四話

 陸の世界にきて出来た友達、凛はもちろんのこと、ハル、真琴、渚のほかにもう一人友達ができそうだ。その人の中は怜。わたしの友達はみんな女の子のみたいな名前だ。怜とは呼びにくいから怜ちゃんと呼ぶことにしよう。怜ちゃんはわたしの隣の席であり、いろいろと授業でお世話になっている。怜ちゃんはいつも小難しい本を読んでいて中にはひらがなやカタカナよりもわけわからない記号がうじゃうじゃとしているのを平然と読んでいて、彼の前世は魔術師だと思わず勘ぐってしまった。

 そんな怜ちゃんだが、彼は陸上部に入るらしい。陸上部とはまさに陸の世界ならではの部活ではないか!と興奮したわたしは怜ちゃんの背中にくっつき、陸上部というものを堪能しようと思ったが、陸上部とは陸を走る部活であり、海の世界で例えるなら回遊部だろう。ひたすらぐるぐると白線で区切らせた楕円のまわりを走ったり、高く飛んだりとみているだけで人間とはすごい生き物だと実感した。人魚がトビウオやカツオに勝てるはずがない。人間は同じ形をしているからこそ、能力に差がなく、皆平等である。天は人の上に人を作らず、と前に陸上の偉人が言った言葉を思い出したが、やはり人間全員に平等の精神が携わっているのだな、とベンチに座って考えていた。すると休憩時間になったのか、怜ちゃんが一休みしている。ちょうどいい、話す相手がほしいと思ったわたしは怜ちゃんのことを呼んだ。

「怜ちゃーん!怜ちゃん!こっちこっち!」

 すると怜ちゃんはちらりとわたしのことを見るや否やすぐに目をそらした。関わりたくないというオーラが体から汗とともにむんむんと出ているのを感じる。恥ずかしがっちゃって。わたしはもっと大声で呼ぶことにした。


「ねえ怜ちゃん!怜ちゃーーん!無視しないでよー!ちょっと話そうよー!」

 すると怜ちゃんは無視することをあきらめたのか、苛々した様子でこちらまで歩み寄ってくると、思いっきり上から睨み付けきた。


「なんですが、煩いですよ。それに走らないんだったら、さっさと帰ったらどうですか?マネージャーになりたいなら、あそこにいるマネージャーのところへ行けばいいじゃないですか」
「マネージャー?マネージャーにはならないよー、だってマネージャーでもこんな日差しの強い中外にいなきゃいけないんでしょ?肌がカピカピに乾いてひび割れちゃうよ!それにしても怜ちゃんすごいねーあんな高い棒を飛ぶなんて。さすが!これからトビウオの怜ちゃんと呼ぶことにしよう」
「ちゃんはつけないでください!」
「えーかわいいじゃん、女の子みたいで」
「だからそれが嫌だからちゃん付けはしないで欲しいんですよ!大体、海神さんは常識がかけていますよ。授業であの出来なさは何ですか?よくうちの高校に来れましたね。こんなところで油売ってる暇があったら、家に帰って中学生の復習から始めたほうがいいですよ」
「中学生かーなってみたいねー。でもここにいて怜ちゃん観察してるの楽しいし…でも暑いんだよなーほんと。ここに風呂ってないの?」
「風呂どころかプールもありませんよ」
「プールかー…あっ大きい水槽ね!あー!水が欲しい!」
「水なら水道から飲んでください。もう休憩時間が終わりそうなので戻ることにします」


 怜ちゃんは全然名残惜しそうな素振りを見せずに高い棒のあるところへと戻って行ってしまった。わたしはしばらく怜ちゃんの動きをじーっと見つめる。暑い。水が飲みたくなったので、棒を構えて走っている怜ちゃんに向かって「じゃあねー!怜ちゃん!」と叫んで帰ることにした。見事に怜ちゃんはわたしの声に驚いたのか、そのときの動きはどこかぎこちなくて、かろうじて棒は超えたものの、今までにない醜さで着地した怜ちゃんはぎろりと睨み付けてきた。それが恐ろしくてそそくさと退散し、帰路を歩いた。だんだん歩くことに慣れてきた気がした。



