12

 後日、ナマエは宜野座にバレないように狡噛の捜査の手伝いをしていた。狡噛もナマエの事情を暗黙のうちに了解していたのか、宜野座に何を尋ねられてもナマエは関係ないと答えていた。

 夜勤明け、狡噛は佐々山の部屋でそのまま眠ることなく、勤務前から続けていた「マキシマ」の情報を一から整理していた。ナマエも同じく夜勤明けであり、瞼が垂れてきそうなのを必死に堪えながら起きていた。しかしそれでも睡魔は襲ってきて、いつの間にかソファに突っ伏して眠っていた。ふと目が覚め、身体を僅かに起こしてみると知らぬ間にかけられた毛布がずれ落ちる。彼女の正面には狡噛がコーヒーを片手にいまだ資料と睨めっこしていた。灰皿には煙草の吸殻が山のように積み重ねられている。ナマエは半分寝ぼけた頭で資料に手を伸ばす。


「ごめん……寝ちゃった」
「いやいいさ。眠たいときには眠ればいい。それよりギノから何か連絡着てないか?」
「デバイスのGPS、志恩にちょっと弄ってもらったから工作はきちんと出来てるよ!」
「そうか……でも、アイツをあまり心配させるなよ、ただでさえ、俺のことで気が滅入ってるだろうしな」
「自覚があるならもうちょっと色相に気を配ってほしいな」
「努力はしてるさ」


 狡噛はニヒルに微笑むと、再び資料に目を落とした。ナマエはぼんやりと彼のことを眺めた。


「ギノの言うセラピー、受けたほうがいいんじゃない……?」
「……ギノは俺が潜在犯落ちするのが怖いんだろう。それはわかってる。俺もあいつを裏切りたくはないと思っている。けど、やらなくちゃいけないことなんだ。標本事件の背後でほくそ笑んでいた真犯人をこの手で捕まえなきゃならないんだ」
「犯人の思考に反らないように犯人を突き止めるというのは……」
「出来たらもうとっくの疾うに逮捕してるに決まってるだろ」
「たまにストレスケアとして休憩するとか」
「休憩している間も追う。それにここが一番情報を集めやすい。他の場所でのうのうとしてる暇はないさ」
「一番いい方法は」
「俺が潜在犯落ちする前に肩をつけることだ」
「…なら、わたしももっと協力しなきゃ!」


 なるべく早くマキシマを見つければ、狡噛は潜在犯に落ちないし、宜野座の色相だって濁らない。もう狡噛は止まらない。マキシマを捕まえない限り、彼を引き止める術はもうなかった。




 マキシマの情報は思った以上に見つからなかった。標本事件やその他猟奇的な事件を元にプロファイリングを行い、微かであるがマキシマの痕跡を追う。雲を掴むような話であったが、これ以外にマキシマへとたどり着く術はなかった。ある日の夜、久しぶりに宜野座と共に家にいることになったナマエは彼のベッドの上に寝転びながら、肘をつき、両掌に顎を乗せて宜野座に尋ねた。



「ギノってコウちゃん以外に友達いる?」
「まるでいないとでも決め付けているように聞こえるな」
「そんな決め付けたわけじゃないよー!」
「いるはいるが、信頼できるかどうかはわからん。狡噛といた時間が一番長かった」
「ほぉー相棒というわけかー」


 ナマエはベッドの上に仰向けになって寝転がった。宜野座はイラついた様子で寝台の前に立ち、ナマエを見下ろす。

「ところで、お前はいつまで人のベッドの上で寝転んでるんだ」
「たまにはふかふかのベッドで寝たいなー」
「却下だ」
「ひどい!優しくない!」
「段々と態度が悪くなってきたな」
「たまには添い寝とかもどうかなー?」
「早く寝ろ」
「えー…」


