13

「三つ星ホテルのケーキが食べたい!」
「お前、あそこのケーキは全て天然素材を使用していることを知っていて、その発言をしてるのか?」
「勿論!ねえ、ギノ。絶対美味しいよー買おうよー」
「ダメだ。買ってたらきりがないだろ」
「…ケチ」
「ワガママばっかり言うやつに言われたくないな」
「そういえばギノってワガママ言わないね。言ってもいいんだよ!」
「なら、早く寝ろ」
「そーいうのじゃなくて!」

 ナマエはダイムのブラッシングをしている宜野座の背中をぽかぽかと叩く。宜野座は平然とした面持ちでブラッシングし続けるので、次第にナマエは叩くことを諦め、彼の背中に自分の頬をくっつける。


「構ってよー!最近、全然遊んでくれない。夜もすれ違うし、寂しいよー!」
「しょうがないだろ、お前は仕事を何だと思ってる」
「ギノ不足!」

 不貞腐れていたナマエは彼の腹に手を回し、ぎゅっと背中にしがみつく。一瞬ブラッシングをする手が止まった宜野座だが、心の中で落ち着けと呟き、動揺していないように装う。人と直接触れ合ってきた経験が少ない宜野座にとって、ナマエのこういう行動にはいつも悩まさせる。彼女のことだから、深い意味はないと踏んでいるが、それでもふんわりと香るシャンプーの匂いや、男とは違う、女性らしい柔らかい身体が彼の神経を刺激する。ナマエは目を瞑って、背中に耳を当てた。


「緊張してる?」
「しっしてるわけないだろう!兎に角!早く寝ろ!ナマエ、ハウス!」
「犬じゃないのに!」


+++

 夜八時頃、大部屋には狡噛と宜野座の姿しかなく、狡噛は始末書の作成。宜野座は少々残業をしていた。気の知れた仲なので、お互いポツリポツリと話しながら、気楽に作業をしていた。宜野座は腕時計に目をやり、時間を確認する。この調子で残業をしていると、ナマエが食べたいと言っていたケーキ屋が閉店しそうだったため、彼は帰りの支度を始める。すると、狡噛が画面から目を離さず言った。

「今日は珍しく仕事を切り上げるのが早いな」
「ナマエがな、ケーキを食べたいと毎日煩くてかなわん」
「なんだ、可愛らしいおねだりだな」

 狡噛はクツクツと声を漏らして笑った。宜野座は思わず顔を顰める。

「可愛らしい……だと?お前はアイツのワガママ振りを知らないだけだ。全く、人の財布を自分の財布のように考えやがって……」
「それだけ気を許してるってことじゃないか?」

 狡噛と目が合う。宜野座は不満そうな顔をし、口を真一文字に紡いだ。大部屋を後にし、ケーキ屋へと急ぐ。閉店ギリギリに駆け込んだが、店員は心地よい接客をしてくれた。さすが三ツ星、と心の中で感心した。ケーキを購入し、帰りの車。運転中、宜野座はぼーっとナマエのことを考える。このケーキの箱を見たら、両手を挙げて喜びそうだ。ケーキ一つでここまで喜べるなんて、おめでたい奴だ、と彼の口元が緩む。

 最近、ナマエの言うとおり、すれ違いの日々が続いた。今度、休日が重なったらまた水族館にでも行こうか。ジェラードを食べて、イルカショーを見て、食事はニュースで特集していたイタリアンにでも行こうか。そのあとはゆっくりと駅前を歩いて、気に入ったものを買おう。宜野座の妄想はどんどん続いていき、仕舞いにはナマエの誕生日までしっかりと計画立ててしまっていた。ふと、宜野座は考える。こんなに人を好きになったのは初めてだと。しかし、一旦ここで自分の言葉に違和感を覚える。好き?好きと今考えた?誰を?ナマエを?

