六話


 大会に向けて、特別特訓ということで江ちゃん考案、海合宿をやることになった。わたしにとっては母国ならぬ母海に帰るだけなので、久々に海水だー!としか感想がない。そもそもわたしは大会などそんなのには特に興味がなく、ただ泳げればいいのと水泳部の人たちといるのが一番楽しかったので、プチ旅行感覚で参加することにした。ハルたちが海で特訓している間、わたしも海に潜る。ちなみにこのときは人魚の姿。久々にヒレを思う存分伸ばしたい。風呂のなかだとヒレが全部浸かりきらないので、やはり人魚休暇が必要だ。久々の海は心地よかった。人間に例えると、久々に海から陸地に上がって、微風を頬に感じながら、さらさらと揺れる若草色の草原を両手いっぱい広げて駆け抜ける。勿論頭上には眩しい太陽と澄んだ気持ちになれる青空。とても気持ちがいい。

 一日目の夕方、ハルとわたしだけが海の中にいて、ハルはぷかぷかと浮いていた。他の人たちは夜ご飯買いに行ったりとなにやら騒がしい。ハルとわたしは戦力外という暗黙の通知を受けたので、こうしてのんびりとしている。

 ふと、ぼんやりと浮かんでいるハルにちょっかいをかけたくなって、わたしは人魚の姿になって、水中からハルの足を引っ張る。勿論ぶくぶくと水中に引き込まれたハルは珍しく驚いていた。わたしはすぐに手を離し、ハルと一緒に浮上する。彼の無表情の面を見ると何だか面白くなってきて、クスクスと思わず笑ってしまった。ハルはむっとして言った。


「にやにやするな」
「ハルがいつもどーりの顔すぎて、笑っちゃった」
「それより、そんな簡単に人魚になっていいのか」
「だいじょーぶ、見えない見えない」


 わたしは髪の毛をかきあげる。人魚は長い髪の毛がテンプレートらしく、この姿になるとまるで絵画に描かれたみたいに長くなる。ハルの視線を感じるので、そちらを見てみるとぼんやりとした瞳と目が合った。わたしはにこりと微笑む。


「あれ?見惚れちゃった?」
「別に……」
「素直になっていいんだよー!海が似合う生物ナンバー1に人魚が選ばれたんだからー!きらきら輝いてて当然でしょー!それぐらいしか能がないからね」
「水が」
「ん?」
「綺麗に、見える」


 ハルはそういって視線をはずすと、砂浜へと泳いでいってしまった。


 夜ご飯は念願のBBQだった。火で食べ物を炙るなんて地上でしか味わえない禁断の行為。わたしと渚が怜ちゃんが美しい焼き目を付けていた肉を奪い、真琴が苦笑いをして、ハルはただ無心に鯖を焼く。顧問のあまちゃんはにこにこしながら、自分の分はきちんと確保し、しっかりものの江ちゃんは呆れながらも、いろんな材料を鉄板の上に乗せてくれる。海ではお互いに奪い合いことが多く、血が流れることも少なくない。みんなでご飯を食べることはとても楽しかった。

 いよいよ就寝。ハルたちは浜辺にテントを、江ちゃんあまちゃんわたしはロッジを使うことになった。一緒に寝ることが嬉しすぎて、あまちゃんや江ちゃんと同じ布団で寝ようとしたが、案の定ほっぽりだされる。枕投げをしようとしたが、どうやらそんな気力はないらしく、明日に備えて寝ようということですぐにみんな寝てしまった。まだ起きる気満々だったわたしはしょうがないので、窓から外の景色を見る。風が段々と強くなっており、海が荒れている。これじゃあ海流に流されて、違う海にいっちゃう魚さんもいるだろうな、とぼんやりと眺める。この波の静かなる怒り、どこかで見たことがある。わかった!誰かがまた海の魔女を怒らせたんだ!この怒りがそうだったら、瞬く間に海は激流となってしまう。浜辺にはハルたちがいる。こんな嵐の夜にあそこを寝床にするなんて、人魚でもしない。わたしはこっそりとロッジを抜け出し、浜辺に行った。