 とある午後の授業、相変わらず怜ちゃんに助けてもらいながら学校授業はなんとか様になっていた。人間の世界の知識と海の世界の知識は何となくは似ている。具体的にどのようなところが違うのか深く述べようとすると、きっと三日間徹夜して話さなければいけなくなるので、そっとしておいてほしい。わたしが陸上部を見学している間、どうやらハルたちは何かをしているらしく、それを突き止めるべく、放課後行動に移すことにした。手始めに昇降口にいる怜ちゃんに声をかける。

「怜ちゃん!今日は部活で怜ちゃんのこと見れないけど寂しがらないでね」
「誰が寂しがるんですか。清々しますよ」

 怜ちゃんは冷たく目線も合わせずそうはき捨てると、上履きから外靴に履き替え、そそくさとグラウンドへと行ってしまった。怜ちゃんについていって部活を見るのもいいけれど、日光と地面の蒸し返しに足がむずむずして、汗が乾いた肌に染みる。今日は怜ちゃんよりハル!わたしはくるっと背を向けて、教室へと向かう。友達が出来たのだ。人間の女の子はこうして放課後の教室に残ってお喋りするのが大好きらしい。わたしもその文化に触れるとしよう。そこからもしかしたら、ハルたちの行動のヒントが出てくるかもしれない。廊下を歩いていると、開いている窓の外から湿っぽい匂いを感じる。嗅いでいると肺が潤いで満たされるような、馴染みのある匂い。水の匂いだ!わたしは踵を返して、水の匂いがする方向へと駆けて行く。何百もある階段を昇り、途中でヘタレ、腰をかけて休んでは、また駆ける。ちょっとだけ持久力がついたのだ。走ることは出来るけれど、ハル曰く、空気の中で暴れているようにしか見えないらしい。例えるなら、地面に打ち上げられた魚。まあ、あながち間違ってない。死にそうな思いで水のある場所へとたどり着き、ドアを倒れこむようにして開ける。すると目の前には水、大きな窪みの中に入っている。プールというものだ。わたしは拳を天にかざし、咆哮を上げる。

「おおお!水!やったー!」

 そのまま水の中へと飛び込んだ。案の定浅かったが、風呂よりは遥かにマシだ。十分に堪能したあと、水面から顔を出すと、なぜか隣にハルがいる。ハルも水の中に入っていたらしい。

「あれ?ハル?なんでいるの?」
「それはこっちの台詞だ。どうしてここにいる」
「だって、水があるんだもん」
「こっちもだ」
「あー、なるほどね!」
「そこの二人!早く上がらないと風邪引くよ!」


 声をしたほうに顔を向けてみると、そこには焦った様子の真琴がいた。彼によると、どうやら隠れてこそこそやっていたのは、この大きい水槽。その名もプールを綺麗にしていたらしい。渚や真琴は水泳部を作るようだ。部活かぁー。わたしは渚から渡された可愛らしいタオルを首からかけて、部室となる部屋にある、埃のかぶったベンチの上に座って、足をぶらぶらさせる。


「いーなー、部活。わたしも入りたい!」
「それよりもどうして制服でこんな寒いなか、プールの中に入るかなー…」

 真琴は箒を掃く手を止め、額に当てて言った。かけられているハンガーにはわたしの濡れた制服が一式、吊り下げられていた。ちなみに今着ているのは今日体育で使ったジャージだ。ハルは服を脱いで入ったおかげか、髪の毛しか濡れていない。

「冷たい水も中々刺激があって、目が覚めるからいいよ!ねえ、ハル!」
「俺に振るな」
「それより、わたしも水泳部に入りたい!水泳部に入れば毎日プールに入れる?」
「この季節はちょっと毎日は……入れないけど、夏はきっと入れるよ」
「じゃあ、入る!」
「おー!海ちゃんも入るのか!」
「クラスでも部活でもよろしくね!渚!」
「それなら海ちゃんは一応マネージャー枠かな?」
「こいつにマネージャーが務まると思うか?」
「務まるとおもいませーん!」

