突然ですが審神者になりました。

 今日は人類史上最悪の日だ。
 お気に入りのヒールで買い物に出かけた矢先、犬の糞は踏んで足を上げた瞬間、ポケットに入れていた携帯が地面に落っこちて画面がパリン。
 お前が攻撃を守ってくれたのか……と懐から出す片身のライターのように見事に散っていった携帯を見て愕然としていたら、運悪くこの日は雨上がりで、泥水で淀んだ水溜りの横を全力疾走で車が駆け抜け、泥水のスプリンクラーを喰らう。
 やったねこれで涼しくなる!なんてポジティブなことをいえないほどの寒さを感じながらも歩いていたら変なキャッチに出会って悪戦苦闘しながらもそれを回避する。
 さすがにツボを売られるわけにはいかない。
 夜に彼氏と待ち合わせしていたらまた運悪く変なキャッチに捕まって、そこにタイミング悪く彼氏が登場して、誤解されて置いてけぼりを喰らい、偶然暇をしていた先輩を呼んで自棄酒を飲んで家に着いたら財布をどこかに落として今に至る。

 悔しい!どうしてこんなにも運がついてないんだ!
 確かにウンは踏んだけど、それはついても嬉しくないウンだ。
 こういう日は寝るに限る。
 寝て、明日になればきっとお日様が昇ってて、爽やかな朝が待っている。
 いや待て、そういえば明日は引き落としの日だ。
 どうしよう、今月かなりお財布事情が大変なことになっている。
 収入も仕送りとバイト代だけだし、ガスも水道も止まって、家賃も払えなくなって家を追い出されたらどうしよう。
 あっ彼氏の家に転がり込めばいいか!
 でも今日喧嘩したんだ、電話にも出ない。
 うわーー!やっぱり悪いことしか起こらない。
 このまま寝ずに思考をぐるぐるしていたら、嫌なことしか考えられない。
 負のスパイラルのど真ん中で高速回転することになる。
 寝よう、寝るんだ。何も考えず明日になっていれば、全部解決するはずだ。
 いやしないけど、すると信じよう。
 もしかしたら今起きていることが夢かもしれない。
 そういう可能性もある!そうだコレは夢なんだ。
 夢から覚めるためにも早く寝よう。


 そして朝日が差す。
 非常に眩しいし、肌寒い。
 土の匂いがするし、肌をちくちくと何かが刺激する。
 瞼を開けてみると、目の前は青天の霹靂。
 こんな天井じゃない。
 身体を起こしてみれば、一面の菜の花。まさか……まさか……

「死んだー?!死んじゃった?!ここ天国!?嘘だー……そんなはずないよ、きちんとベッドで寝てたし……もしかしてベッドで寝たという夢を見て、実際は酔っ払って歩き彷徨った挙句にこんな天国みたいな場所にたどり着いて心地よく眠りについたとか……?その可能性のほうがあるかも……」

 実際過去に私は千鳥足のまま歩き彷徨って知らない駅前の花壇で寝ていたことがある。
 そうか、ここは駅前の花壇か。
 辺りを見回す。
 電車のでの字すらない、ただっぴろい草色の野原。
 あら、可愛らしいと乙女が口に出しそうな小花がちらほらと咲いている。
 私の最寄駅はこんなとこじゃなかった。
 マイナスイオンなんて何処にもないほどの灰色のコンクリートと申し訳ない程度の街路樹。
 休日の夜中では酔っ払いが潰れてたり、吐瀉物が道端に散らばってたりと汚らしいところだ。
 線路どこ?駅ビルどこ?ATMないの?パニック状態のまま、立ち上がって辺りを見回してみる。
 やっぱり何もない。
 何もなさすぎていつかは行きたい美しい場所ベスト100に選ばれそうなほど自然豊かで、混乱の挙句段々と腹が立ってきた。


「これは夢だ、夢なんだ、なんでこんなことになってんの!?夢なら覚めてくれ!!」
「おい」
「おいって?えええ!人だ!あっどうも……」


 いつの間にか人が立っていた。
 斜め後ろに年下の美少年。
 顔は可愛い。
 白藤色の髪の毛に濃藍色のブレザーっぽい服。
 右肩には漆喰みたいな甲冑に帯刀。
 コスプレ?ますます頭の中が混乱した。
 目の前の少年と美しい野原がぐるぐると渦を巻いて吐きそうになった。
 二日酔いか?通りで頭が痛い。


「あの、ここどこですか?あと私は苗字なまえです。君の名前は?」
「俺は、骨喰藤四郎。元は薙刀。今は長脇差。記憶は無い。記憶にあるのは、炎だけ。炎が俺の何もかもを焼いたようだ」


 やばい。一言感想を言えば、やばいしか出てこない。
 それは決して私のボキャブラリーが貧弱だからこの感想しかでてこないわけではなく、全て色々と意味を述べた上で簡潔に一言で感想を述べると、やばいが一番妥当だからだ。
 火事にトラウマを持っているっぽい少年はじっと私を見ているだけ。 えっ?感想を求めてるの?そんな殺生な!
 ストレートに発言すると、「あはは、いやーうわー大変ですね」しか出てこないし、ソレ言っちゃったらこの人の持ってる刀で殺されそうだし、何よりなんで刀もってるの?本物?