 ナマエは嫌々ながらも寝台から降りると、リビングへと行く。彼女の寝台はソファなのだ。部屋を出る際、寝台に腰かけた宜野座に振りむき、純真無垢な笑みを浮かべて言った。

「おやすみ、ギノ!」
「ああ、おやすみ」


 宜野座もつられて笑みを浮かべた。ナマエの背中を見届けると寝台に寝転び、眼鏡をはずしてナイトテーブルに置いた。狡噛の件もあり、彼の色相は緩やかに濁っていた。ストレスケアをきちんと怠っていないはずなのに前よりも係数が悪化している。ナマエのことも頭を悩ます要因だ。狡噛には協力していないといっているし、GPSで居場所を調べてみても、大概唐之杜や六合塚のところにいることが多い。けれど、疑いも持っていた。本当は狡噛に協力しているのではないかと。彼に協力して、ナマエの色相まで濁り、潜在犯に落ちてしまったとしたら、どういう顔をすればいいのか。もう自分の周りの人が潜在犯になるのはこりごりだった。裏切られたくない。そう思うと、眠気が妙に覚めてしまい、なかなか眠れない。ついでに喉が渇き、水を飲みに行こうと部屋を出ると、ソファで寝るナマエの姿が目に映る。そのソファに寄り添うようにダイムが足元で眠っている。妙にその様子が微笑ましく見え、無意識のうちに近づいていた。歩むたびに床が軋み、その音でナマエは僅かに目を覚ます。宜野座は申し訳なさそうに言った。


「すまない、起こしてしまった」
「ううん……寝れないの?」
「ああ、少し喉が渇いたから水を飲みに来た」
「やっぱ一緒に寝る?」
「馬鹿は休み休み言え」


 宜野座は冷蔵庫から水を取り出して飲んだ。ナマエはすっかり目を覚まし、幾らか好奇心を含んだ瞳で彼を見つめていた。


「ねえ、ギノ。確か明日休みだっけ?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、今夜は一晩中語り合おうよ!」
「語り…合う?」
「志恩とか弥生たちと集まってよくやるよ!ギノの昔話とか聞きたいなー」
「お前は明日朝一に二係での仕事が入ってるだろ?早く寝ろ」
「ううん、大丈夫。寝るよりもギノと話したい!」


 ナマエはソファに座りなおして、自分の隣を叩き、彼のことを呼んだ。宜野座は最初ためらっていたが、彼女のしつこさに観念したのか大人しく隣に座った。ナマエは相変わらずにこにことしていて、先ほどまで寝ていたなんて嘘みたいに思えた。


「わたし、あまりギノの小さい頃の話って聞いたことなかったから気になるな」
「別に大したことじゃない。それと少し明かりをつけるぞ」


 宜野座は眩しくない程度に明かりをつけた。橙色の柔らかな光が彼とナマエを包み込む。ナマエは興味津々のまま、宜野座に尋ねた。


「それでも知りたいな!」
「……小さい頃といえば、潜在犯の息子としていろいろと言われてきた覚えしかない。学院に入っても鬱陶しい連中らはいた。まあその学院で狡噛と出会えたから、別にいろいろといってくるやつらはどうでもよくなったな」
「ギノってほんとコウちゃんのこと好きなんだね」
「あいつは本当にすごい、何でも率なくこなして、俺の出来ないことを軽々とやってのける。初めて心から尊敬できる奴だと思ったさ」
「わたしのことは?」
「……はあ?」
「わたしのことはどう思う?」
「どうって……別に……まあ、以前よりはだいぶましにはなったな」
「本当?やった!これからももっとギノの力になれるよう、頑張るから!」
「頑張るのはいいが、迷惑だけはかけるなよ」


 するとナマエはえへへと目を細めた。宜野座はその笑顔を見てふと疑問を抱く。どうしてナマエはそこまで自分に笑顔を向け、尽くしてくれるのだろうか。今まで関わってきた奴らのほとんどは潜在犯の息子だと分ると掌を返すように冷淡な態度を取ってきた。潜在犯の息子と関わっていいことなんて一つもないからだ。加えて愛想も良いわけではない。それなのにナマエは自分を見つめてくれる。彼はふと口を開いた。

「どうして俺のためにそんなに頑張るんだ?俺が……潜在犯の息子だから同情してるのか?」
「ギノのことが好きだからだよ」
「……はあ?」
「えっ?」
「すまない、上手く聞き取れなかった」
「えっと、好きだから」
「そうか……」

