った。
ナマエは絶えず笑顔を浮かべ、宜野座を後ろに向かせるため拳を握ってお願いといい続けた。
宜野座は訝しげな視線をナマエにくれたあと、しぶしぶと後ろを向き、目を瞑った。
ナマエは彼の様子を確認したあと、内装ホロをいじって冷蔵庫からそっとガトーショコラを取り出し、蝋燭を差して火をつける。
そっと宜野座の元へと持っていき、ダイムを隣に座らせると彼に振り向くよう言った。
宜野座はしぶしぶ振り向き、ナマエを見た瞬間、目を丸くした。



「ハッピーバースディ、ギノ!」



 天井にある白熱球の柔らかい明かりと温かい橙色の蝋燭の灯火がじんわりと闇の中に広がり、その光に照らされたナマエが優しい笑みを浮かべていた。
宜野座は状況が上手く飲み込めずしばらく硬直していたが、蝋が垂れちゃうとナマエに言われ、やっと我にかえり慌てた様子で蝋燭の火を吹き消した。
こうして蝋燭の火を吹き消したのは何年振りだろうと彼は懐かしさを感じた。


「おめでとう」


 宜野座はその言葉をとても身に染みて感じた。
ナマエの声は本当に心から祝っている素直さと温かさに満ちており、おめでとうの言葉だけで彼は気恥ずかしくなるほどの喜びを感じた。
段々と部屋が明るくなっていき、ダイムがナマエの手にあるケーキを食べたそうに見上げていた。
ナマエはそっと微笑んでダイムを諭し、ダイニングへとそれを持っていった。宜野座はしばらくナマエの後姿を見て、ぼーっとしていたが早くと急かす彼女の声にはっとし、少し照れた様子でああ、と短く返した。
宜野座はダイニングへと行き、部屋の内装を見渡した。
どうやら本当に誕生日を祝っているようだと彼は改めて実感しナマエに言われるがまま、椅子へと座った。
ナマエは丁寧に蝋の雫が垂れた蝋燭を抜いていき、用意していた包丁で八等分に切り分け、その一つを皿に乗せ、宜野座の前へと出す。
ナマエは眉をハの字にして気まずそうに笑いながら言った。


「一応これが誕生日プレゼントなんだけど……高いものが用意できなくてごめんね……」
「これは……ガトーショコラか?」
「今回は味は大丈夫!何回も練習して念には念をこめて作ったからきっとまずくはないと思う!」
「まずくはないんだな?」
「うん!……おいしいかどうかはわからないけど」


 ナマエは斜め下を向き、自信がなさそうにぼそりと呟いた。
宜野座はナマエの少し落ち込んだ表情を見て、しまったと顔色を曇らせた。
彼は今まで手作りのものを受け取った経験があまりないことに加え、ナマエが相手だとどうも素直に好意を受けとることができず、つい捻くれた言葉を返してしまった。
本当は何度も自分のために練習してくれたナマエの好意に甘え、ありがとうとでも一言感謝を述べるべきであったのに彼女の顔を見ていると言葉が喉元で詰まり、上手く口に出せなかった。
討論やディスカッションではすいすいと言葉が次から次へと出てくるのに、こういうときだけ口下手な自分に彼は苛ついた。
宜野座がありがとうと意を決し口を開きかけていたとき、視線をはずしていたナマエが彼の様子に気づき、目を合わせた。
彼女はにこりと笑うと、「気持ちはいっぱいこもってるから」と言った。
宜野座は再び押し黙り、少し照れながらガトーショコラへと視線を落とし、フォークで一口サイズにし、口に入れた。
口の中に入れた瞬間、濃厚なチョコレートの味と生クリームのほどよい甘さが広がり、おいしいと目を丸くした。
市販で売られているものとは違って手作りらしい素朴な味わいであり、自然ともう一口食べたくなった。
見てくれはまあまあだが、一生懸命作ったんだと思える出来栄えであり、このとき宜野座はやっと素直にナマエの好意を受け入れることが出来た。
キッチンドローンで火事を起こしそうになったり、コーヒーに塩を入れたりと料理のセンスがゼロのナマエがここまで美味しいものを作るとしたら相当努力したに違いないだろう。
自分を喜ばせるために頑張ってくれたナマエのことを考えると自然と彼の顔は綻び、彼女の優しさが心の中にじんわりと広がっていくのを感じた。
味を心配しているのか、不安そうにしているナマエに宜野座は朗らかにいった。


「素直に美味しいと感じた。ここまで作るのにだいぶ苦労しただろう、ありがとう」


 ナマエは美味しいという言葉を聞いた瞬間、見る見るうちに頬が緩んでいき、目を輝かして言った。


「本当に?!喜んでもらえて、わたしは本当に嬉しいよ!」


 ナマエの満面の笑みを見て、宜野座はふんわりと目を細めた。
彼は彼女を相手に柔らかい笑みを浮かべられることに内心驚いていた。その笑みは狡噛やダイムに向けるものと同じに見えて、少し異なっていた。
ナマエが褒められて喜ぶ顔を見ていると、彼まで不思議と喜びで心が満たされ、思わず可愛いと呟きそうになった。
狡噛でも佐々山でも征陸でもない、ただ自分のためだけに尽くしてくれた想いに宜野座の理性はくらりと傾けかけ、ナマエのふんわりとした髪の毛を撫でたくなるほどのぼせているのを実感した。
しかし彼は彼女が向けてくる好意はおそらく今自分の胸の中でときめいているものとは異なるものだろうと頭の片隅に思うと、燃え上がっていた想いは途端に勢いをなくし、些細なことで舞い上がりすぎた己に向けての自嘲へと変わっていった。
人生における悩み事を何も抱えていなさそうなほど能天気なナマエに監視官でエリートの道を歩んでいる実直な自分が翻弄されるとは、やはり自分はまだまだ冷静になりきれない部分があるのだろうと自らに言い聞かせ、視線をガトーショコラへと移しフォークを動かした。
ナマエは何か思い出したかのように顔色をぱっと明るくし、リビングの奥へといって、征陸が用意したプレゼントを持ってきた。
「とっつぁんから」と彼女が嬉しそうに宜野座へと手渡す。彼は実の父親からのプレゼントといわれ、盛大に眉を顰めたがしぶしぶそれを受け取る。
袋の口を開けるとそこには征陸が描いたシベリアンハスキーの油絵があり、宜野座はより不機嫌そうな表情を浮かべた。
つまらない絵だったら容赦なくゴミ箱へと捨てられたのに、愛犬の絵を描かれては捨てるに捨てられない。
かといって飾るのも癪に障る。
彼は油絵を相手に睨めっこをしていると、ナマエがうきうきとした様子で宜野座の後ろに回り込み、油絵を覗いて言った。


「とっつぁんって絵が上手なんだね、すごく可愛い!ねえ、これどこに飾る?」
「飾る必要なんてない」
「せっかくもらったから飾ろうよ」


 ナマエはそういうと、油絵へと手を伸ばした。
宜野座は建前では飾らせたくないと言っているが、本音ではどこかに飾りたいと考えていた。
彼女が飾りたいと言い出さなければ、プライドが邪魔して自分から飾ろうとはしなかったかもしれない。
宜野座は絵をナマエに手渡す。ナマエは部屋中を歩き回り、飾る場所を探していた。
宜野座は興味なさそうな振りをしながらも、ナマエが絵を置く場所に口うるさく言い、結局棚の上に壁に立てかけるようにして飾ることにした。
宜野座は上機嫌な様子で絵を眺めるナマエの後姿を見て、数年ぶりに誕生日の有り難味を感じた。





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