永遠を永遠だと信じられるように

苗字なまえの友人である白竜という少年は他の少年とは少し違う。彼の容貌は人一倍優れていて、歩いているだけで女の子たちから注目される。そして彼は誰よりも自分に自信があった。それは自意識過剰の域まで到達するほどのレベルだ。例え自分よりも上手いサッカー選手がいたとしても、心のどこかでは己のほうが勝っていると考え、勝者であることに価値を置く。その考えは恋愛面にもあった。自分が気になった人は絶対自分にも気があると考え、ちらっと目があっただけで「ふん、あいつはオレに絶対気がある」と自信満々に言う。その少女は多少ながらも白竜の容姿に目を輝かせている部分はある。しかし金槌で殴られても絶対曲がらない自意識を目の前にすると、皆青い顔をして身を引く。そうして彼は知らずと失恋するのだ。しかし白竜はそれを失恋とは自覚しておらず「あいつにはオレを見る目がなかっただけ」と他人のせいにして「オレはサッカーで究極になる」とくるりと考えを変える。そんな彼を見てなまえはいつも苦笑いをして「相変わらずだね」と諭す。その場所はいつも決まっている。なまえの家の近くの小さな公園だ。ペンキが剥がれて錆が目立つすべりだいと、漕ぐたびにギィギィと音がなるブランコに手垢がこびり付いた鉄棒だけの公園だ。白竜は滑り台の一番高い場所に立ち、空に浮かびだした薄いオリオン座を見つめている。なまえは滑り台の先にある砂場にしゃがみ、指で絵を描いている。手が悴むのか時々手をこすり、息を吹きつけて暖める。白竜は白い息を吐いていった。


「オレに何が足りないって言うんだ。そこらへんの目立たない男よりはいい男だと自覚してるし、彼氏にするのにピッタリな存在だと自負している」
「そういう考えがいけないんだよ。女の子は自信満々な男の子より、自分の話をしっかりと聞いてくれて共感してくれる男の子のほうが好きなもんだよ」
「それはなまえの考えだろう。それにオレだってしっかり話は聞いている」
「うん、いつかその性格そのものを丸ごと受け止めてくれる人に出会えるといいね」
「その投げやりな態度は何なんだ。そういうなまえはどうなんだ。全く恋愛経験がないのに、偉そうに助言か?」
「恋愛経験がなくても、多少はアドヴァイスできると思うんだけどな。それよりもう寒くなってきたから家帰るね」


なまえは立ち上がり、つま先で砂場に描いた絵を消す。白竜は滑り台を歩いて降りた。マフラーに顔をうずめて言う。


「コンビニまで送ってやろう」
「ほんとに?ありがとう」
「だが、肉まんは奢らないぞ」
「残念、今わたしが食べたいのはあんまんでした」
「どっちも同じだ。行くぞ」

 白竜はそういうと先に歩き始めた。なまえは砂場の端に置いていた鞄を持ち上げ、彼の隣へと小走りで駆け寄った。他愛のない話をしながら公園となまえの家の中間地点にあるコンビニにたどり着いた。コンビニの軒の下に二人で入り、白竜はポケットからサイフを取り出した。


「オレはここで缶コーヒーでも買っていく」
「無理してブラックを飲む必要はないんだよ?」
「無理なんてしていない!オレは元からブラックコーヒーが好きだったんだ」


 この前勢いよくブラックコーヒーを飲んで、苦虫を噛み潰したような顔をしたのは誰だろうとなまえは思った。しかしそれを口にすれば、激流のように彼の口から言い訳が飛び出してくる。なまえは呆れながらも目を細めた。白竜はむっとなまえを睨みつけていった。


「なんだその表情は、何か言いたげだな。特別に発言権をやろう」
「発言するほどのことじゃないですので、大丈夫です」
「馬鹿を蔑むような目だったぞ、今の目は」
「そんなことない、白竜くんはとても頭もよくて馬鹿とは程遠いと思っています」
「どこがだ」