「とにかく警察に行こうか!警察に!警察にいけば何とかしてくれるよ!」
「警察?」
「そうだよ、警察だよ!おまわりさんは優秀だからね、迷子の子猫でも助けたぐらいだからさ!」


 とりあえずどこか目印になるところはないかと、一歩踏み出した瞬間頬にチリっとした痛みを感じた。
 なんだ?虫刺されか?と思って触ってみると、赤い血がぬるっと手についた。
 目の前の丘上には弓を持った、おっかない顔をした、これまた重そうな甲冑をきた人っぽい人たちが砂糖に群がる蟻のようにわんさかといた。
 『人っぽい』と発言するのは、その人たちの顔色は青白くて、人のオーラが見えます!なんてこと今まで一度もなかった私ですら、禍々しい色をしたオーラが混沌と蠢いていて、兎に角私に出来ることは全力で叫ぶことだった。

「ぎゃーーーー!!!」
「下がっていろ!」
「えっ?!僕!?何してるの!?」

 骨喰君は鞘から刀を抜いて、目の前の化け物とにらみ合い。
 戦う気か!?それはいけないって!ドラクエでもさ、いのちだいじにって命令あったじゃん!

「こいつらは俺が何とかする。主は先に逃げろ」
「主?それって私のこと?いやーそんなー、平民如きに主なんてー…って意味わからないから!とにかくここは逃げるに限る!」


 今にも駆け出しそうな骨喰君の肘を掴んで、兵士の軍団とは逆の方向へと駆ける。
 ひたすら駆ける。
 ヒールだと走りにくいからヒールを脱いで、追ってくる気持ち悪い人たちに目掛けて思いっきりぶん投げると、一足だけ相手の額にカツーンと当たった。
 やったね!クリティカルヒット!
 ガッツポーズを決めてる暇なんてないほど追っ手はくるもんだから、その後も木とか草とか絵に描いたように繁ってる場所を、普段だったら「こんなとこ通れない」なんて甘えるようなところをお構いなしに通り抜ける。
 人間、窮地に陥れば格好なんてどうでもよくなる。

 雑木林の中を駆け抜け、気がつけば開けた場所に出ていた。
 自然と追っ手は消えていて、代わりに前方に現れたものは大きな民家。
 きれいな庭がついてそうなほど立派な家だ。
 骨喰君を見てみると、私と同様に頬だったり手だったり逃げる間に木々にぶつかってできた擦り傷が出来ていた。


「大丈夫……?ごめんね……?」
「ほっといてくれ」

 うん、わかるよ。
 最近の若者は冷たいんだよね。
 特に骨喰君を見る限り、思春期っぽいから年上の女の人に肘をつかまれて無理やり走らされたらいやだよね。
 うん、ごめんね。
 でもほっといてくれは悲しくなるよ。
 骨喰君はそういう割りに私の行動に従うらしく、黙って傍にいた。
 やりにくいな。
 骨喰君を気にしつつ、民家へと足を踏み入れる。


「えっまずはインターホン……あれ?ないな。ない家なのかな?とりあえずドア叩けばいいか。すみませーん!」


 トントンと手の甲で叩くが、全く反応なし。
 もう一度叩いても反応なし。
 どうなってんだと扉を開けてみれば、鍵はかかっていなかった。
 なんか嫌な予感するぞ。
 ドラマとかだと大概こういうときは室内で殺人が起きているときだ。
 それで私は第一発見者として刑事に目星をつけられて……と考えているうちに骨喰君が平然と家の中へと上がっていった。


「ちょっと!骨喰くん!?」
「ここは貴方の家だ」
「えっ?私の家?そんなわけないよー、私の家はね、こんな大きくないし、ぼろいし、実家も全然違うし、ちょっと骨喰君落ち着こうか。何よりこんな豪邸だったら家賃どんだけかかるんだろう……ってあっやっぱり進むのね」

 骨喰君は私を一睨すると、そのまま中へと進んでいく。
 私もお邪魔しま〜すと小声でぼそりといって中へと入る。
 骨喰君は本当によくわからない。
 不思議ちゃん?何よりほんとここはどこ?
 居間へと進むと、それはそれは立派な庭があって、家の中に池があった。
 これは相当金持ちの家だぞ!
 やっぱりこんな金持ちの家が私の家なわけがない!
 辺りを見回してみると、電話が置いてあった。
 これは助かる!
 物音一つ聞こえない限り、この家には誰もいない。
 探索して死体を見つめる前にまずは電話だ!がちゃりと受話器を上げる。