 宜野座は宙に視線を向ける。好きという言葉が頭の中をぐるぐる駆け巡る。好き?誰が?ナマエが?俺を?点と点が綺麗な直線できちんと結べたとき、彼は大慌てでナマエを見つめ、少々挙動不審になりながら言った。


「待て、なっ何かの冗談だろう……?確かに以前はエイプリルフールという嘘をついても許される日が存在したが、今はシビュラシステムにより廃止されたことになっているはずだが」
「ん?えっ?」
「どうせ唐之杜や六合塚あたりに騙されているんだろう、妙な気を起こすな。それとも俺は夢でも見ているのだろうか、可能性はある…」
「そんなんじゃないよ!好きだもん!」
「待てっ……!状況の整理が追いつかない。これはどういうことなんだ」
「ギノはわたしのこと好き?」
「好き?だと……?いや、有り得ないことだ。しかしこれは……おっお前のその好きというのは、ダイムに抱くものと一緒だろ?紛らわしい言い方をするな!」
「そんなことないよ!ギノのこと好きだから、もっと一緒にいたいと思うし、こうやって話してることも嬉しいし……」
「あっあまり大人のことをからかうな!」


 宜野座は仰々しく声を荒げた。思わずダイムは驚き、首を上げて彼のことを見つめた。ナマエは最初はきょとんとした表情をしていたが、すぐにクスクスと笑い、彼の耳を指さして言った。

「ギノ、耳が真っ赤!」
「違う、これは部屋が暑いからだ!」
「暑い?」
「もういい!寝るぞ!」
「待って、もっと話そうよ!」


 腰を上げようとする宜野座の服の袖をナマエは掴み、懇願した。宜野座は振り切ろうとしたが、なぜか力が入らず、結局再びソファに腰掛けた。照れくさそうな表情をしており、視線を斜め下にはずしていた。

「今度はお前の話を聞かせろ。俺ばっかり話してるのは不公平だろう」
「うん……えっとね、わたしの話?うーん……」
「そういえば、お前は機械化保健局に行く前、何をしていた?家族はどうした?」
「それが……全然思い出せなくて……」
「確かにお前の出世に関わることはデータには載ってなかったな」
「捨てられたってことなのかな?」


 ナマエはふとポツリと言葉を零したが、すぐに朗らかな笑顔を浮かべた。


「あっそんな気にしてるってわけじゃないよ!ただ何もデータにないってことは知らないほうがいいことなのかなって思ってね」


 宜野座はナマエの表情を見て、押し黙った。自分にはまだ潜在犯だが父親がいる。けれどナマエには誰もいない。機械化保健局で素体として利用され、人間のようでドローンのようで、何にもなれない。シビュラシステムに推奨される相手を見つけられればいいが、戸籍登録をしていないナマエにシビュラシステムが恩恵を与えるはずがない。ナマエは正真正銘一人ぼっちなのだ。宜野座は以前、ナマエのことを人間もどきと心の中で嘲っていたことを後悔した。今はこうして笑っているが、心のどこかでは気にしているに違いないと思った宜野座は何か言葉をかけようとしたが、いい言葉が思いつかない。どうして自分はこうも口下手なんだと情けさを感じた。悩みぬいた末、宜野座はゆっくりと口を開く。


「今のお前は一人じゃない。公安局があるし、一係の人間もいる。それに」


 俺もいる。宜野座は自然とそう言いかけ、慌てて口を真一文字に紡ぐ。ここでそう言ってしまうのはどうもプライドを刺激する。まるで言わされるように上手く手の平で転がされたようだ。誰が言うかと宜野座はソファから腰を上げた。


「…もう寝るぞ。ここで長話してるとダイムが寝れないだろう」
「さっき何言おうとしたの?」
「べっ別に……大したことじゃない。早く寝るぞ」
「えー!」


 宜野座は不満を漏らすナマエを尻目に寝室へと向かう。ナマエは頑なに背中を向ける宜野座に観念したのか、ソファに寝転び、そのまま目を瞑った。彼女は未だに考えていた。自分がどこで生まれ、誰に囲まれ育ったのかを。もしも誰にも愛されず、誰にも必要とされずに機械化保健局にたどり着いたのならば、それはとても悲しいことだ。以前のナマエはどこへ行ってしまったのか、ずっと曖昧なまま片付けてきたことが一気に彼女に圧し掛かってきた。