 白竜は吐き捨てるように言った。なまえはくすりと笑うと、空を見上げていった。口からは白い息が漏れる。


「さて、今私の考えていることはなんでしょう」
「あんまんは奢らないぞ」
「違います。頭のいい白竜くんにとっては私の考えていること、それどころか女の子の考えていることが全てお見通しなんでしょう?」
「当たり前だ。今当てるぞ……そうだな、実はあんまんじゃなくて、ピザまんを狙っている」
「ぶー。食べ物じゃないです」
「じゃあ飲み物だ。女子は暖かいミルクティーやレモンティーが好きだろう。その類の物を飲みたいと思っている」
「飲み物でもありません、ヒントはわたしの気持ちです」


 白竜はなまえが少々だが震えていることに気がつき、冴えた表情で言った。


「わかった、寒いんだろう。こんな寒い中スカートを短くしてるからだろ」
「違います。ちなみにこのスカート丈は女の子にとっては鉄板の長さなんだよ」
「お前、さてはオレが答えを言っても絶対違うと言い張るだろう。そうだろ?」
「そんなことないよ、当たったらちゃんと当たりっていうもん。当たってくれたほうが今は嬉しい」
「ヒントは?」
「ヒントは、私はとある経験をします」
「経験……?」


 白竜は考え込む。しかし寒さが深々と彼の体に染みていき、知らずと震えてきた。無性に何か暖かいものが欲しいと思った白竜はポケットに手を突っ込んで言った。


「もういい、早く答えを言え」
「じゃあ言うね。たぶんビックリするよ」

 白竜はぼーっとしながら正面にある横断歩道の信号の灯りを見つめた。


「ビックリするかどうかはわからないがな」
「私ね、白竜のことが好き」


 白竜はしばらく固まったあと、なまえに顔を向け眉間に皺を寄せながら言った。


「とうとう寒さで頭が逝ったか?」
「そんなことないよ。本当に好きだよ」
「待て、そんな考えどこから出てくる。頭でも打ったか?」
「もしも白竜が次フラれたら言おうって前から決めてたんだ。それで昨日白竜が見事に撃沈したので今日言うことにしました」
「だからって、幼馴染のお前がオレのことを好きだなんて、それは友情だろう?そうだろう?今日はエイプリルフールか?それにしては寒すぎるな」
「友情じゃなくて、白竜くんって呼んでいたころからずっと好きでした。隣でずっと好きって思っていました」

 恋愛経験のないなまえにとっては一世一代の告白であるはずなのに、彼女は落ち着いていた。まるで己の心を説明しているかのように言葉は紡がれた。対して白竜はまさかの告白にとても驚くと同時に戸惑い、頭の中で呪文のように落ち着け、と唱え続けていた。なまえはそんな白竜の心境を見透かしたのか、柔和な笑みを浮かべていった。


「返事は今日じゃなくていいよ。家に帰って、美味しいと思ってもないブラックコーヒーを飲んでじっくり考えてください。それじゃね」


 なまえはそう言うと、白竜を一人軒下に置き、背を向けて帰路を歩いていった。白竜はしばらく呆然としながらなまえの背中を見つめ、やがて小さくなるとコンビニへと入り、缶コーヒーを買った。


 そして次の日、学校にて白竜は昼休みになまえをベランダへと呼び出した。彼の目の下はいつもよりも黒ずんでいた。缶コーヒーのカフェインのせいかどうかはわからないがあまり眠れなかったようだ。なまえはいつもどおりの落ち着いた様子で白竜の隣に立った。白竜は妙に落ち着きをはらっているなまえに少しイラついた。白竜となまえは二人でベランダの向こうの景色を見つめた。冬の冷たい空気は口を開くことさえ億劫にするようだ。話はなまえから切り出した。


「この呼び出しは昨日の告白についてですか」
「……それしかないだろう。何を期待してここにやってきた」
「多少ながらいろいろと期待してやってきました。自分でいっちゃうのもあれだけど、きっと白竜のその自意識過剰な性格を受け止められる自信はあります」
「いつ、どこで、オレが自意識過剰になった。自意識過剰は実力がないのにそれを誇張するやつのことだ。オレは実力がある。ただ単に己の事実を率直に言っているだけだ」
「そんな性格も好きだよ」


 なまえは軽く溜息をつきながら言った。白竜はなまえの口から出る好きという言葉に過剰に反応する。

「よくもそんな簡単に好きといえるな。お前の好きという言葉はそんなに価値が薄いものなのか?挨拶なのか?誰にでも言ってるのか?」
「挨拶ほどまだ言ってないつもりなんだけど。それでどうなの?」
「それはだな、ちょっと待て……昨日言われたんだぞ!まだ考える余地はある」


