三話

「じゃあ次、自己紹介をお願いね。名前、趣味とか特技、今年の抱負とざっとよろしく」
「はい!海神海です、趣味は漂流物を収集すること、特技は歌うことです!今年の抱負は馴染むことです!」
「おお、歌が上手いのか。じゃあ文化祭のときにでも歌ってもらおうかな」
「全然上手くないですよー一隻難破させないと一人前じゃないですからー!わたしの曾祖母は昔倭寇の舟を難破させたとか豪語してるぐらいなのでそのぐらい上手くないと駄目らしいですね!」
「そっ……そうか、まあ、期待してるよ。じゃあ次」



 新入生ならではの自己紹介が終わり、わたしは席につく。クラスの全員から浴びるこの視線は何だろう。げんなりとした顔の生徒が非常に多い。そんなに不可解な自己紹介だっただろうか。まさか!鱗が浮き出ていたのか!?わたしは咄嗟に掌を見るが、普通の人間の手だった。では何故?腕を組んでむんむんと考えたが一向に問題点が思い浮かばない。ふと視線を感じて斜め前を見てみると、そこには怪訝そうな双眸が溢れるこの教室で唯一目を輝かせている少年がいた。彼こそ後にわたしの友達となる葉月渚という少年だ。





 あれから途中休みながら根性を振り絞って家に帰るともうハル、真琴、渚がいた。ちなみに渚とはとっくの疾うに仲良しだ。現にわたしが「見ろ!ハリセンボン!」といって頬を膨らますと、渚も「ハリセンボン!」と頬を膨らませてくれる。これは海の世界でハリセンボンの芸人がやってた挨拶でミーハーな人魚の仲ではかなり流行っているものだ。真琴は微笑んでくれたけれどハルは相変わらずの無愛想。絶対ハリセンボンなんてしてくれない。それよりどうしてこの二人がハルの家に集まっているかというと潰れたスイミングスクールに埋めたタイムカプセルを掘り起こすために作戦を立てていたらしい。わたしは聞いた途端、ロマンを感じた。それはまるでお宝探しのようじゃないか!閉鎖された場所といえば、けっこう柄の悪い鮫とかツッパリ蟹たちがうろうろとしていると海のほうでは有名だ。陸にきてたった数日でそんなに危険な場所を探索できるなんて夢にも思わなかった。わたしは身を乗り出して言った。


「いいなー!わたしも行きたい!行きたい!ねえハル!いいでしょ!」
「ダメだ」
「えー!!なんでよ!絶対楽しそうじゃん!行きたい!すごく行きたい!」
「ただでさえ歩くの遅いくせに」
「ああ、そこは真琴とかに手伝ってもらって」
「えっ俺?!」
「また止まったらよろく頼むぞ真琴!ねえいいじゃん!わたしも行きたい!」
「そうだよハルちゃん!海ちゃんが行きたいっていってるんだからさー!」
「よくいった渚!さすがは渚!いいぞ渚!」
「いつの間にか仲良くなってるね…」


 少々疲れているのか真琴は気の抜けた声を出した。ハルは何時もどおり笑み一つ浮かべない。結局わたしの強い押しに負けたのか、「勝手にしろ」とハルに了承をもらえた。人気のない時間帯を狙い、闇夜に包まれた街を四人で徘徊する。やはり途中で疲れたので真琴に引っ張ってもらい、なんとかスイミングスクールの前にたどり着く。とここで、渚が塩をかけてくれたけれどこれは明らかに砂糖。砂糖も甘くて美味しいのでわたしには問題なかった。しかし昼から何も食べていないせいか、妙にお腹が減ってしまい、ぐぅと腹の音がなった。気が利く真琴は何かを取り出し、優しい声で言ってきた。


「スルメイカ食べる?」
「おおイカかー!クラスメイトにイカの子がいたけれど、こうして同胞が干物になっている姿を見るとどうも悲しい……しかしせっかく差し出されたものを無碍に扱うこともできない…!ということでいただきます!」
「…なんかやっぱり変わってるね」
「変わってる……そんな!きちんと馴染めてると思ったのに!」
「うるさい」


 バレたらどうするんだといわんばかりの視線でわたしを睨みつけるハル。真琴みたいにもっと優しくしないと女の子にモテないぞ!そう忠告しようとしたけれどどんどん先にハルは進んでしまい、結局わたしは歩くことで精一杯だった。





 スイミングスクールの中に忍び込んだのはいいが、非常に真っ暗で数歩先がもう見えないくらいだった。ほぉ、まるで深海のようだ。一番図体のでかい真琴は青い顔をしてブルブル震え、試しに背後から脅かしてみると「ちょっとやめてよ!」と本気で怒られたので、今後は脅かさないようにしようと思った。真琴はシャチのようだ。普段は大人しく見えるけれど実はかなり獰猛。怒らせたら一番いけないタイプ。シャチを怒らせた馬鹿共が何匹犠牲になったことか……よくニュースでやっている。わたしはその馬鹿共にならないように気をつけなければいけない。徘徊し、いちいち気になったところで立ち止まったり、覗きこんだりしているうちにわたしはとある重要なことに気がついてしまった。

