15

 恋人同士だからというナマエの主張により、一緒のベッドで寝ることになった二人。しかしそこにダイムも加わるため、シングルでは大きさが厳しくなり、急遽ダブルを買うことになった。そのことに最初宜野座は文句を垂らしていたが、何だかんだ、大きいベッドを購入したことに満足していた。ふかふかのベッドで寝れることに喜ぶナマエとダイム、それを傍目で眺めている宜野座であったがやはり夜となると彼の悩みは深刻になる。

 ナマエは無邪気に宜野座の背中に頬を突っつけたり、後ろから腕を回したりとベタベタし放題であった。男である宜野座は恋人からの抱擁はやはり嬉しかったが、それ以上を進む自信はなかった。婚前交渉というのはシビュラに夫婦であることを推奨され、一生の伴侶として認めた相手とするものだと彼は認識しており、シビュラに認証されていないナマエとヤっていいものだろうかと悩んでいた。勿論、シビュラなど何も関係なかったら、今すぐ彼女に飛びついて、心の底から溢れてくる想いを全身全霊ぶつけたい。けれど、シビュラがそれを許してくれるか。

 性と理性にぐらぐらと揺れながら、毎夜過ごしていると案の定色相が濁り、結局ヴァーチャルを利用して解消するか性欲抑制サプリメントを摂取するしかなかった。

 そんな宜野座とは裏腹に、ナマエも不満を抱いていた。色気がないのかと、狡噛とスパーリングをしているときにふと悩みを打ち明けて見る。


「どうしたら色気が出てくるんだろう……」
「色気あるやつがスパーリングで熊みたいに獰猛になるわけないだろ。0を1にするのは相当大変なことだぞ。ないもんを捻りだそうとしても、時間の無駄だ…っ!てっ!おい!」


 すかさずナマエの回し蹴りが飛んでくる。それを当たる寸でで受け止めた狡噛だったが、そこから再びスパーリングが始まってしまったので、結局何も解決しなかった。

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 恒例の女子会を開いたときだった。メンバーは勿論、唐之杜志恩と六合塚弥生だ。ナマエは撫子色のふわふわとしたパジャマに身を包み、弥生の部屋にある広いベッドの上で眉を顰めていた。


「わたしって、色気がない?」
「どうしたのー?いきなり。珍しくそんな小難しそうな顔をして」
「どうせ宜野座監視官のことでしょう」
「ご名答!さすが弥生!いろいろと調べると、恋人同士だったら、夜に男女の契りがあるはずなんだけど」
「男女の契りって、セックスのことでしょう」
「それそれ!でも、全然ギノはその気がないらしくて、わたしはもっとギノに触れたいし、繋がりたいし」
「あの堅物監視官のことだから、一度思いっきり強気で誘惑しないとダメなのかもね」
「確かに、ちょっと野獣になるところは見てみたいかもねー」
「やっぱり見てみたい?もっと強気になるべきかなー……」
「風呂入っているときに無理やり突撃するとか」
「お互い裸だし、勢い余ってっていうのは可能性としてはあるかもねー」
「風呂に入っているときかー……うん、狙ってみる!」
「結果報告、期待してるわね」
「具体的にあの監視官がどうなるか教えてね」


 そうして女子会メンバーに見送られたナマエ。一方宜野座といえば大部屋で縢、征陸と一緒に居た。とはいってももう仕事も終わりかけであり、縢は全くやる気がないのか欠伸ばかりして、ぼんやりとしていた。
 宜野座はパソコンに向かい、黙々と作業。征陸も過去の事件のことなど色々と遡っており、特に話すこともない。暇だなーと換気扇のファンを眺め、何か話題がないかと頭の片隅で考える。あっあれがあった、と縢ははっとした。

「そういえば、ギノさん。ナマエと付き合ったらしいっすね」

 その言葉を聞いた瞬間、宜野座の手が止まった。

「誰から聞いた」
「本人から」
「あいつ……」

 迂闊に話すなと念を押しておくべきだったと、宜野座は眼鏡のブリッジに手をかけた。こうした浮いた質問は慣れていない彼はボロを出すまいと気を入れなおす。何より、実の父である征陸がいる部屋でこういう話はしたくなかった。何の拷問だと、宜野座はディスプレイに表示されている時計を見る。これほど早く終わって欲しいと思ったのは久々だ。

