02



 廃棄区画に拠点を持ち、ヴィジュアルドラッグの斡旋に関わっているグループを一斉検挙するため、狡噛、宜野座監視官率いる一係は廃棄区画の地下マンションの一室を目指していた。
狡噛の指揮の下、ナマエは佐々山と共に行動していた。
足音を殺し、ツーマンセルの形をとって一室の扉の前までたどり着く。
鉄の扉の奥で潜在犯たちの微かな声が響いてくる。
ナマエは手首にあるデバイスを操作し、小さな声で言った。


「こちらハウンド5、ハウンド4と共に潜在犯たちがいると思われる部屋の前に到着しました」
「わかった。俺たちももうすぐそちらに着く。それまで待っていろ」
「おいおい、ちんたらしてたらあいつら逃げちまうぜ」


 佐々山がナマエの手首を引っ張って口元へと近づける。
視線はちらちらと扉のほうへと向け、聞こえてくる音に耳を傾けていた。
ナマエも耳を傾ける。
先ほどから歩く音や物音が響いてきている。
もしかしたら逃亡する準備をしているのかもしれない。
狡噛から宜野座へと通話の相手が変わる。


「監視官の命令だ。俺たちが到着するまで絶対に動くな」
「そうはいっても、目の前で獲物が尻尾巻いて逃げるところを黙ってみてられないね。おい、ナマエ。行くぞ」
「おい!佐々山!ナマエ、お前は動くな」
「えっと……」


 宜野座の鋭い声にナマエは一旦佐々山と宜野座、どちらの命令を聞けばいいか迷い、狼狽した。
この場の指揮官である狡噛、宜野座の命令を聞くのが絶対であるが、このまま待っていたら逃がしてしまうかもしれない。
加えて佐々山がにやりと笑ってこちらを見てくる。
その笑みは手の込んだ悪戯を仕掛けようと誘ってくる少年のようなお茶目さがあった。
一暴れしようぜ、と目で合図してくる佐々山の誘惑に負け、ナマエはこくりと頷いた。
佐々山はデバイスで監視官たちに連絡を繋いだ。


「ハウンド4、ハウンド5と共に現場に突入するぜ」
「おい!佐々山!」


 狡噛の怒声は虚しくも通話を切ったと同時に途絶えた。
佐々山はナマエに合図をする。


「行くぞ、ナマエ」
「うん!」



 現場に急いで駆けつけた狡噛と宜野座は部屋に入った途端、唖然とした。
中世の城の一室をイメージしたホログラムはところどころ乱れ、美しい造形をしたテーブルは無残にひっくり返り、あちこちにガラスの破片や木材の破片が散らばっていた。
床と壁にはエリミネーターによって処刑された潜在犯の血がこびり付き、男たちの喧騒たる罵声と破壊音が響いていた。
狡噛がまず最初に突入し、その後に宜野座が続く。
宜野座はリビングへと続く廊下を駆けた。
ちょうど左手の方にあるドアの前に差し掛かったとき、突如ドアを突き破って男が吹っ飛んできた。
間一髪避けられたものの、宜野座は突然のことに驚き、目を丸くしていた。
男の手には血に濡れたナイフが握られていた。
宜野座は自分を落ち着かせ、ドミネーターで男に標準を定め、パラライザーで仕留める。
すると部屋の奥からナマエがドミネーターを構えて出てきた。
宜野座はこいつがこの男を吹っ飛ばしたのかと思い、改めてぎょっとした。
見た目は十代後半ともいえる外見をしており、そこらへんを歩いている少女とさほど変わらないのに、大の男を吹っ飛ばすほどの力を持っているとは。
宜野座はひたすらナマエを凝視した。
一方彼女は宜野座の訝しげな視線に気がつくと、曖昧に微笑み、リビングのほうへと走っていった。
宜野座はナマエの後を追うようについていった。