 じゃあなんでここに呼んだんだ、となまえは溜息をつきながらも微笑んでいた。予想以上に大きい白竜の声にだんだんと野次馬が集まってくる。教室の中から「告白みたいだよ!」と女子の喜々した声が聞こえてきた。白竜の心臓はますます大きく高鳴った。しかしなまえは平然としている。彼女は体を白竜に向けて言った。


「はっきりと返事をお願いします」


 白竜は顔だけなまえに向けるが、直視できず、教室の窓のほうを見る。するとにやにやとしている野次馬と目が合った。彼は恥ずかしさと惨めさに顔が知らずと赤くなり、段々とこの状況に落としこめられたことに腹を立てた。白竜は苛ついた様子で言った。


「さすがにオレだって選ぶ権利はある」


 その瞬間、野次馬からえーだの、ふーんだの、小声が聞こえてきた。白竜は畳み掛けるように言う。


「オレはオレに見合う女を選ぶ。オレと付き合いたいのなら、もっと頭脳容姿性格等を磨くことだな。オレと同等に、究極に近づいたのなら相手にしてやってもかまわない」


 白竜はフンと鼻を鳴らし、投げやりに吐き捨てた。しかしなまえを直視することは未だにできず、顔を正面に向けて目の前に広がる景色を見据えた。野次馬は未だに小声で騒ぐ。やがてなまえの声が聞こえてきた。


「正直にありがとう。たしかにそうだよね。白竜と付き合うとなるとやっぱり私じゃダメか……いろいろと困らせてごめんね。こうやって告白しちゃったけどこれからも幼馴染で、友達のままでいようね」


 白竜は「ああ」と短く返事を返した。そのあと、なまえが彼の後ろを通り、教室へと入っていった。なまえが教室の中に入ると、クラスメートはぴたりと喋るのをやめて彼女を見つめた。そしてなまえが教室から廊下へ出た瞬間、賛否両論のコメントが徐々に飛び出していった。そのコメントを耳に挟みながら、白竜はひたすら目の前の景色を見つめた。



 白竜となまえは彼女が宣言したとおり、普段どおり過ごした。白竜だけは戸惑いを浮かべ、なまえに接していたが彼女が何事もなかったかのように振る舞うので、好きという告白自体気が動転して言ったことなんだなと自分を納得させた。長い冬が終わり、卒業のシーズンがやってきた。サッカーで優待された白竜と学力で学校を選んだなまえとではもちろん進路は違う。卒業式を終え、以前と同じようにお互いの距離を保ちながら、中学校の青春は幕を閉じた。春になると高校生活が始まった。白竜はサッカーに勤しみながらもやはり中学と同様自分に見合う女子を探していたが、彼の性格を丸ごと受け止めてくれる包容力のある女性はなかなか見つからなかった。それどころかどこにもいなかった。交際を始めても長続きはせずにすぐに別れる。中身のない恋をしていた。白竜は高校になってやっとなまえの存在の大きさを知った。生憎入学式があった4月からなまえとの連絡は途絶え、ただいまは秋である。白竜はなまえのことを思うたびに連絡をしようとしたが、連絡する理由を考えるのに苦闘し、時はどんどん経っていった。



 そして10月頃、白竜は友人の伝手でなまえのことを知った。彼女には今彼氏がいるらしいと。そのことを聞いた瞬間、白竜は自分の心臓を釘で貫かれた気がした。頭が真っ白になり、血液がぐるぐると体中を駆け巡り、指先がじーんとした。ショックを悟られてはいけないと必死に取り繕うとするが、喉元で言葉が詰まってでてこない。大声で叫びたい気分だった。しかし叫んだとしてもそれはきっと「嘘だ!」という言葉しかない。白竜はすぐになまえに連絡した。「彼氏ができたらしいな」と。するとすぐに彼女から返信が返ってきた。「うん」それだけだった。白竜はそっけない返事に悲しみと苛立ちを感じた。その後、連絡を取り約束を取り付けた。その日はちょうどなまえが白竜に告白した日の一年後、場所はいつもの公園だった。


