五話

「江ちゃーん!こっちこっち!江ちゃんー!ごごごご江ちゃーーーん!」
「だからそう呼ばないでってばー!」

 今日は水泳部のみんなで大型スポーツショップに競泳水着を見に来ていた。言い忘れていたけど、水泳部にあの怜ちゃんとマネージャー候補に江ちゃんという女の子が入部しました!夢に見ていた女子高校生同士のショッピング!これぞ少女の醍醐味!わたしはいろんな水着を試着して遊んでいた。江ちゃんに勧められる競泳水着から、一度は着てみたかったビキニ、その他いろいろなものを片っ端から楽しんでいた。江ちゃんは段々疲れてきたのか、近くにある椅子に座って、はあと溜息をついていた。自分だけ楽しんでいたという罪悪感に一気にかられ、わたしは急いで江ちゃんにいろいろな水着を勧める。こうして、お互いにいいものを勧めあうのは、海の世界でも陸の世界でも一緒だ。

「ねえ、江ちゃん!これ似合うんじゃない!?一度着てみなよー!」
「わたしが試着しても意味がないでしょう!もう、ハル先輩たちも好き勝手遊んでるし、まったくもぉ……」
「まあまあ、せっかくみんなで来たんだし!それにしてもこの色いいなー……、わたしのヒレもこんな色にしてみたいなー…」
「ヒレ?あぁ、足ヒレだったらあっちに…」

 そういって、江ちゃんはいろいろと小道具が多いほうへと、歩いていってしまった。追いかけようとしたけれど、足がじんじんと痺れてきたので、大人しく椅子に座って待つことにした。このことは足が悪いという扱いになっているけれど実際は人間の足でいることに疲れたりするとなる。もちろんハルしか真実を知らない。江ちゃんを待っている間、スポーツショップの天井を眺める。いろいろな広告が飾ってあって、賑やかだ。そういや、今頃暖かい海のほうでは、南海フェアがやっているなーといろいろと考え、ぼーっとする。ふと視界に江ちゃんの赤い髪が映り、江ちゃん!と思わず声に出しそうになったが、よくよく見てみると、江ちゃんではなく凛だった。まさかここに凛がいるとは思わず、わたしは目をキラキラさせて凛に手を振った。


「おーい!凛!りーん!」

 凛はわたしの声で気がつき、相変わらずの無愛想な表情で近づいてきた。

「ハルも来ていたと思えば、お前も来てたのかよ」
「うん、真琴とか渚とかも一緒だよ」
「そうか……おい、海。ちょっと面かせ」
「いいけど、今江ちゃん待ってるからちょっと待ってね」
「江も来てんのか」

 凛はポケットにしまってあった携帯を取り出して、なにやら操作し、再びポケットにしまう。

「行くぞ。江には連絡しておいたから大丈夫だ」

 人気のないところへ行きたいらしく、スポーツショップを出て少し歩く。凛の背はわたしよりも遥かに上だ。昔はどっこいどっこいだったのに、人間の男は成長が早い。このまま鮫みたいに5メートルぐらいになっちゃったりするのかな?5メートルの凛。想像すると思わず吹き出してしまった。急にわたしが笑いだしたので、凛は怪訝な表情でこちらを見つめた。わたしは適当に誤魔化して、他愛のない話をしようと口を開く。

「江ちゃんと凛って知り合いなの?そうか、松岡だし髪の毛の色同じだし、兄妹なのかー!そういえばどことなく似てるし、やっぱり瓜二つとはいかないけど、兄妹って似るんだねー!そういえば、凛、あれからどうしてた?前にね、岩鳶高校が練習試合行ったと思ったけど、わたしそのとき、風邪引いちゃってさー…いけなくて凛に会えなくて寂しかったよー!」
「寂しいか……」

 凛は立ち止まる。ちょうどスポーツショップの近くにある公園の入り口にさしかかった頃だった。妙に暗い声だったので、わたしは振り返って、近寄って顔を覗く。凛の眉間にはぐっと皺が寄っていて、唇を歯で食いしばり、なんだか只ならぬ表情だった。

「凛どうしたの?そんな怖い顔して、お腹痛いの?まさか、また前みたいにあんまり友達がいないとかそういうことで悩んでたりする?もうしょうがないな!わたしが相談に乗ってやろう!」
「ふざけるな!!」

