煌き

 龍馬たちと一緒の屋敷に住んでいるなまえという少女は以前よりお登勢のお店であるアルベルゴ・ディ・テラーダでアルバイトをしながら、色々と音楽活動をしていた。ひょんなことから龍馬たち一行と縁が出来て、何かと仲良くしているが、そのうちの一人である沖田総司はなまえのことをあまり気にっていなかった。と言うのも、総司が愛獲であったとき、どんな少女も子豚にしか見えず、煩わしい存在としか考えていなかったからだ。

 どうせなまえの実力も大したことない、ただの子豚なんだろうと大して興味を持たずにいたが、段々と世の中はなまえの音楽を認めていくようになり、テレビでも何かと露出が増えてきた。興味がなくても自然と目に映る機会が増え、暇つぶし程度になまえの一日密着など、ありふれた番組を見る。


「ふぅん……少しは頑張ってるんじゃない?」

 まっ、所詮は子豚ちゃんの一人。そういってその日は終わったが、ひょんなことからインターネットでなまえの評判を漁る。と必ず行き着くのは動画サイト。コメントにはひたすらなまえの賞賛のものが溢れている。まるで教祖みたいだな、と目を平らにしながら、しばらく動画を眺める。

 汗をかきながら一所懸命に歌い、踊り、笑うなまえ。本人は兎も角、カメラのアングルがいいなと捻くれたことを考えながら、次々に雷舞映像を見ていく。この曲はイントロがいいな、この衣装はデザインがいい、PVが上手くできている。だけど、まだまだだ。自分の好きなものではない。相変わらず辛口コメントを頭の中で羅列してばっかりだが、マウスを握る手はどんどん次の動画へと進んでいく。結局、その日はずっとなまえの雷舞映像を見て終わった総司だった。


「〜♪」
「おっそうチン、何だか機嫌がいいのぅ」
「何時もどおりだよ」
「今の曲、なまえのものじゃろ?いやー、あの曲はなかなか耳に残るというか」
「何言ってるんだい、あの子の曲なんかじゃないよ」
「え?」


 総司は廊下の向かい側から歩いてきた龍馬の横をすり抜け、急いでその場を逃げた。誰も居ないことを確認したあと、強く拳を握り、近くにあった柱を殴った。


「(しまった……いつの間に口ずさんじゃったんだろ……まるでなまえの曲にはまったみたいじゃないか。馬鹿らしい、そんなことあるはずがない)」
「あっ総司さん、お疲れ様です!ってどうしたんですか?」
「まぁあの曲はサビがいいからね、曲を作った人が中々優秀だったんだね」
「総司さん、最近はまった曲でもあるんですか?」
「はまったというか……って!!」


 総司は慌てて振り向くと、そこにはなまえの姿があった。早朝、朝稽古をしてきた帰りなのか、腕に譜面の紙を抱き、丸々とした瞳で彼を見つめる。昨日、散々動画で見たなまえが目の前がいることに妙な汗が背中を垂れる。総司の心中は緊張と焦りでしっちゃかめっちゃかになっていたが、表情は何時もどおりのポーカーフェイス。

「まぁ、ね。それより、なまえはいつも曲とか振り付けは誰に作ってもらってるんだい?」
「自分で考えてます!まだまだ拙いですけど、0から作り上げるのは大変ですけど、全身からエネルギーが溢れて、完成したときのやりきった感がたまらないんです」
「へっへぇ……」


 しまった、自分で作っていたのか。

「それで、総司さんは最近はまった曲とかあるんですか?」
「……まぁね。でもまだまだだね」
「その曲が何の曲か知りたいです!参考にさせてください!」

 君の曲だよ、なんていえるはずがなく、総司は髪の毛をかきあげ、「もっと上手になったら教えてあげる」と捨て台詞をはいて、早足でその場を去った。


***

「この動画のどこがいいんだ…」

 総司は肘を突きながら不服そうに、何度も雷舞映像を眺める。見すぎて、次にどんなフリが来るか、どのタイミングで笑顔になるのか把握している自分がいた。なまえの雷舞映像を見ていると、身体のどこからか元気が湧いてきて、気分が良くなってくる。いや、これはきっと違う要素から来る元気だ、と誤魔化しながらもお気に入りの曲を何度もリピートする。

 なまえの曲をBGMに、コミュニティサイトを漁る。すると、湧いてくるように出てくるなまえの写真。こんなもの、いつ撮ったんだと問いただしたくなるような瞬間から、公式のものまで多種多様。写真はほとんどが笑顔のものだ。アンニュイな表情のものはきっとカメラマンに指定されたものだろう。色っぽいが、隠し切れない幼稚さを感じる。それよりも煌からは天使の微笑みと賞賛されるこの笑顔のほうが何倍も魅力的だ。総司は無意識のうちにそれを保存していった。

 それから数日、日に日になまえに堕ちていくことを実感しながらも、「僕がなまえに屈服するなんて有り得ない」と相変わらずの総司。ある日の暮れ、練習から屋敷へと帰ると、同じく練習帰りのなまえとばったり会い、なまえは嬉しそうな表情で総司へと駆けた。


「総司さん、私、今度雷舞することになったんです!日頃の感謝を篭めて、これ、チケットです!」
「チケット……?あっあぁ……これね。まぁ受け取ってあげるよ」


 内心は生でなまえの雷舞観戦が出来ると盛り上がっていたが、それを表情に出すはずのない総司は冷めた表情でチケットを見る。


「総司さんにはつまらないかもしれないですけど…頑張ります!」
「しょうがないから、行ってあげるよ。サクラぐらいには慣れそうだし」
「龍馬さんたちにも渡してあるので、是非ご一緒に!」