 白竜は滑り台のてっぺんに立って、薄いオリオン座を見つめていた。なまえは砂場にしゃがみこんで指先で絵を描いていた。はあ、と息を吐くと微かに白い靄が漂った。



「彼氏とはどこで出会った」
「早速尋問に入るんですね、白竜くんは」
「さっさと答えろ」
「5W1Hに乗っ取って話してあげる。5月にわたしの高校にて、わたしと、彼氏が出会い、恋に落ちました。きっかけは席が近かったからです」
「ありきたりだな。まあ、お前ほどの女だったら、それぐらいの男がちょうどいいだろう」
「わたしの彼氏がどんな人だか知らないのに。言っておくけど、彼も結構サッカーが上手いんだよ。どっかのだれかさんみたく見栄を張らないし、頼りになるし、それにかっこいい」
「彼氏自慢か」
「そういう白竜はどうなの?理想の彼女さんは見つけましたか?」
「オレは一切妥協しないからな。妥協は諦めだ」
「いつもどおりの考えだね。変わってなくて安心したよ」
「お前は変わったな。ふん、オレに言ったあの言葉は結局薄っぺらいものだったのか」
「いつ、どこでわたしが白竜のことを永遠に愛すっていった?愛して欲しかったの?残念、わたしの好きな人は今、彼氏さん一人だけなんです」


 白竜は胸糞悪い、と心の中で呟いた。なまえは立ち上がり、砂場の端に置いていた鞄を持っていった。


「じゃあ、そろそろ時間なので、わたしは帰ります」
「そこのコンビニまで送っていく。今日は特別に肉まんでも奢ってやろう」


 白竜はそういうと、滑り台を駆け下りた。なまえは自分の正面に立った白竜に向かって首を横に振った。


「残念、今日はいまから彼氏に会いに行くので、コンビニのほうへは向かいません。じゃあ、電車が着ちゃうからもう行くね」
「おい。ちょっとまて、今から遊びに行くのか」
「会いたいから、会いに行きます」


 なまえはくるりと白竜に背を向けると、マフラーに顔をうずめながら少し駆け足気味に走っていった。白竜は小さくなる背中を呆然とした様子で見つめた。このとき彼は自分となまえの距離が本当に離れてしまったことを悟った。白竜は拳を強く握った。心が抉られるような悲しみを痛みで誤魔化すかのようにひたすら握り締めた。今にも走りだしたいと白竜は思った。ここから駆け出して、我武者羅に走って、なまえが言ったことも、自分の想いも全部忘れてしまいたい気分だった。彼が公園の出入り口に足を向けたとき、滑り台の滑る部分の下の空間にきらりと光る何かを見つけた。不思議に思って近寄ってみると、掌ほどの小さな硝子の欠片のようなものを見つけた。しかし硝子の欠片の周りにはまるでオーロラのような光が漂っている。掌に乗せて注意深く観察していくうちに、その欠片が光りだした。白竜はその眩しさに目を瞑った。やがて目を瞑っていても光が自分を包み込んだことがわかった。再び目を開けると、先ほどと変わらない景色が目の前に広がっていた。しかし掌に確かにあった欠片の姿はどこにもなく、白竜は訝しげに辺りを見回した。すると公園の出入り口付近からなまえがやってきた。白竜は驚き、その姿を凝視した。制服が高校のものではなく、中学のものだった。二度目の驚きに目を丸くした。自分の服を見つめる。中学の制服だった。このとき白竜ははっとした。これはちょうど一年前のことだろうと。なまえは白竜の姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄った。そして顔を覗き込みながら言った。


「今日は成功、それとも失敗でした?」


 白竜は一年前のあの日だと確信した。白竜は適当に相槌を返すが、目は泳いでいた。なまえは少しだけ首を傾げた。


「いつもと様子が違う……もしかして成功?」
「いや、違う。失敗だ」
「……本当に?」
「本当だ、失敗した」
「おかしい、失敗したならいつももっとこう、言い訳じゃなくて弁論……するのにどうして今日はそんなに素直なの?」