 怒鳴り声と共に勢いよく肩を掴まれた。凛の力は強く、肩の骨がかけるかと思った。もしもこれが秋刀魚さんだったら、背骨が粉々に砕けていたに違いない。それより、どうして勢いよく肩を掴まれたのだろう。凛の怒の表情を見て、わたしは過去に意識を遡及させる。もしかして、前に散々チビとかいってからかったことをまだ根に持ってるのか?あわあわと段々と心に焦りが生まれ、とりあえず弁解の言葉を述べようと口を開くが、凛の声にかき消される。


「お前、ハルと付き合ってるって本当なのかよ」
「ごめんね、チビっていったことをそんなに……えっハル?」
「前に知り合いから連絡がきて、ハルに彼女が出来たって……それがお前だってのは本当なのか聞いているんだよ!」
「彼女?あー、彼女ね、はいはい。別にわたしがハルの彼女でも彼女じゃなくても、凛には何も支障はないし、それにハルも全然気にしてなさそうだし、わたしが彼女でも害があるわけじゃないし」
「……お前、それ本気で言ってるのか?」
「うん、え?本気?」
「忘れたのかよ……!去年、俺がオーストラリアで言ったことだよ!」
「オーストラリア?えーっとちょっと思い出します……」

 人魚は歌と芸しか取り柄がないと海の世界では有名である。馬鹿なのだ。そんな馬鹿なわたしが一生懸命、凛ちゃんとの出来事を思い出そう。


 あれは、今から三年前。長期間のバカンスに行っておいでーと母さんに姉たちとほっぽりだされ、たどり着いたオーストラリア。人間の足をすいすいと出せ、優雅に歩ける姉たちは貝たちから貢がせた真珠を売り捌いて、人間界を豪遊していた。もちろんわたしは人間の足を出すのが苦手だったので、海辺で「帰ってきたら、ウニで突き刺してやろう」なんて頭の中で考えながら、波に揺れていた。そこに凛のオニアサリのスロー。運命に導かれたように見事額にぶち当たる。それがわたしたちの出会いだった。周りの環境に馴染めなかったり、なにやらオリンピックに出れないなどの悩みを抱えている凛の話を暇つぶし程度に聞いているうちに仲良くなり、いつしか姉たちと話すよりも凛と話していることが多くなった。いやー、あのときの凛は可愛かった。わたしをデートに誘うとき、珍しく耳まで真っ赤にさせて、「行きたい場所があるから、一緒に行こう」って恥ずかしそうに視線を砂に向けていて、少年って可愛いなーと思いながら、海辺以外のところをまだ歩けないわたしは「疲れるから無理!」ってあっさりと断ったときはなんだか悪い気がしたなー。あれから一週間ぐらい凛が海辺に来なかったから、相当傷ついたんだろう。悪いことをした。それについて怒ってるのかな?

 わたしは回想に一旦区切りを入れる。まさにこれだ!これについて怒ってるんだ!

「わかった!凛、前にわたしがデートを断ったことまだ根に持ってるんだ!あのときはわたしも返事の仕方が悪くてごめんねー、今なら割と疲れないほうだから、デートはいつでも大丈夫だよ!」
「それじゃない!それもあるけど、もっと他にあるだろーが!思い出せ!」
「えぇ……まだわたし凛に迷惑かけてたの……?」

 再び記憶の波に思考を委ねる。凛から貰ったネックレスを次の日になくしたとか、あれはしょうがない。だって波が荒かったからだ。でもそれじゃなさそう。そしたら、あと心当たりがあるとしたら、別れの時だ。バカンスも終わり、帰るときがやってきて、凛に別れを告げたときだ。あっ!絶対このときだ!わたしは出来る限り台詞を思い出す。凜はなんていったっけ。さよなら、いや違う。そんなあっさりじゃない。だとしたら。

「好きだ?」
 わたしの言葉に凛は幾らか反応する。過去の汚点を穿り返され、きっと心の中で悶えているだろう。

「思い出した!確か凛、わたしに好きだ、付き合ってくれ……っていつになく真剣に言ってたよね、懐かしい懐かしい!わたしも凛のことが好きだったし、パートナーは多いほうが自然界を生き残るために良いって聞いていたから、いいよーって答えて、凛は顔かぁーって真っ赤にして喜んでたよねー!あんなに目がキラキラしてたの、初めて見たよ。それで興奮したのか、手をぎゅっと握ってきてキスしようとしたよね。ごめんねーあのときはキスしちゃいけない訳があったんだよ。別に凛が嫌いだってわけじゃないから大丈夫だよ」