「こちらは時の政府、審神者サポートコールセンターでございます―――……」

 続きが聞こえる前に私は受話器を置く。
 私は何も聞かなかった。
 時の政府とか、審神者とかわけわからない言葉なんて聞いていない。
 これはドッキリだ。そうだドッキリだ!
 鶴丸先輩辺りが仕掛けた世にも奇妙なドッキリでおそらくもうすぐネタ晴らしに先輩と彼氏が大成功!とかいう看板を持って現れるだろう!
 さあこい!もうネタはわかった!だからもういつもの日常に戻してくれ!
 私の心の叫びを神様は笑う。
 看板はいつまでもやってこないし、更なる恐怖がやってくる。
 電話が鳴った。
 ひええええっと情けない声を出して、後ずさる。
 電話は鳴り続ける。
 出たくない。
 たぶん出たらメリーさん辺りが後ろにいるとかほざくんだ。絶対出ないぞ。
 ごくりと生唾を飲み込むと、音に気がついたのか散策していた骨喰君が居間へとやってきた。
 プルプルとなる電話を訝しげな目で見つめる。


「なんだこれは」
「電話が勝手に!」
「電話……?」

 骨喰君は電話へと近づいてしばらく見つめると、鞘から刀を抜いて、構えた。
 叩き割るつもりだ。

「だめだって!さすがに最後の望みである電話を叩き割るのはダメだって!」
「さっ触るな!」
「こんなときに思春期丸出しの発言しなくていいからね?!とりあえず落ち着こう!そして叩き割るなら電話に出てくれ!」

 そう、私は他人をメリーへの生贄にする。
 骨喰君の握るものを刀から受話器へと変えさせる。
 怪訝な表情のまま、固まる骨喰君に必死でジェスチャーで耳に当てろと命じる。
 彼は素直に受話器を耳に当てた。
 最初は眉間に皺を寄せていた彼だったが、段々と皺の谷は薄れていき、仕舞いには「主宛だ」と受話器を差し出してきた。
 なんだ、メリーじゃなかったのか。
 骨喰君から受話器を受け取り、耳に当てる。
 だが、聞こえるのは単調な電子音。


「切れてるじゃん!」
「切れてる?」
「まぁいいや……なんて言ってたの?」
「贈物があるそうだ」
「えっ?贈物?」


 その瞬間、縁側から見える空から眩く光る星を見つけた。
 こんな昼間なのに星が見えるなんて珍しいな〜!
 目を凝らしていると、なにやら星が大きくなってくる。
 おかしいな。
 なんか茶色のダンボールが飛んでくるぞ。
 空飛ぶダンボールなんてまさかまさかともっと目を凝らしてみると、まさにダンボールだった。
 あっと驚く暇もなく、そのダンボールは私の懐へと飛び込んできた。
 ぐふっと声を上げて、倒れこみながらそれを受け止める。
 鳩尾に入って、めちゃくちゃ痛い。
 なんだこの殺人的な届け方は。
 魔女の宅急便ですらこんな届け方は絶対にしない。

「いたたたたた」
「……」
「見てるだけかい!」
「危険なものではない」
「確かにダンボールだけどさ……とりあえず中みないと」

 無言で見下してくる骨喰君の瞳がちりちりと頬に突き刺さって痛む。
 ダンボールを開くと、中には書類と数点の荷物。
 洋服だったり、生活雑貨が色々と入っている。


「うわ……ご丁寧に送付状つけてきてる……送付状つけるぐらいだったら届け方なんとかしろよ……えっと、なになに……」


 送付状をそこらへんに放って、ホチキスで止めてある資料を見る。
 長すぎて、途中から飛ばし読みして、最終的にはほとんど目が滑っていた。
 どちらにせよ、じっくり読んでいても理解できない内容だった。
 読み上げたら何分かかるかわからない内容を簡単に要約すると

『時の政府だよ!貴方は審神者に選ばれたよやったね☆でも遊んでないで仕事しなきゃいけないよ!時代を変えようとする悪い奴らをたぶん一緒にいると思う刀たちと協力して退治してね!そしたらもしかしたら元の世界に戻れるかも〜!あっ本当は5本のうち1本を選んでもらうつもりだったけど、酒で潰れてたから全部他の審神者が持ってちゃったんだ!ごめんね、代わりに特別に骨喰君上げるから、お仕事頑張ってね!』


 と書いてあった。
 わけがわからない。
 骨喰君はポケモンでいうピカチュウポジションみたいなものか。
 それなら納得できる。
 ピカチュウも最初は冷たかった。呆然と、骨喰君に視線を向ける。

「えっ骨喰君、刀なの?」
「最初に言った。審神者とはこんなにも頼りないのか」

 溜息をつかれた。
 わかった、年下に見えて実はキャリアは上なのか。
 これは馴れ馴れしく骨喰君って呼べないな。


「骨喰先輩は落ち着いてますね!」
「主に敬語を使われるなんて居心地が悪い」
「じゃあ……今までどおり普通に話すね」


 返事はせず目線をはずす骨喰君。
 やりにくいな、でもしょうがない。
 サトシだって最初ピカチュウに舐められまくりだったし、今後骨喰君とはきちんと絆を深めるエピソードが待っているだろう。
 運命に期待するしかない。
 けど目の前に立ちふさがる壁のことを思うと運命もくそもなかった。







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