 なまえは白竜の顔をじっと見つめた。久しぶりにこんなに近くに彼女の顔があることに彼はびくっと体を強張らせた。なまえは眉をハの字にした。


「何か隠してる?」
「隠してはない」
「本当に?」
「本当だ」
「違う、何か隠してる。何年幼馴染してると思ってるの」


 なまえはむっとしながらも静かに微笑んだ。白竜は彼女の微笑みを見た瞬間、安堵した。人は何かを失ったときにその大切さを知る。その言葉が深く胸に響いた。白竜はおもむろに口を開いた。


「なまえは幼馴染というポジションに満足してるのか?」
「ポジション?」
「あくまで例えだ。そうだな、もっとわかりやすく言えば、自分はFWの素質が十分あるのにMFのままでいることに満足なのかと聞いてるんだ」
「余計にわからないよ」
「何がわからない、FWの意味か?MFの意味か?」
「違う、違う。幼馴染のポジションをどうするの?」
「それは、そうだな、ちょっと待て……少しだけ待て、あと10秒、いや30秒」


 白竜にとってその一言はもう決まっていた。しかし長年培ったプライドが邪魔するせいでなかなか言い出せなかった。彼はじっと見つめてくるなまえと目が会うたびに目線を泳がせ、あちこちを見回した後、再びなまえを見つめる。そして再び同じことを繰り返した。なまえは白竜が言い出すまでずっと黙って待っていた。埒が明かない態度に苛つく様子を見せず、ただひたすら言葉を待っていた。彼女はごくりと唾を飲み込んだ。彼女はどことなく察したようだ。


「よし、言うぞ」
「はい……」
「その、だな。お前の好きなやつはどんなやつだ?」
「えっ……ええ?」
「別にいいだろ、教えろ」
「えっと……わたしの好きな人は性格は悪いとかそういうレベルのものじゃなくて、なんというかいい意味で変わってるって人で、悪い意味で自分中心で世界が回っているって人で」


 そんな風に自分を思っていたのかと白竜はなまえの言葉に目くじらを立てそうになったが必死に抑えた。なまえは言葉を続けた。


「どこからその自信が湧いてくるのかよくわからない。けど確かに自信に見合ったものを持っていて、小さい頃からわたしの憧れだった。ずっと好きだったけど、その人はきっとわたしのことなんてどうでもいいの。だってわたしはその人の理想とは全然違うから。それでもわたしはその人のことが好きで、理想にはなれないけど諦められなくて、何度も理想に近づこうと努力してるんだけどさ、やっぱりその人の理想がすごい高すぎて叶いっこないの。たぶん一生わたしとその人の距離は変わらないと思う。でもずっとこのままもいやだから、わたしはその人に今日告白しようと思ってる。フラれたらフラれたでいいの。フラれる確立のほうが断然高いから。中途半端に揺れてるより、白黒はっきりつけたほうがきっとお互い……ううん、何よりわたしのためだと思うの」
「もしそいつにフラれたら、どうするつもりだ?」
「しばらくは好きだと思う。けどいつかは吹っ切るつもりだよ。しっかりと吹っ切れたらきっと次の恋も楽しめると思うから」


 なまえは瞳を閉じて微笑んだ。白竜は己の額に手を当てて、密かに呟いた。


「オレは馬鹿だった……」


 なまえは聞き返した。しかしその返答が帰ってくることはなかった。再び眩い光が二人を包み始め、お互いに目を瞑る。白竜が再び瞳を開けたとき、目の前に広がっていた光景は欠片を拾い、意識を白に飲み込まれる前のものだった。掌にあった欠片は日光に反射する埃のように光の粒となって消えていった。白竜はもう一度拳を握った。彼の双眸には悲しみはなく、ただ熱い決意だけが篭っていた。白竜は意を決して走りだした。今、全速力で駅まで向かえばきっとなまえに追いつくだろう。白竜は駅までの道を全速力で駆けた。景色が飛ぶように移ろっていく。息が荒くなり、喉の奥に冷たい空気が染み込む。余計に苦しくなったが、それでも走り続けた。駅につき、改札口から駅のホームを見つめる。ちょうど向かい側のホームになまえの姿は会った。白竜が彼女を見つけた瞬間、電車が来るアナウンスが鳴った。白竜は持っていた定期で改札を抜ける。対岸のホームへと繋ぐ、線路の真上にある通路への階段を飛ぶように駆け上る。通路を駆けていると、下から電車がホームに到着した音がした。階段を駆け下りる。電車の扉が開いた。白竜の姿に気がつかないなまえは電車へと乗り込もうと一歩踏み出す。階段を降り終えた白竜はなまえの名前を叫ぶ。彼女がその声に気がついたとき、既に両足が電車に乗ろうとしていた。ドアが閉まるアナウンスが鳴る。白竜はなまえへと駆け寄り、手を伸ばした。彼女の肘を掴むと、力いっぱい自分のほうへと引っ張った。予想だにしなかった存在と行動に、なまえは体のバランスを崩す。彼女の体が白竜の体に倒れこんだ瞬間、電車のドアが完全に閉まった。ホームから電車が去っていく。白竜は荒い息と共にそれを見送った。一方なまえは未だに目を丸くしており、やがて状況を理解し始め、声を荒げた。