 リビングは台風がそのまま部屋の中に吹き込んだかのように荒れていた。
狡噛がヴィジュアルドラッグの記憶ソフトや制作ソフトを洗い出している背中を佐々山が守り、ドミネーターで潜在犯たちを駆逐していく。
部屋の奥から害虫のように次々に潜在犯たちが溢れ出てきており、物を投げたりして応戦している。
宜野座は狡噛の元へと駆け寄ろうとした。
そのとき、物陰に隠れていた潜在犯の一人が奇声と共に刃物を宜野座へと振りかぶる。
彼がドミネーターを構え、引き金を引こうとするが、僅かに包丁の動きのほうが早い。
宜野座はくっと奥歯を食いしばり、潜在犯の男はヴィジュアルドラッグで脳内が狂っているのか、目をかっぴらいて微笑んでいた。
まさに振り下ろされそうになった瞬間だった。
「ふん!」という声と共に潜在犯の後頭部に椅子の背が炸裂し、白目をむいて床へと倒れこんだ。
宜野座はすぐにドミネーターを引く。
エリミネーターによって血だるまになった潜在犯を確認すると、殴った相手へと視線をずらす。
ナマエだった。彼女は椅子の脚を持って宜野座を見つめ、眉をハの字にしながら微笑んだ。


「間一髪だったー!」
「ドミネーターはどうした……」
「電池が切れちゃって」


 後頭部に手を当てて困ったように笑うナマエを見つめたあと、宜野座は息をついてズレ落ちそうになっていた眼鏡のブリッジを上げた。
自分より大きな男を相手にしても怯えず、容赦なく椅子で相手を殴り倒す。
彼女の犯罪係数は平均30をマークしているが、きっとその思考は粗悪で容赦のない潜在犯そのものだろう。
奴は中途半端な人間だから、シビュラも測定しきれていないに違いないと宜野座は考えた。
ナマエが殴り倒した潜在犯がどうやら部屋にいた最後の一人だったらしく、やっと室内は静かになった。
狡噛が潜在犯のデータベースからヴィジュアルドラックに関係しているソフトを発見し、無事に任務は終了した。



 後日、宜野座のデスクの前に佐々山とナマエが立たされ、叱られていた。
佐々山は煙草を咥えながら斜め上を見上げている。
宜野座の小言を何処吹く風と聞き流している。
一方ナマエはしゅんとした様子で斜め下に視線をずらしていた。
彼女はどうやら反省しているようだった。宜野座は苛立った様子で言った。


「お前らには今日中に始末書をあげてもらう」
「また始末書かよ……はいはい、了解。ギノ先生。おいナマエ、どっちが先に仕上げるか勝負しようぜ」
「いいねー!わたし、頑張っちゃうよ!」
「いいからさっさとかかれ」


 宜野座の刺々しい声を機に二人は自分のデスクへと歩いていった。
黙々と報告書の作成に取り掛かるナマエに勝負と行ったわりに煙草をふかしながらだるそうにキーボードを打つ佐々山。
結果、ナマエのほうが先に出来上がり、るんるんとした様子で宜野座に始末書を提出する。
宜野座は送られてきた始末書のファイルを開き、ナマエは嬉しそうに彼のデスクへと向かう。
宜野座はナマエの始末書を見て、目をむいた。
言葉が幼稚なのはともかく、反省の意が欠片も感じられないような文章の量だった。
まさか本気でこれを提出しようと思ってるんじゃないだろうなと宜野座はナマエを見る。
彼女はにこにこしながら宜野座の言葉を待っていた。
本気で提出していると悟った彼はもう一度始末書に目を通す。
その始末書からは彼が重要だと考えている誠意と説得力が全く感じられないし、レイアウトとしても不完全でどういう教育を受けたらこんな始末書になるんだと怒鳴りたくなるほどのものだった。
この始末書で自信満々の表情をしているナマエの顔からして、その愛嬌と学の無さを把握し、妥協していたのだろう。
せめて身体能力だけを特化させず、書類作成等の知識と共に考査の平均以上の知能を潜在意識に刷り込んでから公安局に置くべきだと額に手を当てた。
ナマエはそんな宜野座の様子を見て、顔を曇らせた。