「いやー、ラブラブそうで羨ましいですねー、ねぇ、とっつぁん」
「あぁ…そうだな、監視官。大切にしろよ」
「うるさい」


 お前に一番言われたくないと宜野座はカップに手を伸ばす。中にあるコーヒーを飲みかけようとした瞬間だった。

「一緒に住んでるってことは、もうヤったんすか?」
「ごふっ!」


 宜野座は噴出しそうになるのを押さえ、急いで飲み込むが気管に入り、余計にむせてしまった。激しく咳き込み、はぁはぁと肩で息をする。


「なっ何ぃ?」

 ド直球の質問に思わず声が裏返ってしまった。


「だって、同じ屋根の下に住んでる恋人たちに何もないわけないじゃないすか」
「そういう邪まな考えはやはり貴様らが潜在犯だということをより強く証拠づけるものだな」
「潜在犯じゃなくたって考えますって、だって自然の営みってゆーじゃないっすか。ねぇ、とっつぁん」
「まぁ、そうだな」
「んで、ヤったんすか?ちなみにオレはヤってないに、今日の晩飯をかけまーす」
「確かに監視官の言動を考えれば、お前の予想が当たってそうだな」
「貴様らいいかげんにしろ!」
「ギノさん、それでも本当に男なんすか?いやー、よく我慢できるなー。そういうところ、尊敬だわ」
「それも監視官のいいところなのさ」


 これ以上ここにいたら、こいつらをドミネーターで撃ち殺しそうだと宜野座は終業の時刻にはまだなってはいないが、一旦頭を冷やすため大部屋を後にした。


 そして時は夕刻へと移った。ナマエは今日六合塚たちと話し合ったことをいざ決行すべきと、宜野座が風呂に入っているときに突撃をした。


「ギノ、たのもー!」
「……は?おっおおおおおい!!!何やってるんだ!!早くでろ!」


 宜野座を誘惑することが目的だったため、何も身にまとうことはせず裸で突撃したナマエ。ちっとも恥ずかしがっている様子はなく、むしろ男である宜野座は顔を真っ赤にして背中を向けていた。まるで男女が逆転しているかのようだった。ナマエは恥ずかしがることなく、握りこぶしをぐっと作って、力説した。


「わたしはギノを誘惑すべく、一緒に風呂に入りたい!」
「兎に角いいから、さっさと出ろ!」
「え?でも、ここはどんなことがあっても強気にギノの背中を流して、一緒に風呂に入ってあわよくば……って弥生が言ってたような」
「またあいつらに入れ知恵されたのか!そのことは後で聞くからさっさと外へ出て服を着ろ!」


 宜野座に追い出され、ピシャっと戸を閉められてしまった。再度入ろうとしたが、どうやら鍵をかけられたらしく、しょうがないので服を着て、居間で待っていた。しばらくして、宜野座が出てきたが、少し不機嫌な様子だった。ナマエは怒られる!と野生の勘で察知し、身を小さくして、隠れていたが結局見つかってしまい、その後説教タイムがやってきた。


「あいつらと一緒にいることは咎めないが、言うこと全て鵜呑みにするな」
「わたしはただ単に宜野座とセックスしたくて!」
「だから!そんな言葉はどこで覚えたんだ!」
「宜野座は初めてでも大丈夫なように全て学習したよ!生殖器やオーガニズムの原理についても志恩が貸してくれた資料で予習したし、初めてだと痛いっていうけど腕が吹き飛んだり、内臓損傷したりしてるから痛みには強いほうだから大丈夫!」


 目をキラキラとさせて力説してくるナマエ。遠まわしにこの童貞が!といわれたような気がして、宜野座は淡々と米神に青筋を浮かべる。しかし、ナマエは悪意を持っていっているわけではなく、全てこれは純粋な気持ちからの言葉なんだと彼は気がついていた。

 彼だってナマエとヤりたいはヤりたいが、シビュラや色相のことを考えるとなかなか踏ん切りがつかない。冷静に誘惑してくるナマエを追い払っているがこれでも、彼の心の中では大きな格闘があった。ヤりたいという気持ちはきっとナマエよりも大きい。今すぐ自分の下半身に疼く性器をナマエの中にぶっこんで、気持ちよくなりたいが、そんな独りよがりの気持ちよさを求める、下品な猿のような行為を彼が許すわけがない。

 かといって、自分の心に嘘をつき続ければ、いつしか色相は濁るだろう。女性にこんなに迫られる経験のしたことがない、しかも好きな女性にうるうるとした瞳で上目遣いでねだられていることなど体験したことがなく、頭の中で散々天使と悪魔が激突した。

 相手も望んでいるんだし、いいんじゃないかと悪魔が囁く。体が勝手に動き、ナマエの胸に触れてしまう。彼女は一瞬震えたが、彼の手を包み込み、胸を揉むことを許容する。彼の目が白黒となり、頭の中で大戦争が勃発。「本能がヤりたいと疼いてるんだったら」「いや、でも本当のオレは理性的で女の誘惑になど揺れない高潔さを持ち合わせている」「胸を触ってまだ言うか。とても柔らかいだろう。男にはない、ふんわりとした何度も触って刺激したくなる胸」「だめだ、だめだ。だめだ。ここは正気に戻ってしっかりせねば!」結局天使が勝利し、その日は性欲抑制サプリメントを服用して事なきを得た。