 はぐれてしまったのだ。

 どうするんだ!はぐれてしまったからには合流しなければいけない。けれどどこかどこだかまったくわからないので、わたしはハルー!と大声で名前を呼びながら歩く。すると目の前には黒い人影が。ハルだ!そう思ったわたしは駆け寄る。月夜の明かりがその黒い影を照らす。ハルじゃなかった。赤い髪と瞳が印象的な少年。誰だこいつ?一瞬そう思ったが、すぐにその主の名前を思い出した。


「ああーー!!凛!」
「ああ?」


 すぐさま鋭い睨みを喰らう。数年経っただけでこんなにも柄が悪くなるなんて……昔はあんなに可愛かったのに……。凛は不審そうな目つきでわたしのことを見たが、すぐにわたしが誰なのか思い出したのか、目を丸くして驚いた。


「お前、海か!」
「お久しぶりー!確かオーストラリアにいたんじゃなかったけ?いつの間に帰ってきたの?もう泣かなくなった?あれからどうしてるかちょっぴり心配でさー、いやー大きくなったねー。あのころはこんなにちんちくりんだったのに」
「相変わらずの煩さだな……それよりどうしてお前がここにいる?」
「ん?ハルたちに付いてきたの。お化け屋敷みたいな雰囲気でなんか面白いよねー!なんか沈没船みたい!いろいろと徘徊しているうちに迷っちゃってさーねえ凛も一緒にハルたち探してくれない?あっハルっていうのはね、黒い髪で凛よりも若干マシだけど同じく目つきの悪い人ね」
「ハルたちが来てるのか?」
「えっ知り合い?」


 凛はハルという言葉が気に食わないのか、ちっと舌打をして、そのままわたしを置いて歩いていってしまった。勿論わたしは後を追いかける。


「凛!置いてかないでよ!あともう少しゆっくり!わたしもう足が疲れちゃってさーねえ、ちょっと引っ張ってくれない?凛ー!凛ー!凛ちゃーん!ねえ凛りーん!」
「その名前で呼ぶな」




 凛の後についていくと、プールサイドに到着した。そこには先ほどの三人の姿が。みんな凛ちゃんの姿を見て、とても驚いていたが渚は何時もどおり親しげな様子で話しかけていた。けれど凛はムスっとした顔をしていて、お前らと馴れ合う気はないといわんばかりの表情で辛辣な台詞を吐いていて、せっかくの再会なのにもうちょっと愛想よくしたらいいのにとわたしは横から毒づいてしまった。すると渚がきょとんとした顔で言った。

「海ちゃん、凛ちゃんと知り合いだったの!?」
「知り合いも何も三年前からの付き合いで悩める小魚であった凛の相談を真摯に聞いていたのはこのわたしよ!あの頃はまだ小さくて可愛らしかったのにいつのまにかまあ……こんなに大きくなっちゃって……サメの成長は早いって言うのは本当だったのね」
「うるせえな、少し黙れよ!」
「いやー懐かしい!三年前もそうやって言われてたよねー!てか、なんか陰険な雰囲気だけどどうしたの?みんな喧嘩してるの?」


 わたしの言葉に全員が押し黙る。喧嘩しているというより今の状況をなんて説明したらいいかわからないといったほうがいいかもしれない。その後いきなりハルと凛が水着になって泳ぎで勝負しようとしたけれど、閉鎖されたプールに水が張っているわけがなく、その場でお開きとなった。後日、私たちは鮫柄学園へと乗り込むことになったが案の定、そこでもはぐれたわたしはハルたちを探すためにうろちょろする。着ている制服が違うせいか、部活を終えて下校する鮫柄学園の人からの視線が痛いが、ハルたちを早く探さなければまた凛に会ったりしそうだ。まあ凛に会うことは嬉しいことだからいいことだけど。それにしても鮫柄学園は広い。歩いている間に疲れて、ふと近くにあったベンチに座り込む。学校内の電灯がつき始めた。この前のスイミングスクールみたいな夜空だ。澄んでいて、熱すぎず、寒すぎず。ほどよい気温だ。ったくハルたちは何処に行ったんだろう。ぼーっとしながら休んでいると、誰かの足音が。ふと視線を向けるとそこには凛がいた。


「あっ凛!」
「なんでお前がここにいるんだよ!」
「ハルたちについてきたけどまたはぐれちゃってさー、でもハルたちとはぐれると凛と遭遇する確立が高くなるんだよねー!これって何だろ?シンクロニティとかいうやつかな?うん、そうだよね!あっシンクロニティって言葉はね、この前授業でやってて」
「一旦黙れ」
「えー」
「行くぞ」
「凛、ハルたちのいる場所知ってるの?」
「心当たりがある」