 浜辺に行き、ハルたちに声をかけるもテントには誰も居なかった。砂の上には真琴やハルたちのTシャツ。まさかと思い、海を見てみる。さっきよりも格段と強くなった豪風に揉まれ、獣のように暴れまわる波の合間に茶色が見える。ハルと真琴だ!その近くには金色。渚と怜ちゃんもいる!段々とみんなは沖へと流されていく。この水流の強さに人間が勝てるはずがない。わたしは急いで海面へと飛び込む。海水に触れるとともに、足はヒレとなり、全力で水中を押し進む。まだ近い、真琴とハルに近づき、二の腕を掴む。ハルは何か言おうとしたが、海面から顔を出すのが精一杯だった。真琴はハルよりも意識が朦朧としており、話すどころではなかった。ハルに真琴を離さないよう伝えると、彼を掴んで、陸地へと泳ぐ。流れはしっちゃかめっちゃかしていて、左右上下から煽られたがこんな水流に負けたりなんかしたら、北の海の人魚に笑われる。足がしっかりとつくところまで引っ張り、あとはハルに任せて、渚と怜ちゃんを助けに行く。渚と怜ちゃんは砂浜からだいぶ離れており、ハルたちのいた場所ではなく、近くて安全な場所に引っ張った。

 みんなを救助したあと、人目の離れたところの岩場で休憩する。人間に例えると、強風の中、無酸素で走り続けたようなものだ。さすがに疲れてしまった。ハルたちは無事に助かっただろうか。岩にもたれかかっていると、人の気配を感じた。岩場の影に身を潜めて見る。ハルだった。わたしは目を輝かせた。


「ハル!ハール!」
「そこにいたのか」
「ねえ、みんな無事だった?大丈夫だった?」
「ああ、近くのレストハウスにいる」
「よかったー…」


 わたしはほっと胸を撫で下ろす。わたしは岩場から浅瀬へと泳いでいく。水面が臍ぐらいの高さになったとき、ヒレを足に変えて、ゆっくりと進む。砂浜にたどり着き、わたしは大の字に寝転ぶ。引き波がさらさらと肌に触れた。ハルは手を差し伸べてくる。


「行くぞ」
「ちょっと、疲れてるから歩くのがきつい、先いってて」


 ハルは手を引っ込め、背中を向ける。そのまま歩いていくかと思ったら、突然しゃがみこんだ。肩越しにこちらを見つめてくる。


「ほら」
「おんぶしてくれるの?」
「…助けてくれた礼だ」

 お礼をいってくれたが、目は合わせてくれなかった。わたしはハルの好意が嬉しくて仕方がなかった。ぶっきらぼうで無表情で何を考えているかよくわからない謎のハルが優しくしてくれた。わたしはハルに甘え、背中におんぶしてもらい、レストハウスに行った。


 レストハウスにつくと、渚や怜ちゃん、真琴がすでにそこにいた。みんな、わたしがハルにおんぶされていることに驚いていた。確かにロッジにいたはずのわたしがずぼ濡れでいたら驚くのも当たり前だ。ハルはそんなわたしを「こんな荒れた海でイカ釣りをしていた」と庇ってくれた。どうしてイカ釣りかは謎だが。しかしそのイカ釣りでみんな妙に納得し、「海ちゃんなら有り得そう!」とその一言でわたしのことは決着づいてしまった。その後、残っていた食料と明かりを片手にみんなでお喋りをする。テーマに合わせて話すのはとてもおもしろかった。盛り上がったところで、急に渚が目を光らせ、わたしを見つめてくる。


「この流れだから聞くけど、ハルちゃんと海ちゃんってどんな関係なの?」
「どんな関係って?」
「二人共一緒に住んでるし、なんか秘密を共有しているって雰囲気があるし……ねえ、怜ちゃん」
「確かに、二人が一緒に住んで、喧嘩もせず穏便にいっていることが不思議でたまりませんね……僕でしたら、数日で家出しますよ」
「ちょっと怜ちゃんそのいい様ひどいんじゃない?」
「まあまあ、確か親同士が仲良かったんだっけ?」
「親同士というか、おばあちゃんとお母さんというか、いろいろとわたしとハルの間には複雑ーな縁があるの!」
「笹部コーチが、彼女とか彼氏とか言ってたけど本当のところどうなの?付き合ってるの?」
「付き合ってない」