 結局その後、彼はカウンセリングを受けた。帰ってきた言葉は意外にもシンプルで、「必ずしも恋人と推奨された存在と性交渉をすることは必然ではなく、恋人以前とも関係を持って、良好なこともあります。相手も自分も納得しているのであれば、色相が濁らないと思うし、極度の我慢は自分が思っている以上にストレスを溜めます」と。

 カウンセラーの言葉を非常に大事にしている宜野座はそのことで踏ん切りがついたらしく、俗に言うヤる気が満々だった。

 未経験ながらも、相手を満足させられるよう、性交渉に関する知識を蓄えていた。女性が感じる場所、愛撫の仕方、雰囲気など、童貞だからこそある意味知識だけが先走りしていた。しかし、ヤろうと決意した割りに運が悪いのか、なかなかナマエと休みが重ならなかった。宜野座は腑に落ちない想いを感じながらも、準備期間だと自分に言い聞かせ、耐えていた。


 そんなある日、久々に休みが重なった。ナマエは夜勤空けに帰ってくる予定のため、明朝、まだ家にはいない。宜野座はまだ雰囲気を作るべきではないと分かっていながらも、緊張感が解けず、一人でうずうずとしていた。ダイムの背中を撫でて、自分に「落ち着け……」と言い聞かせていると、やっとナマエが帰ってきた。宜野座は平然を装いながら、迎えたが、家に入ってきたナマエの雰囲気はいつもどどこか違った。非常に焦っており、あたふたと慌てていた。


「どうしたんだ?そんな慌てて」
「それがね!今日からちょっと国防軍に参加することになっちゃたの!最近、密入国する人達が多いらしくてね、国境警備隊にあるドローンだけじゃまかないきれないらしくて。前にパワードスーツ着てたことあるでしょ?その関係で急遽決まっちゃって!夜勤だったのに、今から出動しなくちゃならなくなったの!」
「なっ……」


 宜野座は絶句した。こんなタイミングでまさかの邪魔が入るとは思わず、一人呆然と固まっている前を忙しく動くナマエ。ダンボールに自分の荷物を適当に纏めると、それを持って玄関へとかけていく。靴を履くナマエを見て、緊張の糸が切れた宜野座は慌てて彼女へと駆け寄る。


「いつ帰ってくるんだ!」
「わからないんだ……たぶん、密入国者が減ったら帰ってこれるかもしれないけど、それもいつになるのか……ごめんね、機械化保健局の要請で今すぐ行かなきゃならないの!」
「まっ待て!」
「でもね、携帯端末を貸してくれるらしくてそれで連絡は取れると思うの。今まで家に置いてくれてありがとう。あっいつ家に帰ってこれるかわからないから、もし邪魔だったら家に置いてる荷物……捨ててもいいよ!じゃあ行ってくるね……!」


 ナマエは背伸びをして、宜野座の唇に軽くキスをした。宜野座は人形のように固まっていたが、踵を返すナマエを見て、手を伸ばしたが、捕まえられず、ナマエはドアノブに手をかけて、再度彼のほうに振り向いた。


「それじゃあ、ギノ。行ってきます」


 そうして彼女は小さめのダンボールを抱え、出て行ってしまった。宜野座は石像のように固まっていた。映画だと今すぐにでも追いかけるシーンが写るが、身体が動かない。あまりの衝撃なことに何もかもが反応しないようだった。

 最初の頃は何度も出て行けと思っていた。変なミスばっかりするし、目障りだし、何より人と一緒にいることが嫌だった。けれど、いつしかそれが普通となり、どんなに疲れて帰ってきても、ナマエの顔を見るとなぜか元気になり、彼女がいるから、と自分の心の中でどんどん大きくなっていた。それは自分が感じる以上の大きさで、知らず知らずと考えている彼女のこと。今日は遅くなったし、この前急用が入って構ってやれなかったから、ナマエの好きなケーキを買って帰ろうか。きっと喜ぶだろう。そんなことばかり考えていた。ナマエの香りだけ残る広いベッド。ずっとナマエに背を向けて寝ていたが、時々耐え切れなくなって彼女のカミの毛を指で梳いてみたり、キスしようとして悶絶したりとしていた。

 思っている以上に、ナマエのことが好きで好きで、こうして目の前からいなくなって初めてわかった。







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