 人魚が人間の男とキスすると、どうやら一週間近く金槌になって泳げなくなるらしい。何でって?昔、海の魔女が人魚と人間の男との結婚の多さに対策として打ち出したものらしい。そのおかげか、姉の一人が一週間近く、海に帰ってこなかったときがある。思い出したことにすっきりしたわたしは溌剌とした笑みを浮かべる。一方凛はまだ不満があるのか、こちらを睨んでくる。

「いくら連絡先を聞いても、わかんねぇ、知らないって言いまくったくせに、これが連絡先だって貝殻を渡されたこっちの身を考えてみろ。俺が教えた住所に手紙送るって約束したのに、今日まで一通も着ていない。挙句の果てにハルの彼女だって……?」
「あははー、いやー、だってわたし、お頭が弱いからさー……まあ、うん、いろいろと恋愛経験を重ねることはいいことだ!それにパートナーが多いことは子孫繁栄にいいことだし、ねえ?」
「ねえ?じゃねーよ!こっちがどんな気持ちでいたかわかってんのか……!」

 凛の眉尻が下がり、一瞬泣きそうな表情をする。そういや、凛は泣き虫だった。罪悪感に心を蝕まれたわたしは肩に置いてある凛の手に自分の手を重ねる。

「手紙は、ちょっと理由があって送れなかったと、ハルにお前は彼女だって言われたわけじゃないし……ごめんね、凛」
「今更そんなこと言われても、許すと思ってんのか?」
「凛ちゃんごめんね?」
「…………まあ、許してやるよ」
「やったー!さすが凛!」

 凛はわたしの肩に置いていた手を離し、片手で口元を軽く覆って視線をはずす。こうやって照れるところがまた凛の可愛いところだ。凛はポケットに手を入れて、携帯を取り出す。


「さすがに携帯ぐらい持ってるだろ。連絡先教えろ」
「持ってないけど、連絡先ならあるよ」
「どっちだよ……まあいい。電話番号は?」
「えーっとね」


 わたしは覚えている電話番号をそのまま言う。この番号は困ったときに良く使う。学校で迷ったときとか、今日の夜ご飯を聞いたりとか。凛は番号を登録したあと、すごい嫌そうな目でこちらを睨みつけてきた。


「おい、まさかこれ……ハルの番号じゃねーだろうな」
「そうだよ!」
「ふざけてんのか!」
「ふざけてないよー、ハルとは携帯一緒に使ってるの。というか勝手に拝借してるって言ったほうがいいかな?」
「何で一緒の携帯使ってんだよ」
「だって家一緒だから」


 そういった瞬間、凛は顔を真っ青にして、固まる。手の力が抜けたのか、携帯がするっと掌から毀れる。わたしは地面につく寸ででそれを受け止める。


「ナイスキャッチ!見事な連携プレイ!」
「一緒に住んでるって、どういうことだよ!」
「なんで今日はこんなに凛怒鳴るの?!わたしはこれでも留学している身であって、親に言われた先がハルの家だったんだってー!」
「留学?!一から全て、俺に説明しろ」
「今日はたくさん頭つかったかもう限界だってー!じゃっじゃあ、そろそろ行かないと江ちゃんとか待ってるし!それじゃあ!凛!連絡そこによろしく!」


 わたしはキリっとした表情で手を斜め上げて、格好よく決めポーズをする。自分の全速力で凛の横を通り抜け、スポーツショップを目指す。勿論凛に呼び止められたけれど、それも無視して、走る。が、鈍足なのですぐに捕まる。結局その後、わたしはオブラートに隠しながら、凛にいろいろと説明し、満足して解放され、江ちゃんにあった頃には砂漠に放り投げ出された魚のように、生気のない顔色とどんよりとした仄暗いブルーの空気を纏っていたため、江ちゃんには何をされたと詳しく問いただされ、結局疲労困憊で家へと帰宅した。









   
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