05



 その日は夕方で仕事が終わり、ナマエは狡噛の家に居候することになっていた。
久々に純粋な一人の時間を味わえると宜野座は非常にリラックスした様子でソファに座り、ときどき隣で寄り添って寝ているダイムの背中を撫でながら電子書籍を読んでいた。
ただいま午後八時、いつもならホログラムの番組の音とナマエがたまに漏らす笑い声が部屋の音楽となっていた。
騒々しいと思っていた音の元がいないだけでこんなにも部屋の空気が違うのかとしみじみと実感していた彼だったが、段々とナマエが何かやらかしているのではと狡噛のことが心配になってきた。
今まで部屋の掃除をすると張り切って掃除用のドローンを故障させたり、宜野座の部屋には珍しくキッチンがあるため、料理を作るといって張り切って火事を起こしそうになったりと数えたらキリがないほどいろいろとやらかしてきた。
狡噛の家でもきっと同じようなことをしているのだろうと予想し、狡噛に忠告しなければと急いで携帯端末を使用して電話をかける。
コール音のあとすぐに狡噛が電話に出た。狡噛は少し焦った様子で言った。


「どうしたんだ、ギノ」
「いや、ナマエのことで少し忠告しようと思ってな」
「ちょっと待ってくれ」


 そういった後、電話越しにナマエの声が響いてくる。


「そっそこは!ダメ、コウちゃん!あっ!だから、ダメだって……!ダメ……ッ!」
「ナマエ……!少し静かにしろ……!」
「どうしたんだ?狡噛」
「いや、今ナマエと」
「あぁ……っ!ひどい……んあ!」
「わかった、ここが弱いんだな……」
「おい狡噛、まさか……!」


 宜野座は思わず顔を青くした。
まさか狡噛に限ってそんなことをするとは思ってもみなかったが、今の会話から状況を考えると二人が情事をしているように感じた。
宜野座の顔が青から一瞬にして赤へと変わる。
思わず電話越しに怒鳴ってしまい、隣にいたダイムが驚いた様子で彼の顔を見た。


「見損なったぞ狡噛!」
「おい、ギノ、何か勘違いしてないか」
「あーー!また負けた!何でこう弱いところにコンボを叩き込んでくるかなー……」

 響いてくるナマエの声を聞いて、宜野座はきょとんとした表情をする。
狡噛が呆れた様子で言った。


「さっきから格闘ゲームをしてるんだが、どうもこいつが煩くてな……で、どうしたんだギノ」


 狡噛の何時もどおりの声色を聞いて、宜野座は勘違いしていたことに気づき、ふつふつと恥ずかしさが込み上げてきた。
幸い、狡噛は宜野座の勘違いに気がついていなかったため、彼は顔から火が出そうになっていたが何事もなかったかのように言った。


「……その、ナマエがそっちでとんでもないことをしていないかと思い、忠告をこめて電話をした」
「うるさい以外はとくに問題は起きてないがな」
「そいつの入れるコーヒーには気をつけろ。塩を混ぜてくるぞ」
「そりゃとんでもないコーヒーを飲まされたな。でも別に何ともなかったぞ」
「何?」


 宜野座はまさかと思わず聞き返してしまった。
狡噛は口を開こうとしたが、ナマエが電話相手が宜野座だと気づいたのか変われと彼にせがみ、電話の主は狡噛から彼女へと変わる。


「ギノ!元気?」
「ナマエか……?」
「うん、コウちゃんに電話変わってもらった!コーヒーね、宜野座に怒られてからちゃんといろいろと練習してね、さっきコウちゃんで試してみたけどちゃんと美味しく入れられるようになったよ!」
「俺は毒見役か」


 狡噛の声が小さく宜野座の耳に聞こえてきた。
その後のやり取りが小声で聞こえてくる。


「コウちゃんは逞しいから失敗作飲んでも大丈夫そうだと思って」
「塩の入ったコーヒー以上の失敗作とは恐ろしいな」
「あれは佐々山に騙されたんだって!」
「あいつならやりそうだな」
「でしょー!」


 宜野座は黙ってその会話を耳を済ませて聞く。
ナマエはいつの間にか狡噛と仲良くなっていた。
日東学院に通っていたときから狡噛は何をするのも宜野座よりも上手くこなしていた。
電話越しに漏れてくる会話から考えてみると、ナマエと狡噛のほうが宜野座よりも良好な関係を気づいているし、相性がいいように見えた。
やはり狡噛のほうが上手だな、と宜野座は思うと同時にやはり狡噛には敵わないという事実が目の前にまた突きつけられ、劣等感を感じた。
宜野座の心は段々と黒くて重い物がたまっていき、自嘲気味に言葉を吐き出した。


「狡噛とのほうが楽しそうだな」
「あっギノ、寂しがってる?」
「……何だって?」
「ギノがわたしがいなくて寂しいのかなって」
「そんなわけないだろう。寝言は寝て言え」
「わたしは寂しいなー、早く会いたいなって思うよ」
「……は?」
「ダイムにも早く会いたいなー……ねえ、ギノ」
「なんだ」
「ギノにはギノらしい楽しさがあるし、コウちゃんにはコウちゃんらしい楽しさがあるからどっちの方が楽しいとかはないよ。わたしはどっちも楽しい!」



 ナマエの言葉に宜野座は思わず固まる。彼はそのまま彼女の言葉を聞く。


「ギノのほうはコウちゃんより怒るし怖いけど、何だかんだちゃんと構ってくれるし。迷惑いっぱいかけてるけど、追い出さずにいてくれてありがとう」
「別に……そのことについては俺も大人だからな」


 呪縛から解かれたかのようにやっと声を出せた宜野座は気恥ずかしそうに視線を斜め下にずらす。
ナマエは微笑んで言った。


「ねえ、今度また一緒にダイムの散歩に行きたい!お願い!」
「お前とダイムを散歩につれていくとどっちが犬だがわからなくなる」
「ひどい!あっ話しすぎちゃった。コウちゃんに代わるね!」


 ナマエはそういうと、携帯端末を狡噛に渡す。
狡噛は穏やかな表情をして言った。


「で、忠告ってなんだ。まさか、ナマエのことが寂しくなって電話したのか?」
「そんなのあるわけないだろう!忠告っていうのはな……」


 宜野座は電話する前に考えていた多くの忠告を言おうとしたが、喉元で言葉が詰まる。先ほどのナマエの言葉が頭の中でリフレインし、彼女のことを悪く言うのは気が引けた。
宜野座は少しの間口を半開きにしたまま考え、言った。


「……家電製品には気をつけろ」
「了解」


 狡噛の応答を聞き、宜野座は適当に別れの挨拶を言うと電話を切った。
切る直前にナマエの声が響いてきて、その声が宜野座の頭の中に張り付く。携帯端末をソファに隣接するテーブルに置くと、そのまま背もたれに倒れこみ、電灯を見上げる。
最初は鬱陶しいと思っていたナマエの存在が段々と自分の中で大きくなっているのを感じた。
しかし彼はそれを頑なに否定した。
このように悪い相手の印象がちょっとしたことで良い方向へと変わるのは人間の心理ではよくあることだと自分に言い聞かせた。
心のどこかで彼女の存在が大きくなり始めていることから目を逸らすかのように、前腕で目元を覆った。








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