「危ないじゃない!!どうしてここにいるの!?」
「オレはお前に伝え忘れたことがある」
「メールじゃ伝えられないの?」
「伝えたくないんだ!」

 白竜の真摯な声になまえははっとした。これ以上にないほど真剣な瞳で白竜はなまえを見つめた。彼女は息を呑む。一方白竜は息を整えながら、心の中で自分のプライドと葛藤していた。どうもなまえの顔を見ると、一番いいたい言葉が喉元でつっかえた。電車が去った後の閑静なホームに長い沈黙が漂う。うんともすんとも言わない白竜になまえは声をかけようとした。そのときだった。白竜は倒れこんでいるなまえをそのまま抱きしめ、彼女の顔を自分の肩らへんに押し付けた。突然の行動になまえは狼狽した。あたふたと慌て、離れようとするが白竜がそれを許さなかった。彼は荒々しいが冷静さのある声で言った。


「お前の顔を見るとどうも言えないんだ」
「なにを?」
「正直に言う。オレはあのとき嘘をついた。本当は、心のどこかでなまえのことが好きだった。だけど当時のオレは理想ばっかり追っていて全く気がついていなかった。周りの目が気になって自分の気持ちに嘘をついていた。こうやってなまえが離れていってオレは初めて失恋というものがわかった。心が痛くて、悲しくて虚しくて、でもどこか腹立たしい。何をしてても苦しかった」
「え?ちょっと……そんな言葉、今更……」
「今更でもある。だが、オレもちゃんと伝えたいと思った。オレは今でもなまえのことが好きだ」
「待って、今、わたしは彼氏がいるわけでして、白竜の気持ちには答えられないの。白竜は理想の人を追って、見つけてハッピーエンド。わたしも同じく違う人ハッピーエンド。こんな風になるのが、お互いのためだったでしょ?」
「本当はオレとなまえが一緒にハッピーエンドになるのが一番いい」
「今更、今更そんなこと言わないで……それじゃわたしが吹っ切れた意味もなくなる」
「オレにしとけ」
「本当にどうしてそんなに自信があるのかな……」
「オレはなまえを幸せにする自信があるからだ」
「その自信は本当にどこからくるわけなの!」


 なまえは言葉と共に白竜の胸を押し返した。目と鼻が少しだけ赤みを帯びていた。白竜はそんななまえの顔を見て言った。


「顔が赤いぞ?寒さでか?」
「はあ……うん、なんか……」


 なまえは相変わらずの態度に頭を抱え、マフラーに顔を埋めた。しかし段々と顔に微笑みが零れていった。なまえは穏やかな表情でいった。


「はっきり言っておくと、今のわたしは彼氏がおりまして、この気持ちを変えることは困難だよ。諦めて理想の人を探したほうがいいよ」
「理想の奴が目の前にいるんだ。あとは手に入れるだけだ。お前はオレに必ず惚れ直す。いや、惚れ直させる」
「どうだか」
「早速だが、いまから彼氏と遊びにいくのはやめてオレと遊ぶといい」
「それは却下です。強引すぎると女の子は引いちゃうの。前から言ってたじゃない」
「これは強引には入らない。オレと遊ぶほうが格段に楽しいぞ。絶対に」
「もう一度いっておくけど、女の子っていうのは自信満々な男の子より、自分の話をしっかりと聞いてくれて共感してくれる男の子のほうが好きなんだよ」


 






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