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「あれ?どうして?選択肢失敗した?」
「だからー、なんでそのタイミングでその選択肢選ぶかなー……」
「だって、そうだと思ったから」
「こういうのは自分の気持ちじゃなくて、このシチュエーションで相手がどんな言葉を期待しているかを予測しながらやっていくんだって」

 ナマエの前にあるホログラムには黒髪の美少女が眉を顰めており、彼女の腹部にあるウィンドウには「そういうつもりじゃないのに……」と表示されていた。隣にいる縢は何回も相手の機嫌を下げるような選択肢を選ぶナマエに苛々しはじめ、彼女の手に握られているコントローラを奪おうとしたが、それよりも先にひょいっと縢と反対隣にいた六合塚に取られてしまう。


「この子は割りと素直じゃないから、直接的に行き過ぎると好感度が下がるんだよ」
「そうだったんだ!さすが弥生!」
「クニっちはいろんな意味で女の扱いに慣れてるからね」
「それより、ナマエは宜野座監視官とどうなの?いろいろと頑張っていたみたいだけど」
「そうそう、それ。オレも気になるんだよねー。二人って今も一緒に住んでるんでしょ?居候って聞いたけど、ぶっちゃけ同棲じゃないの?」
「それに関してはー…」


 終わりにいくつれ、ナマエが口ごもっていき、自然と頬が緩むのか、次第にでれっとした表情を浮かべていった。


「勿論わたしはギノのことが好きだし、ギノもわたしのことを好きっていってくれたし……」
「なにそれ?相思相愛?」
「ギノさんがまさかねぇ、恋人兼婚約者候補はシビュラがきちんと定めた相手だ!とか言いそうなのに」
「好き同士だったら恋人になるの?」
「そこらへんのことは文化とかそうゆーのによって違うと思うけど、少なくとも今はシビュラが全部やってくれるからシビュラが恋人認定すれば恋人になれるんじゃないの?オレたちは潜在犯だからそこらへんの恩地を受けられないけどね。でもシビュラに認められなきゃ恋人になれないってのも面倒くさいよなー、そのへんクニっちはセンセーとどうなのよ?」
「お互いに好きで、身体の相性もあえば、別にいちいち付き合うとか言ったり、他人に認められたりしなくてもいいでしょ」
「さっすがー、でも、ギノさんは頭カチンカチンだからまずは正式な告白から、とか言いそうな雰囲気あるけど」
「じゃあ恋人になるとしたら、きちんとギノに付き合ってっていったほうがいいかな?」
「相手が相手だし、言っといてもいいんじゃない?」
「私も同感」


 六合塚は淡々と美少女を攻略していき、縢とナマエは好感度が上がっていく様子をぼけっとした表情で見ていた。その後、夜になり縢がシフトの時間になったので解散し、家に帰ると既に宜野座が帰宅しており、こちらに背を向けてダイムのブラッシングをしていた。


「ただいま、ギノおかえりー」
「今日は遅かったな」
「縢と弥生と遊んでた!そうだ、ギノ。あのね」
「なんだ、我侭は聞かないぞ」
「付き合って欲しいの!」
「何にだ?水族館か?動物園か?そういえば新しく植物園がオープンしたらしいな。それならオレも行ってみたいと思っていた」
「確かに植物園言ってみたいけど、そういう付き合うじゃなくて、わたしと付き合ってほしいの!」
「ナマエと付き合う……?付き合うって」
「うん、恋人!」


 にこにことするナマエとは反対に宜野座はダイムの背をブラッシングする手を止めて、石のようにピタっと固まっていた。しばらくして、首をぎこちなくナマエのほうに向ける。


「恋人というのは、俗に言う彼氏、彼女の関係になることだな?」
「そうだよ!だってわたしたち相思相愛だし」
「待て、ナマエ。公式に恋人になるためには双方からシビュラに申請する必要があって、いろいろと面倒なんだが、それを踏まえてそういっているのか?」
「でもわたしシビュラに戸籍登録されてないし、それはできないから公式にはなれないけど、でもわたしはギノのこと好きだし、ギノもこの前わたしのことスキって言ってくれたし、是非これは付き合うべきだと思ったの」
「縢か六合塚辺りに入れ知恵されたか?」
「うん」
「ナマエ、落ち着け、そうだ落ち着くんだ」


 宜野座は再びブラッシングを再開し、視線をダイムの毛に落とすが、先ほどよりも身体が強張っていた。ナマエは後ろからそっと近づき、首元に腕を回してぎゅっと抱きつく。すると宜野座はびくっと肩をあげ、頬を紅潮させた。


「何の真似だ」
「何となく抱きつきたい背中だったので、抱きついてみました!ねぇ、仮でもいいから、シビュラに認められなくてもいいから、わたしギノの彼女になりたい」
「それだと本物の彼女が出来たとしたら、お前はどうするんだ?」
「えぇ……そっそれは……ギノに本当の彼女が出来たら……何か、嫌だなー……」