 宜野座は思わず口元に手を当てた。顔は茹蛸のように真っ赤で、「そんな馬鹿な」「違う」と何度も口にして狼狽した。ふと助手席に置いているケーキの箱を目にする。ナマエの笑顔が脳裏に過ぎる。いつのまにか緩む頬を押さえる。自動操縦にしているため、ハンドル操作を誤る危険はないが、明らかに挙動不審で体が熱いとエアコンを付けようとボタン操作を押し間違え、ラジオがかかる。

「助けて、カウンセリング!のコーナーがやって参りました!早速お便りが来ています。二十代男性から。人を好きになる基準がよくわかりません。最近、笑顔を見ると何だかコウ、胸にくる女性がいるんですけど、これだけでも恋なんですかね?と、先生これはどうですか?」
「人によって好きになる基準は異なりますが、好きかどうかや好きという言葉を意識したときからもう、恋は始まっていると思いますよ。頑張ってください!」
「ありがとうございます。今からでもどんどんお便り待っています。詳しくはシビュラ公認―――」
「なんだこのラジオ番組は!!」


 宜野座は怒鳴りながらそれを消した。途中まで聞き入ってしまった自分が腹立たしい。急いで空調を付ける。涼しい風が彼の頬を撫でる。やっと冷静になれるような気がしたが、ケーキの箱を目にするたびにまたループをし始めるのであった。

++++

「ただいま」
「おかえりー!」


 ナマエがダイムと共に出迎えた。ナマエは六合塚から貰ったシュシュで髪を結んでおり、一瞬可愛いと思ってしまう。しまった、気を抜いていたと宜野座はさりげなくナマエにケーキの箱を渡し、ダイムを撫でる。いつみても愛らしいと思わずでれっとしてしまい、唯一好きだと信じられるのはダイムだけだと心の中で呟いた。ダイムと戯れる宜野座を横にナマエは箱の中身にケーキが入っているとわかった瞬間、目を爛々と輝かせた。


「ギノ、これ!!」
「これで少しは静かにしろよ」
「うん、静かにする!やったー!!」


 ナマエは見事に有頂天。ケーキの箱を掲げ、くるくると回りながら、廊下を歩く。宜野座は彼女が以前同じことをして転んで床にぶちまけたことを思い出し、急いで靴を脱いでナマエから箱を奪う。先にダイニグへと持っていって、テーブルの上に置き、やっと一段落終えたとほっと一息ついた。ナマエはとてもわくわくした様子でケーキの箱を開き、中身を確認する。うわあと感嘆の声が漏れる。どうやらナマエにとって箱の中身は金品財宝のように輝いて見えたらしい。


「ショートケーキにタルト、モンブラン……!わー!宝の山!本当に嬉しい!ありがとうギノ!」
「まさか今夜一気に食べようと思ってないだろうな」
「そっそんなことないですよ」


 ナマエの声が上ずる。一気に食べるつもりだったのかと宜野座は呆れた。クローゼットの前に行き、スーツを脱ごうとすると、ナマエが後ろから着いてきた。「ケーキを買ってくれたお詫びとして何でもします!まずはじめにスーツの上着を私めがかけます!」と活き活きとした表情で訴えかけてくる。宜野座はとりあえずスーツの上着を渡すと、クローゼットを開き、ハンガーにそれをかける。ナマエは宜野座の下半身へと目を向ける。さすがにナマエの居る前でスーツのパンツを脱げるはずがない。


「あとは自分でするから、先にケーキを食べてろ」
「はい!」


 ナマエは嬉しそうにダイニングへと行く。結局はケーキを食べたいだけだろと丁寧にスーツをかけなおし、ラフな格好へと着替える。しかしケーキだけでここまで喜ぶとは思っても見なかったとふと考え、ナマエの笑顔が一つひとつダイジェスト風に蘇ってきたところから、何を考えてるんだと慌てて脳内から消す。ダイニングへ行くと、もうナマエはケーキを食べており、非常に幸せそうだった。宜野座はその表情を見ながら、ちくしょう、と苦虫を噛み潰したような顔をし、胸の高鳴りを誤魔化した。


+++


 新しい執行官が着任してきた。名前は縢秀星。気質は狡噛や六合塚よりも佐々山に似ており、執行官らしいともいえるチャラチャラとした性格。おまけにゲームやお菓子など小学生が好みそうな嗜好を持っており、宜野座はどうして始末書を増やしそうな輩が選ばれたんだと頭を抱えた。

 縢秀星だが、ナマエとどうやら気が合うらしく、二人はすぐにゲームをしたりして仲良くなった。佐々山に懐いていたナマエが縢に懐くのも時間の問題だった。縢と遊ぶことの楽しさにはまり始めたナマエ。当然、宜野座は快く思っていない。ゲームするからといって終日縢の部屋に篭もってることもあり、せっかくの休日でもどこか落ち着かない。久しぶりの一人を満喫しようとしてもすぐにデバイスでナマエの居場所を確認して「まだあいつは遊んでるのか」とイライラしていた。