 自分は"誰"なのかと考えていくうちに目は覚めていき、知らずと目線は部屋のあちこちに移動する。ハンガーにつるしてある自分のスーツに視線が止まり、じっと見つめる。ナマエはふと店で出会った男にある物を貰ったことを思い出した。慌てて体を起こし、スーツのポケットを漁ると、指に鋭利な角が当たる。取り出してみると、それは角砂糖ほどのキューブだった。ナマエの脳裏に男の言葉が鮮明に蘇る。

「このメモリには無意識の海に沈んだ記憶を再び脳内で具現化させ、定着させるプログラムが入っている。もしかしたら、君の過去を知るルーツとなるかもしれない」


 ナマエはそのキューブを握り、とある決心をした。




 狡噛とナマエは唐之杜のいる分析室にいた。ナマエはメモリースクープをするため、特殊加工されたヘルメットを装着し、簡易ベッドの上に横たわっていた。狡噛に店で会った男からキューブを貰ったことを話すと、すぐにメモリースクープへと結びついた。佐々山のピンボケ写真よりも精密度の高い画像が手に入るかもしれないし、もしかしたらより大きな手がかりを得られるかもしれない。なんたって、槙島と思わしき人物から直接貰ったものだからだ。ナマエもナマエなりに考えていた。自分の過去を知るルーツ、という言葉が頭から離れない。敵の罠かもしれないが、危険を犯さなければ得られないものもある。唐之杜にそのキューブを渡すと、造りは簡単なものらしく、すぐに準備が出来た。隣に座っている狡噛は真摯な面持ちで言った。


「サイコパスが悪化したときはすぐに中止する。あまり負担をかけさせたくないからな」
「わたしは大丈夫だよ、コウちゃん」
「じゃあ、そろそろ始めるわよ」


 唐之杜に言われたとおり、古ぼけた店でのことを思い出す。段々と記憶が増長され、やがて真っ暗な海に深く、静かに沈んでいくような心地を感じた。

 廃棄区画のことを思い出す。薄暗い通路と廃水が滴れるパイプ。顔に白い靄のかかった青年の後を追いかけて、走り続ける。黒い建物に四方八方囲まれ、空さえも狭く遠く感じる、圧迫感。人工的なネオンライト。手前に見える曲がり角を曲がると店が見えてくるはずだった。

 予想外のことが起きたのだ。なぜか空から雨が降ってきた。体にしみこむ墨汁のような酸性雨だ。確かあのときは雨は降っていなかったとナマエは困惑した。やがて視界にノイズが走り、景色が少し変わる。店に続く道にいたはずなのに、全く知らない道に立っていた。異常なほど心臓が脈打っている。野太い男の叫び声が聞こえてきたとき、ナマエの身体は脱兎のように飛び跳ねた。それから全速力で走り続ける。

 このとき、彼女はもう自分の身体を思うようにコントロール出来なくなっていた。まるで映画を見ているようだった。身体の主の視界をジャックし、第三者の立場から見つめていた。ナマエは逃げているようだった。やがて物陰に隠れ、ポケットに隠していたナイフを取り出し、息を潜める。追ってきた男がナマエの真横を走り抜けようとしたとき、ナマエは背後から急襲し、躊躇なく喉元の血管を切り裂いた。血を噴水のように噴出させる虫の息の男を見下ろすと、そのまま立ち去った。全く迷いがなかった。軽く足をひっかけたみたく、彼女は人を殺した。

 ナマエは恐怖を抱いたが、ナマエの身体は全く動じていなかった。そして路地を抜けた先に、青年が待っていた。青年は瓦礫の山の上に立ち、空を見上げていた。ちょうど彼のところだけスポットライトが照っているかのように月光が降り注ぐ。青年は顔をナマエに向けると、涼しげに微笑んだ。このとき、初めて靄が晴れる。その青年は店で見かけた青年と同じ顔をしていた。ナマエははっと息を呑み、一歩踏み出した瞬間、テレビのスイッチが切れたかのように視界はブラックアウトした。