「もしかして……駄目?」
「駄目どころじゃない、どういうことだこれは。全く反省の意が感じられないぞ!もう一度書き直せ!」
「始末書では表しきれないほどの反省の意がある!」
「ほう……『もう二度としません。絶対にしません』か……こんな説得力が欠片のない文で反省の意が感じられるわけがないだろ!」
「説得力がある文章……じゃあ『もしももう一度命令に背いたら、その日の夕飯を抜きにします』とかは?」

 その言葉を聞いて、佐々山が堪えきれず吹き出す。
きっと佐々山はこうなると思って勝負を仕掛け、ナマエに自分よりも早く報告書を提出させたのだろう。
宜野座は盛大な溜息をついた。


「このままだと一生夕飯を抜きにするぞ。とにかく、これでは報告書としては受け取れない。さっさと書き直せ」
「そんなー……」

 ナマエはがっくりしてデスクへと戻った。
佐々山は立ち上がって、椅子に座るナマエの頭をわしゃわしゃと撫でて言った。


「ギノ先生は手厳しいなー。もう俺の勝ちで決まりだな」
「でもまだ勝負は終わってない!」
「残念、オレはたった今書き終わったぜ」
「え!?」

 ナマエが驚愕の表情で佐々山を見つめる。
宜野座のデスクに佐々山から始末書のファイルが送られてきた。
佐々山の始末書はいかにもテンプレートを丸写ししたような及第点ギリギリの始末書だった。
つき返す理由も無ければ、納得する理由もない。
普段から始末書を書き続けた賜物だ。
少なくともナマエの始末書よりはマシであったため、しょうがないということで佐々山の始末書は受け取ることにした。
するとナマエは悔しそうに佐々山を見つめ、佐々山は頑張りなと休憩するためか、大部屋を出て行った。
佐々山とすれ違う形で狡噛と征陸が大部屋へと帰ってくる。
ナマエは笑顔でおかえりと迎えた。
征陸は始末書を作成していると予測し、画面を覗き込んだ。


「どうだ、ナマエ。進んでるか」
「いやー、始末書ってこんなに難しいとは……」
「まあ今回から難易度が上がるだろうな。おいコウ、ナマエに始末書の書き方教えてやってくれ」


 狡噛は何で俺がと言わんばかりの表情を浮かべた。
しかし、「コウちゃんありがとう」と嬉しそうに言うナマエを見ると、断るに断れず、彼女の横に屈み、一緒に画面を眺める。
二人の後ろから征陸がその様子を見つめていた。二人で作業を進めていく狡噛とナマエ。
会話をしていくうちに両方に笑みがこぼれ始め、円満な関係を築いていた。
宜野座は楽しそうにしている三人を見て、苛々を募らせる。


「おい狡噛、あまりナマエを甘やかすな」
「褒めてやらないと能力は伸びないだろ?ギノ」
「そいつは褒めて調子に乗るようなタイプだろう」
「まあ、いいじゃないか」


 征陸の懐柔に機嫌を損ねた宜野座は黙り込み、自分の仕事に集中した。
画面越しにナマエを盗み見ると、狡噛の指導を受けて真剣な様子で画面を見つめていた。
やっとのことで完成した始末書は狡噛の腕の良い指導があってのおかげか、かなり進化したものになっていた。
特に突っぱねる理由もないため、それを受け取ると、ナマエは嬉しそうに微笑んだ。
清水のように澄んだ純粋な笑みに宜野座は一瞬目を奪われたが、この笑みは何も考えてない能天気の性格から出たものだろうと思い、所詮はシビュラから見放された人の紛い物と自分に言い聞かせた。









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