 ナマエはギノの首元に顔を埋める。こうやって嫉妬されるのもたまには悪くないと、宜野座は頬が緩みそうになったが、素直になれないのかコホンと咳払いをして、視線を斜め下に向けた。


「確かに非公式でなら、考えてもいいが……」
「やったー!じゃあ今日からわたしたちは恋人だよー!」
「しかし、きちんと恋人になるならけじめをつけなくてはいけないな」
「けじめ?」


 宜野座は「けじめというのはなぁ……」と小さく呟き、なにやらまごついていた。耳が段々と真っ赤になっていき、まさに茹蛸のようだった。やがていつもより覇気のない、少し上ずっている声で言った。


「オレと、付き合ってくれないか?ナマエ…」
「喜んで!」

 ナマエはそういうと同時に真っ赤になった宜野座の耳にキスをした。赤くなり始めた頃から、普段見れない可愛らしさに無性にキスがしたいと思い、できることならはむっと唇で咥えてみたいとまで感じた。勿論予想外の行動に宜野座は身体を震わせ、今までにないほど焦った様子だった。ブラッシングされていたダイムといえば、利口で空気が読めるのか、こっそりその場を離れ、少し距離を開けたところに伏せていた。じーっと二人の関係を見守っていて、お節介にも近くで応援するお母さんのようだった。あたふたとするギノにナマエは追い討ちをかけた。


「ねぇ、キスしていい?今度は口に」
「はっはぁ?」
「縢とやったゲームだと最後は必ず恋人になった二人はキスをしていたよ!」
「どんなゲームをやっていたんだ」
「ダメ?」
「ダメ……ではないが……」
「よし、なら行きます!」


 ナマエはくるっと宜野座の正面に回り、じっと彼の瞳を見つめる。宜野座は耐え切れなくなって視線を泳がせるが、ナマエの手によって両頬を固定されてしまう。自分の手とは違い、ナマエの手は小さく、皮膚も柔らかい。頬に精密なセンサーでも仕込まれているんじゃないかというぐらい、敏感に些細な指の動きや温もりを感じていた。いよいよ顔から火が出そうになった。心の準備がまだできていないと制止しようとしたが、段々と近づいてくるナマエの顔が近づいてきたので、諦めて目を瞑った。

 キスをしたときの唇に触れた柔らかい感触と今までにないほど近い距離。気恥ずかしいが、妙な安心感を感じた。もっとしたいと思ったところでナマエは唇を離した。目が合うと、彼女は幾らか頬を赤く染めながらも、とろんと蕩けた瞳で彼を見つめ、でれっと微笑んだ。その瞬間、身体の底からナマエを抱きしめたい、もっとキスをしたい衝動が込上げてきて、堪えきれず彼女の両肩を掴んだが、さすがは縢にお堅いと言われる宜野座。はっと我に帰り、ダメだと心の中で何度も呟き、一所懸命に抑制した。だがそれでも理性の牙城は幾らか崩れていたようだった。


「ナマエ……その、何だが……」
「どうしたの?」
「……もう一回、してもいいか?」
「うん!」

***

「というわけで、二人は付き合ったってわけねぇ」
「えへへへー、この幸せは是非縢くんにも分けてあげたい」
「いらねーよ」


 縢はフライパンを振るう。彼は天然素材を使用した料理を作るのが誰よりも上手であり、時々縢の部屋に遊びにきては色々な料理を教えてもらっている。教えてもらうといっても、宜野座の家にきちんとしたキッチンの設備はない。覚えても実践する機会はないが、おいしい料理は色相浄化に繋がるとの研究結果が出ているため、例え作る機械がないとしても、いつかは誰かのため――宜野座のために役に立てばとナマエは考えていた。


「それにしてもさ、どうしてギノさんなの?コウちゃんならまだ分かるけどさー…」
「うーん……」

 ナマエは野菜を切る包丁を止めて、考え込む。縢は出来上がった料理を皿に移し、最後の盛り付けをし始めた。


「ギノを好きな理由?」
「そうそう、それが気になっちゃうんだよね」
「優しいところとか、いろいろと頑張っているところとか…」
「あのガミガミメガネが?」
「いろいろとガミガミ言ってくるけど、実はすごく優しいよ。ただ言い方とかそういうのがちょっと分かりにくかったり、本人も素直じゃないところとかもあるけど」
「へぇー」
「いろいろと辛いこととかあっても頑張って乗り越えてるし、そんなギノの力になれれば嬉しいし、支えたいの」
「んで、この料理もギノさんのために?」
「うん、料理って色相浄化に繋がるらしいし、些細なことだけどそういうので喜ばせたいなって…」
「へぇ〜、頑張るねぇー」


 縢は横目でナマエを見つめ、少々不服そうな表情をした。

「入って早々、せっかくカワイイ子と出会えたのにもうお手つきとはねー」
「これからこれから!」
「はぁー…早くまたカワイイ子入ってこないかなー」

 拗ねる縢を見ていると、自然と笑みがこぼれたナマエ。それを盗み見た縢は眉を顰めた。

「何笑ってんだよ」
「面白いなーって」








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