 次にナマエが目を覚ますと、分析室の隣にある部屋のベッドの上だった。慌てて体を起こすと、ベッドの横には宜野座がいた。ナマエが無事目覚めたことにほっとしていたが、それでも憔悴した表情は拭えていなかった。彼はひどく落ち込んでいると同時に何かに苛立っているようにも見えた。ナマエは恐る恐る尋ねた。


「わたし、どのくらい寝てた?」
「三日だ」
「コウちゃんは?メモリースクープは上手くいった?」
「狡噛は犯罪係数140をマーク。今は更生施設にいる。メモリースクープの収穫は何もない。結局お前が潜ったあと、機械がエラーを起こした」
「そんな……」


 ナマエは息を呑んだ。槙島について情報を得られなかったことに加え、狡噛が潜在犯になることを止められなかった。宜野座は無言のまま、下を向いている。ナマエの表情はだんだんと悲痛なものに変わっていき、罪悪感に耐え切れずポツリと言葉を零した。


「ごめんなさい……」
「今更とやかくいってももう遅い」

 宜野座は冷淡な声でそう吐き捨てた。ナマエは宜野座の沈痛な表情を見つめ、胸が締め付けられているかのように感じた。親友であり、相棒でもあった狡噛が潜在犯に堕ちてしまったのだ。彼の心の中では裏切られた怒りとパートナーを失った悲しみが渦巻き、かえって何もする気が起きなかった。加えてナマエの昏睡。今までにないほど、宜野座の色相は濁っていた。ナマエが何か言葉をかけようと口を開いたが、それよりも先に宜野座の声が部屋に響いた。


「身近にいるやつほど潜在犯に落ちていく。俺は疫病神かなにかか?あいつだけはならないと思ってたのに……あいつだけには堕ちてほしくなかった…」
「ギノ……」
「どうせお前も犯罪係数が悪化して、潜在犯になるんだろう?いや、もう潜在犯みたいなものか」


 宜野座は嘲笑しながらそう零した。ナマエの心は張り裂けんばかりの痛みを感じていた。自分が過去の自分を知りたいと思ったから、機械がエラーを起こしたのだ。私欲によって、メモリースクープは失敗してしまったと彼女はとても後悔した。何より宜野座のことを、気持ちを考えるととても悲しくなった。泣いても意味がないのに、自然と涙が毀れ、頬を伝う。宜野座は流し目でナマエのことを見ると、視線を斜め下に投げ、ぼそりと自暴自棄気味に呟いた。


「俺だって泣きたい気分だ」


 宜野座の表情が歪んだ。何もかも全て吐き出して楽になりたい。子供のときは思い通りに泣けたが、大人になるとなぜか素直になれなくなってしまった。ナマエは宜野座の頭を抱くように首元に腕を回した。宜野座は声を荒げる。

「離せ!」
「ごめんね、コウちゃんのこと止められなくて。ギノはコウちゃんのことすごく好きだったもんね……つらいよね……ごめんね」


 ごめんね。そう今にも消え去りそうなほどか細く、震えながら呟き、彼の頭を撫でる。宜野座は突き放そうとしたが、出来なかった。人の温かさを感じた。今なら泣いたって怒ったって、全てが許される優しさに包まれているような気がした。とても心が安らぐと同時に今まで堰き止めていたものが壁が、いとも簡単に崩れ去りそうだった。感情の全てをナマエにぶつけそうな気がして、宜野座は慌ててもう一度言う。

「離れろ…」
「ちゃんと傍にいるよ。大丈夫、もう一人じゃないから。わたしは貴方を裏切らない」


 その言葉についに我慢できなくなったのか、宜野座はナマエの背中を力強く抱き、首筋に顔を埋めた。ナマエはじわりと温かいものが肌に染みたのを感じた。彼が落ち着くまでゆっくりと頭を撫で続け、また自分も涙を流した。





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