 ある日の夕方、珍しくナマエとシフトが重なった宜野座は久々に帰り、どこかへ食事へ連れて行こうかと荷物を整理するナマエに話しかけた。


「これから時間あるか?久しぶりに……どこか食事なんてどうだ?」
「食事?」


 ナマエは目をきらっと輝かせて浮き浮きとしたが、その表情もすぐに萎む。申し訳なさそうに視線を斜め下にはずして言った。


「あのね、今日もう約束があって……」
「縢か?」


 そういえば今日、奴は非番だったなと宜野座は頭の片隅に思い出し、眉間に皺を寄せる。ナマエは「今日はラスボス倒しに行くから空けとけって言われちゃって」と苦笑いをした。オレよりも縢を選ぶのか。ラスボスと謳っているが、所詮人が作り出したデータの存在にオレは負けたのか。先約を優先するナマエに非はないが、どこか蔑ろにされたような気がして、宜野座は苛々とする。ナマエは宜野座の顔色が曇ったことに焦ったのか、慌てて慰めようとした。


「あのね、縢、料理すごく上手だから今度一緒にご馳走になろうよ!それでね、縢の部屋ってゲームセンターみたいでとても面白いから、宜野座の気に入るものもあると思うんだ」


 手料理まで食べたのか。全身の血液が脳に目掛けて迸り、一瞬我を忘れ、啖呵を切ってしまった。


「オレはそんな幼稚なもので遊ばない、そんなに縢といたかったら縢の部屋に住めばいいだろ。こっちはお前がいなくなって清々する」


 自分の席に戻って手荷物を持つと、呆然とするナマエに見向きもせず大部屋から出て行く。出て行く直前にデスクについていた六合塚が「どっちが幼稚なの」と呟いたのを背で聞き、苦虫を噛み潰したような表情をした。こんな些細なことで怒ってどうすると冷静沈着な声が響いてくる。大人気ないとわかっていても、縢を優先するナマエのことを考えると暴走は止まらなかった。好きだ好きだといってくるくせに!あのとき無理やりでも手を掴んで家につれて帰るべきだった。抵抗されたとしてもそのまま床に押し倒してこの手に留めておきたい。なんて暴力的な愛だ。宜野座ははっとして、額に手を当てた。ダメだ、こんな考え方では色相が濁ってしまう。嫉妬に塗れたドス黒い炎よりも純朴で美しい白い愛をオレは持つべきなのに。


 もちろんストレスが貯まるということは色相が濁ることに繋がる。宜野座は空き時間を利用して、セラピーを受けることにした。暖色を基調とした柔らかい印象を与える部屋のソファーにカウンセラーと向き合う。ホログラムだが、窓からは心を浄化してくれるような朝日が毀れてくる。宜野座の目の前に座っているカウンセラーは手元にある情報端末を見て、穏やかな表情をする。


「色相はサーモンピンク。少し濁っていますが、処方さえすれば正常な色相にすぐに戻りますよ。何か悩み事でも?特に恋愛関係で」
「はい……その、好きな、女性がいるのですが、最近すれ違っているような気がして」
「その女性は恋人ですか?」
「いえ……でもその女性は確かに自分のことを好きだといってくれて、オレもその女性のことを……」

 好きと正直に白状することが出来ず、言葉を濁しているとその心情に勘付いたカウンセラーが助け舟を出した。


「最近、その女性に変わったことなどありますか?例えば、貴方以外に親しい人物が出来たようなことなど」
「新しく部下がきて、そいつとその女性の息が合うらしくよく二人で遊んでいるようです」
「もしかしたら、その女性がそちらの男性のことを好きなのではないか、と不安を感じていらっしゃるようですね。わかりますよ、その不安…お辛いでしょうね…。一度愛情を確認してみてはいかがですか?」
「確認……ですか?」
「相思相愛だと思っていた絆が解けてしまったように感じるのなら、もう一度結びなおすのもいいことです。愛されているという自信を取り戻すことが色相浄化に繋がるでしょう」


 カウンセリングが終わり、宜野座は先ほど言われたとおり、ナマエの気持ちを確かめようとしたが、いいやり方が思いつかない。ストレートに聞くことが一番手短で確実なのだが、素直になれない彼の性格からしてその方法は難関だった。迷いに迷っている末、出動命令が一係に入り、執行官を引き連れて警告のあった場所へと向かった。

 前々から他の係が目星をつけていた潜在犯の潜伏場所が分かったようだ。運営が上手くいかず、手放された研究所。すでにその場所は廃墟と化し、壁や天井などが老朽化して大きな衝撃を受けると崩落の危険性があった。その研究所の隣には水路があるが、潜在犯が薬物や武器の製造で垂れ流した汚染水が流れており、水とは思えない不気味な色に輝いていた。