 わたしは慌ててベンチから腰を上げて凛の背中を追いかけた。向かった先は室内プール。凛についていって中に入るとそこにはプールで遊ぶ三人の姿があった。羨ましい!水だ!水が目の前に広がっている!こりゃ泳ぐしかない!わたしは何年間水の中で生活してきたと思う!陸の生き物よりも水に近い生き物、それがわたしだ!海だ!わたしは勢いよく凛の背中から飛び出し、プールサイドを走り、助走をつけてプールの中へと飛び込む。全身に感じる水の圧力と身体に染みる冷たさ、ぷとぷちと肌に触れる泡沫が気持ちいい。風呂では感じられないこの解放感!わたしは思わず叫んでしまった。


「プールだぁー!水だー!渚!わたしの必殺水しぶきを受けてみよ!」
「うわあー!やられたー!でもこっちもお返しだよ!」
「さすが渚!侮れない!やるな!」
「ちょっと渚!?ちょっと待って!」


 渚と戯れていると真琴が大慌てで渚のことを止めに入っていた。よくよく見てみると、ハル以外水着を着ていない。真琴はなんとか下は履いているが、渚はすっぽんぽん。生まれたままの姿だった。いやあ水の中を生まれたままの姿で味わうとはなんと粋のある人物だろう。わたしはますます渚のことを気に入った。


「全裸で水を味わうとはなかなかいい心がけだね!満点だ!よぉーし!わたしもいっそのこと渚と同じく全裸で水を感じてみてみようかな!」
「待った!ダメ!それはダメ!ちょっと落ち着こうか!」


 ブレザーを脱いでワイシャツのボタンに手をかけると、真琴が必死の形相をして止めに入った。一応言っておくが、わたしはこれでも落ち着いている。真琴はどうしてそんなにも慌ててるんだろう。わたしはしばらく考えてはっとした。


「そうか、確かに異性の裸体は年頃の少年には厳しいとどこかで聞いたが、海辺にいくと裸体と同じように露出した女がたくさんいるだろう!きっと真琴とかもそういうの見て育ってきてると思うし、耐性ぐらい付いているよね!なあに、全裸にはならなくてもこの水着もどきまで脱いでもさほど変わらないよ」
「変わるよ!?どこから突っ込めばいいかわからないけど、とりあえずプールサイドに上がろうか!ほら、ハル!渚も!」
「お前ら何やってんだよ!」
「あー凛!凛も一緒に泳ごうよー!ほらー!飛び込んで来い!凛ちゃん!」
「海神さんも早く行くよ!」
「なんだ真琴、海神さんなんて仰々しい。海でいいよ、海で。ちなみに海の名前の由来はね」
「あー!もう!」


 わたしは真琴に引きずられるようにしてプールサイドに上がることになった。そのあと、凛とハルがこの前のスイミングスクールみたく喧嘩を勃発させて、泳ぎで勝負ということになった。男同士の喧嘩とは熱い。わたしは目を輝かせてハルと凛の勝負を見守った。結果は凛の勝ち。けれどハルは大して悔しがっていない。凛も勝ったのに不満そうだ。なんだこの勝負は!始まる前は熱い戦いになると思っていたのに、勝っても負けても不満そうだなんて。これは賭けているものがないからか?発情期の雌や縄張りがないからどっちも不満を抱くのか?いろいろとツッコもうとしたけれど、真琴に首根っこを掴まれた。身長さがあるせいか、まるでわたしはクレーンに釣られた鮪のようだ。真琴は小さく溜息をつきながら「妹みたいに危なっかしい」と一言漏らした。





 その後家に帰り、わたしは今のテーブルで学校の課題というものをやっていた。というのもただ単に教科書や持ち物に名前を書くだけの作業だ。するとハルが居間にやってきた。そして一言ポツリと零す。



「お前、凛と知り合いだったんだな」
「うん、三年前くらいにオーストラリアで会ってさ。わたしが海辺でプカプカ浮いてたらいきなりオニアサリが飛んできてさ、見事に額に当たって誰だ!って顔上げたら傷心の表情の凜がいてさ……いやーあのときの凛はまだ可愛らしかった」
「そうか」
「あのときは一応足生やしてたからバレていないと思うけど、真冬に海に潜ってたからなー。凛にはすごく驚かれたけど真冬に海潜るぐらいで驚かれるのもちょっとなー」
「アホだな」


 やっぱ、とハルは言うと、居間をあとにした。なんだあの言葉は!せっかく凛との思い出を語ってやったというのに、あの態度とは!けれどハルに感動を求めたらダメだ。ハルが目を輝かすときといったら水関連のときしかない。ハルは生まれてくる環境を間違えたんじゃないかとつくづく思う。わたしはそのまま名前を書く作業を続けた。だいぶ斜めにずれてしまったが、これでいいことにしよう。








   
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