 腕でバツマークを作って、ハルの言葉に同意すると、真琴は眉をハの字にして笑った。「やれやれ、大変そうだ……」と困った表情が言っていた。




 その後、部室をちょこっと掃除して、夕暮れの頃、みんなで学校を出た。家に帰ったあと、ハルがスーパーに食料を買いに行くとのことで、ついて行くことにした。スーパーまでは遠いので、時間短縮ということで自転車を使う。一回わたしが試しに漕いで見たが三秒あまりで真横に倒れ、自転車に押し倒されてしまった。それ以来、運転はハル。その後ろにわたしが乗ることにしている。ハルはとても嫌そうだったが、荷台に跨って、一人で「さあ!スーパーへ出発だ!」「この自転車の名前はスーパーマンタ号だ!今名づけた!」と盛り上がるわたしを見て、黙って漕ぎ始めた。

 スーパーで買い物が終わり、再び二人乗りをして、帰路を辿る。水平線から橙色が広がり、時より水を零したかのように青い雲が現れ、頭の天辺には紺色の空が広がる。風に揺れる波や淡い電灯の光がゆっくりと時間を刻んでいる。今だけ、海の世界でも陸の世界でもない、別の世界にいるみたいだ。わたしは頬に感じる風を堪能し、目を瞑って自転車のカシャカシャなる音に耳を澄ます。ハルは渚と正反対だ。全然話さない。こちらから何か言わない限り、ずっと黙ったまま。けれど不満じゃない。海の世界でも無口な奴はいる。顔が厳つくて怖いウツボも実はいうと臆病で、挨拶しても、穴に篭もってうんともすんとも言わないときがある。ウツボの引きこもりはちょっとした社会問題にもなりかけている。さすがにハルはウツボみたいではないけど、だんまりしたところはそっくり。懐かしさに思わず口元が緩む。坂道を下り終わったあと、家まであと一直線の道で、ふと一台のピザの宅配バイクが横を通りすぎ、いきなりブレーキをかけてこちらに振り向く。

「もしかしてハルか!?」

 ハルは一時停止して、宅配バイクの相手を凝視する。わたしはハルの背中越しにその人物を見る。ハルよりも年上だ。

「笹部コーチ」
「おい、ハルお前、かっ彼女できたのか?!」
「は?」
「いや、お前もやっぱ人間だったんだなー…、あっどうも彼女さん、元岩鳶スイミングクラブのコーチをしていたが今はピザ屋のバイトをしている笹部吾朗です」
「ハルの知り合い?こんにちはー、いやこんばんわー!ハルの家に居候してて、すぐそこの岩鳶高校に通っている海神海って言います!」
「居候って、彼女と同棲とはなかなか手が早いなー…っとピザが冷めちまう。じゃあなハル!彼女さんを泣かせるんじゃないぞー!」

 そのまま彼は宅配バイクを転がして、道路の彼方へと消えていった。ハルは口を半開きにしたまま、固まっている。おそらく、こいつは彼女じゃないと弁解したかったのだろう。

「別に彼女だって言われたって減るものはないにないよー、それに彼女彼氏がいるってことはとてもいいことであるし、間違われることによってそこから新たに生まれる関係もあるので、決して悪いことではないよ!それに、わたしが彼女でも彼女じゃなくてもハルにとってはどーでもよさそーな…」
「確かにそれはあるな」

 そういってハルは再び自転車を漕ぎ出した。ハルにとってわたしはどうでもいい存在らしい。自分で言ってなんだが、真顔で肯定されると何だか腹が立ってくる。わたしは「少しは気にしろー!」とハルの背中を何度も叩く。ハルは鬱陶しそうに「暴れると落とすぞ」と自転車を漕ぎ続け、わたしたちは帰宅した。







   
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