 志恩の協力を経て、セキュリティを解除していき、何時もどおり潜在犯をとっちめた一係であった。ナマエも一応のために来ていたが、特に目立つ役目もなく帰投するかと思いきや、そんなに簡単に処理できる事件ではなかった。

 潜在犯がもしものためにと研究所の最奥、ちょうどドミネーターで本人たちが処断された場所に爆薬を仕掛けていた。それは時限式で潜在犯が絶命したと同時にカウントをスタートするものだった。

 見つけたときには既にほとんどの時間を切っており、ナマエは必死に止めようと配線を切ったが止まらなかった。どうやら配線はダミーで遠隔操作している端末を破壊しなければならないが、それは突入時に寸でで逃げ出した仲間が持ち去ったので、破壊は不可能だった。
ついでにジャミング機能もあるせいか、志恩との連絡は取れず、ドミネーターも鉄の塊と化してしまった。一係は必死に出口へと逃げた。爆弾を処理しようとしていたナマエが自然と殿を務めることになった。電気が通っていないため自然光が溢れる出口だけが明かりだった。

 繋がる灰色のコンクリートに囲まれた通路を走っていたとき、爆弾が爆発した。爆風は壁や天井に亀裂を走らせ、大きな欠片にしてしまう。衝撃波が研究所全体を貫き、震撼するのがわかった。その揺れを一番影響を受けたナマエは思わず壁に手をついて立ち止まってしまった。宜野座は振り向き近寄ろうとした瞬間、ナマエの真上にある天井が崩落してきた。

 土埃が煽られ、視界を曇らせる。それを吸い込んだせいか、堰が止まらない。やっとのこと視界がひらけ、ナマエを見ると彼女の腰から下は瓦礫に覆われ、痛みに顔が歪んでいた。腰は瓦礫が上手く重なりスペースが出来で無事だが、足がやられたらしく、這い蹲って出ようとしても瓦礫は無慈悲に圧し掛かっていた。

 その上、爆発のせいで、壁の亀裂から研究所の隣を流れていた廃棄水が染み出てきた。勢いはまだまだ緩やかだが、壁の亀裂が大きくなるにつれて勢いは増していく。宜野座はナマエを助けようと、瓦礫を持ち上げようとしたが、びくともいない。ナマエは力を振り絞って言った。



「先に逃げて、通信が入るところまでいってドローンを呼んで来て」
「それだとお前は!」
「このままだと工業排水で二人共やられちゃう。わたしの身体はギノよりも強く出来ているから多少のことは平気。早くここから脱出して」
「……逃げられるわけがないだろ!」


 素手では到底持ち上げられないほど瓦礫は大きかったので、宜野座は程よい長さの、錆で幾らか朽ちている細い鉄筋を見つけ、それを手に取る。瓦礫の下に差し込むと、梃子の原理で持ち上げようと奮闘したが、瓦礫のほうが重く、なかなか持ち上がらず仕舞いには鉄筋が折れ曲がってしまった。「クソッ!」と吐き捨て、もっと太いものを探す。その間に毒素が含まれている廃水は緩やかに床に広がっていく。浅い水溜りが床に張り、ナマエの手や宜野座の靴を湿らせていく。必死になって探しているとそれらしいものを見つけ、手に取ったが、錆により表面がザラザラとしていて、掌の肉に喰いこんだが、それでも構わず、強く握り締め、瓦礫を持ち上げた。

 宜野座の額にはじわりと汗が滲み、彼のブランド物の靴に工業水は染みこんでいく。いつもの彼なら靴が汚れたことを気にするが、彼の目は血眼で瓦礫へと注がれ、靴に意識など到底いっていなかった。

 廃水に僅かに浸かったナマエの手はどんどんかぶれていった。なかなか瓦礫は持ち上がらない。次第に押しつぶされている足に廃水は染みていき、痛みに顔が歪んだ。宜野座はますます必死になって鉄筋を握る。手は切り傷や擦り傷だらけになり、だんだんと痛みから握力が落ちていった。ナマエは苦痛に耐えながらも言った。


「ここは早く!ギノだけでも外へ!」
「お前がもし俺の立場だったら同じことをするだろ?なら俺も同じだ!それに勝手に殉職されては困るからな……!」


 ここでナマエを置いて先に逃げ、工業ドローンを要請したとしても、到着時間や浸水の早さからしてナマエが無事に生きて帰れる確立は低い。いくら身体に強化素材を使用していたとしても、毒素のある水に漬物のように使ってピンピンで生還するはずがない。宜野座は声を上げて、瓦礫を持ち上げる。