 あいつらにも渡してるのか!総司はイラっとしたが、そこはにこやかに場をおさめた。

 それからあっという間に雷舞当日。雷舞に来る客はみんな公式で販売されている法被に鉢巻と決めている。手にはサイリウムが握られており、その気概はそこらにいる武士よりも気高い。今この気迫を纏っている煌たちを戦に出したら圧勝するのではないかと錯覚するぐらいだ。龍馬たちは煌たちの鋭い英気に圧倒され、高杉に関しては化け物を見るかの目つきで眺めていた。


「なんか、オレたち場違いじゃないか?」
「男女構わずこんなにもなるなんて…恐ろしいですね」
「すたっふも大変そうだな」


 口々に煌たちの感想を零している4人だが、総司だけは雷舞映像で事前に予習していたので、特に引くわけでもなく、さすがなまえの煌だとしか感想がなかった。


「ほら、そうチンが絶句しとるわ」
「えっ……?そう、だね。ほんと、みんな気持ち悪い」

 変な汗をかく。何時もみたいに扱き下ろすことが出来ない。やがて会場が暗くなり、周りの観客の熱気が徐々にヒートアップしていく。サイリウムを掲げ、口々になまえの名前を呼んでいる。龍馬たちは呆然と眺めていたが、総司はというと、どこからかサイリウムを取り出して、彼等に手渡した。

「ほら、コレ。僕たちだけ持ってないとサクラだってバレるよ」
「おっおう…」
「準備がいいな」
「一応だよ、一応」


 建前ではそういっているが、本心は違う。今のところそれを知るのは彼のみ。他の煌たちと同じようにサイリウムを掲げ、なまえの登場を待ちわびる。何十回と聞いた曲のイントロがかかったとき、煌たちの唸り声は地を這った。それからスモークが放たれ、なまえの登場になると、会場は一気にお祭りモードだ。

 龍馬たちは周りにつられ、とりあえず合わせるかとサイリウムを掲げる。ステージの上にいるなまえは何時もの間抜けな感じは全くなく、ライトを全身に浴びてキラキラと輝き、まるで辺りに星が舞っているようだった。総司も他の煌たちと同様にサイリウムを振りたかったが、まだまだ自制心のほうが勝っていたため、興味なさげなフリをした。

 何曲か連続で歌いきり、MCの時間がやってきた。なまえは踊りながら歌っているためか、額には米粒の汗をかきながらも、始終ニコニコとしていた。MCの時間になると、龍馬たちが小声でなにやら話し始めた。どうせ自分たちも雷舞がやりたくなっただの、そこらへんだろうと総司は対して聞いていなかったが、だんだんと龍馬のテンションが上がってくると、声が大きくなる。なまえのMCの声の邪魔になり始め、総司は知らずのうちに声を張り上げた。


「ちょっとトサカくん静かにしてくれない?!人が話してるときは黙って聞くのが礼儀でしょ?」
「おっおう、そうチン、すまんな……」

 そんなに怒らなくても、と冗談が言えないほど、本気の目をした総司に残る4人は慄き、口を真一文字に紡ぐとなまえのMCに耳を傾けた。


 雷舞は無事成功に終わり、テラーダでなまえと合流して、適当に打ち上げをし、がぶがぶと酒を飲んで屋敷へと帰った。部屋で好き放題爆睡している深夜、総司はふと目が覚めて水を飲もうと井戸へと向かう途中、なまえの部屋の明かりがついていることに気がついた。
酔っ払っているせいか、軽く興味が湧いた総司は目的地を井戸ではなく、なまえの部屋へと切り替えた。僅かに開いている障子の隙間から中を覗き見ると、そこには机に向かってなにやら真剣な表情をして書き込んでいるなまえの姿があった。

 何を書いているのか気になったため、少し身を乗り出した。しかし酔っ払って感覚が鈍っているのか、足音を立ててしまい、なまえに気付かれてしまった。なまえは障子へと歩いていって、軽く開けると総司の姿を見てにこりと微笑んだ。


「こんばんわ、総司さん」
「…こんばんわ、何してるの?」
「今日の雷舞の反省と新しい曲がぱっと思い浮かんだので色々とメモしてたんです」
「へぇ……頑張るね」
「はい、今よりももっと、期待に答えられるようにしたいんです。総司さんはどうしたんですか?」
「水を飲もうとしたら、部屋の明かりがついてたからちょっと寄っただけ」
「そうですか、すみません。意外と明るいですよね……今水を持ってきますから、待っててください」


 なまえはそういって、総司の脇をすり抜けた。なまえの善意に思わず心が揺れて、酔っているせいか人肌寂しいところもあり、抱きつきそうになったが寸ででその手を止める。収まれ、オレの左手。といわんばかりに残る右手で伸ばした左手を掴む。なまえは振り向いて、総司の顔を見つめる。


「どうしたんですか?総司さん」
「いや、ちょっと左手が疼いてね…」
「ふふふ、面白いですね、総司さん」

 ふんわりと微笑んで曲がり角に消えていくなまえに見惚れた総司は後日、コミュニティサイトへアクセスして、そこに書き込んだ。


『笑顔がめちゃくちゃ可愛くてつらい』





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