 突然、ハルがそういった。今まで黙って鯖缶を食べていたハルが。強烈な一言に一瞬場は静まり返る。わたしもびっくりしていた。今まで付き合ってようがないが関係ないといわんばかりの態度だったのに。


「ハル、そんなに冷たく突き放さなくても」
「付き合ってない」
「ハルちゃん照れなくてもいいのにー」
「だから付き合ってない」
「まさか、七瀬先輩が……」
「付き合ってない!」

 ハルが強めに言い切った。珍しくハルの強めな態度に真琴はまあまあ、と宥め、あとは何事もなかったかのように普通にお喋りを続けた。そして日は昇った。



 合宿最終日、それぞれ荷物を纏め、午後に迎えが来る予定だった。わたしは江ちゃんと一緒に帰りの用意をしていた。ちょっと一段落がついたこと、タイミングよく江ちゃんの携帯にメールが入る。その差出主は凛。どうやら、凛もこの島に来ていたらしい。メールの内容はこの島にある臨海公園の入り口で待ってるとのこと。目を星のようにきらきらと輝かせ、にやにやとする江ちゃんに送り出され、わたしは臨海公園へと向かう。入り口には凛の姿があった。わたしを見つけると、すぐ場所を変えるといって、そのまま公園の中を入っていって、海が一望できるテラスのようなところへとたどり着いた。わたしは凛の隣に立って、口を開く。


「凛も来てたんだー!なんだったら早く連絡してくれればいいのに」
「ハルの携帯に連絡してもどうせ、どっちもみてねーだろ」
「その前にハル、携帯持ってきたのかな」
「そこからかよ!」

 凛は正面を見据えてた。海は静かで、あまちゃんのように穏やかだった。


「もしも、ハルが携帯忘れてたら」
「うん、忘れてたら?」
「家についたら速攻俺のメールを削除しろ、いいな?」
「やーだ、そんな恥ずかしいメールわたしに送ってたのー?照れちゃうなー」
「とにかく、メール、着信、全て消せ!」
「消したいけど、消し方わからないから真琴に教えてもらうね」
「あー!送った俺が馬鹿だった!」

 隣でなにやら喚く凛を見て、わたしは何だかおかしくなって笑ってしまった。三年前に戻ったみたいだ。思わず声が漏れてしまう。両手で髪の毛をわちゃわちゃしていた凛と目が合う。ばっちりと。避けたら負けなような気がして、凛の目を見続ける。凛も負けないといわんばかりに見てくる。自然界で目を逸らしたほうが負けというのは誰もが知っている常識だ。じっーっと見つめてると、凛が手を伸ばしてきて、わたしの頬に添える。これは手に意識を集中させ、目を逸らさせる作戦だな。そんなものには騙されん!わたしは見つめ続ける。すると、ゆっくりと凛の顔が近づいてくるじゃないか。まさかこれは。凛が目を瞑り、唇がわたしの唇に重なりかけたとき、声が聞こえる。


「海!」


 それと同時にわたしは両手で凛の顎を押し上げ、声がしたほうを見る。そこにはハルがいた。どうしてハルがここにいる!と思ったが、片手に携帯を持っていたので、おそらく凛のメールがハルをおびきよせたに違いない。不服そうに顔を歪める凛もハルを見つめ、急に何事もなかったかのように距離を取る。用事を思い出したのか、まるで逃げるように「じゃあな」と一言告げると、ハルの横を通り過ぎて去っていってしまった。残されたのはハルとわたし。わたしはハルに近づいた。


「いやー、危なかったー。一週間近く人魚に戻れないかもしれなかったよー……凛も人魚並みに誘惑の視線の持ち主だな。なかなか素晴らしい。それよりメールなんて書いてった?」


 ハルは携帯の画面を見せる。件名にはわたしの名前、内容は江ちゃんにきたものと一緒。わたしが見たのを確認すると、すぐに携帯の画面を閉じて、くるりと踵を返す。わたしは慌ててハルを追いかける。


「もう船がきてる、行くぞ」
「あーハルー!待ってよ!」






   
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