 すると徐々に上がっていき、ナマエの足が抜け出せる程度まで高さはいった。ナマエは何とか力を振り絞り、這い蹲って瓦礫の下から抜け出したが、瓦礫で押しつぶされた部分は拉げ、骨が有り得ない方向に曲がり、見るも無残なことになっていて、走るどころか立つ事すらできない。宜野座は咄嗟にナマエを抱え、その場から急いで抜け出す。ナマエは痛みにより冷や汗をかき、ぐったりとした様子で宜野座の胸に額をくっつけていた。しかしどこか表情はほっとしていて、彼のぬくもりにしっかり生きているという実感を抱いた。 

+++

 普通の人間ならば最先端の医療を使っても一週間は安静にしていなければいけない大怪我であったが、ナマエの場合、まるで機械の故障を直すかのようだった。強化素材と人工神経を交換し、接合を促すため薬物を投与し、三日で元の状態まで戻った。ナマエは公安局に出向くと、征陸に「伸元は屋上にいる」といわれたので、エレベーターを使って、彼の元まで目指した。屋上につくと、手すりに手をかけ、呆然と景色を見ている宜野座がいた。ナマエが数歩近づくと足音で気がついたのか、振り返った。


「本当に何事もなかったかのような元気な姿だな」
「人とは違うからね、ギノは大丈夫だった?」
「高級ブランドの靴を一つ台無しにしたがな」
「えぇ!?あの、ごめんなさい。弁償は……えーっと機械化保健局に言えばいいのかな……」


 彼の靴を弁償するにはどれほどの対価を払えばいいのだろうかと考え、ナマエの顔色はみるみる青くなっていった。宜野座は本気で慌てるナマエが面白く見えたのか、口元を僅かに緩めた。


「靴のことはいい、気にするな。お前が無事ならそれでいい」
「わあ……!」
「なんだ、どうした」
「ギノからそんな言葉が聞けるとは思わなかった!嬉しい!」
「べっ別に深い意味はない!」


 宜野座は少し頬を赤らめ、視線を斜め下にはずした。ナマエはにんまりと微笑んだ。とても幸せそうな笑みだった。宜野座はその笑みを流し目で確認し、身体の奥底からくすぐったい何かが込上げてくるのを感じた。それに入り浸りたい気持ちもどこかあったが、それではまるで自分がナマエに現をぬかしているかのようで、みっともないと思ったので自分を戒めるのも含めナマエのほうへと向き、いつになく真剣な表情をして言った。


「俺のことを守るのはいいが、それよりも自分のことをまず守れ。俺はお前に守られなくともそんなに弱くない」
「うん!でもやっぱりわたしはギノのこと守るよ」
「人の話を聞いてたのか」
「だって私のほうが腕っ節強いし」
「……そういうのは関係なく考えろ」
「それでもいろいろなことから守りたい!ギノがいつでも幸せでいられるように、わたしは頑張る。だからどんどん頼って!疲れたら肩を揉むし、ダイムのお世話も手伝う!あとはー……もしも誰かがギノに襲い掛かってきても返り討ちにする!」
「そこまでしてもらう必要はない」
「そんな!」


 こうして隣にいて、笑ったり話してくれたりするだけで微笑ましい気持ちになる。これがきっと幸せなのかと感じた。


「一度しか言わないからよく聞け」
「うん?」
「…好きだ」
「え?」
「一度しか言わないっていっただろ!」
「風が強くて聞こえなかったんだって!もう一回!」


 ナマエが耳に髪をかける。宜野座は躊躇していたが、彼女は一向に引かない。根負けした宜野座は気恥ずかしさに唇を噛みながらも、決心したのかナマエの耳元に自分の顔を近づけた。


「好きだ……これで聞こえただろ」
「うん、聞こえた…」


 ナマエの顔はみるみるうちに赤くなり、でへへと表情が蕩けると宜野座の胸に飛び込み、額を押し当て、腰に手を回す。力いっぱい抱きしめているせいか、彼のスーツに皺ができる。


「わたしも好き、大好き!とっても好き!一番好き!」
「だから、お前の好きは軽すぎるんだ!」
「そんなことないよ、ねぇもう一回言ってよ」
「何回も言わせるな!」
「お願い……!」
「……その手には乗らないぞ」






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