獰猛な愛の果て

「真琴って、シャチみたいだよね」
「シャチ?どうして?」
「普段温厚だけどあの四人の中で怒ると一番怖いから。シャチって海の中では一番強いらしいよ?」
「でも顔の怖さでいったら鮫だと思うけどな」
「確かに真琴よりも凛のほうが顔が怖い!」


 幼馴染のなまえは隣でふんわりと微笑む。高校三年の秋、斜陽が海を金魚の尾のような臙脂色に染めて、潮風が身に染みる。
 幼馴染は近くてとても遠い。恋心を知らない幼少の頃は兄弟同然に接しているせいか、思春期を迎えた頃どんなポジションにいればいいかわからなくなる。仮に今ここで手を繋いだとしたら、もしも幼馴染じゃなかったらどきんと心臓が高鳴る、相手のことを男として意識してしまう。幼馴染がそれをやったら「どうしたの?」と最初は何事も無く流されるけれど、幼馴染が"異性"に化けた瞬間、それは自分を狙う獣に見えて、無理やり振りほどいて苦笑いを浮かべるだろう。このときに"異性"として思い知らせるか、遠慮して一歩後ろに引き下がるかでその後の命運は決まる。押しが強く、相手が押しに弱かったらそのままなし崩しで攻めていけるかもしれない。一歩下がれば今までどおりの関係を築いていけるけれど、赤い糸はぷつりと切れてしまう。


「そういえば、大学、真琴は東京のほういくの?」
「あっうん、行きたい学部があるからさ」
「都会に進出するってわけね!」
「なまえも東京のほうが志望だろ?」
「うん、東京ってやっぱり憧れるし」
「じゃあ、お互いに頑張ろうか」
「センター入試まであともう少しだしね!」


 東京に行けば、二人で東京にいったら何か変わる?今日みたいに一緒に帰れないし、学校でなまえの姿をちら見出来ない。ご飯を隣で食べたり、なまえの隣で彼女の髪の香りを堪能したり、当たり前のことが出来ない。物理的に距離が離れるのなら、精神的な距離も離れてしまうのだろうか。いつの間にかお互いの存在を忘れて、どっかの知らない異性と付き合って、結婚して、結婚式に呼ばれる葉書でやっと思い出すような疎遠な関係にはなりたくない。

 ついでに言うとなまえに彼氏が出来たことを想像すると、心を抉られるような、心臓にナイフを突き刺されえたような痛みを感じる。彼女の白いきれいな身体が自分の知らない男の前に曝け出されて、彼女は股を開いて男を受け入れて自分の見たことの無いような声を上げて、涎と汗を垂らして本能に任せて乱れ、可愛らしい小さな口で「好き」「愛してる」と甘く囁くところを思い浮かべると、何だか死にたくなる気分になる。初めて一緒に風呂に入ったのはオレだし、手を繋いだのもオレだから、彼女の初めての愛の言葉も、身体もオレが一番最初に味わいたいけど、オレは幼馴染だから。男じゃない、性別なんて概念がどっかに吹き飛んだ幼馴染だから、彼女が記憶喪失になる以外実現しそうにない。


「どうしたの?そんなに私の顔になにかついてる?」
「いや、なんかなまえの顔も大人になったなーっておもって。昔はあんなに丸かったのに」
「丸顔はもう卒業!あと三年後にはもっとシュっとなってる!シュッと」


 そういってなまえはフェイスラインをなぞって輪郭をはっきりさせた。お互いにもう18歳だ。少年が男になるように少女も女になる。少女は男を知って女になる。彼女の無邪気な姿を見ていると、このまま氷海にでも沈めて少女のまま永遠に留めておきたい。オレはシャチだから、凍りづけにされた彼女の周りをぐるぐる廻って、近寄ってくる敵をかみ殺したい。でも見守ることしか出来ないから、運命の王子様とやらが現れたらオレのことを意図も簡単に蹴散らしてなまえのことを解放して、ハッピーエンドを向かえちゃう。
 あーあ、もしもオレがなまえの幼馴染じゃなかったら、もしかしたら彼氏として隣を歩いていたのかもしれない。その可能性を考えると、どうして幼馴染の定めに生まれてきたんだろうと悔んだけど、幼馴染として生まれてこなかったら、彼女と出会わなかったかもしれないことを考えるとこの関係を少し幸せに感じる。けどやっぱり、一歩踏み出せない幼馴染はつらい。


 冬の季節がやってきてお互いに大学入試を終えた。オレは東京の大学に進学したけれど、なまえは入試に落っこちて滑り止めで受けていた関西のほうの大学へと進むことが決定した。離れてしまうことが寂しくて、けれどこれがチャンスだと思ったオレは東京に旅立つ前に地元駅でハルたちに見送られる予定時刻よりも少し前になまえを呼び出して、改札口前にあるベンチに座ってぼちぼちと話していた。なまえは寒いのか、話す口々に寒い!と無意識に挟んでいたので、暖かいココアを買ってあげると目をキラキラとさせてありがとうといってきたので、このまま時が止まればいいと思った。オレはポケットに手を突っ込んで、なまえは隣でココアを飲んでいる。桜の蕾が色づきだしたのを見て、この桜が咲く頃にはお互い、知らない土地で知らない人間関係に囲まれていると思うと、そんな未来が本当にあるのかと疑うくらい、オレとなまえの関係は長かった。


「十数年間続いてきた真琴が東京行っちゃうなんてなー…なんだか寂しい」
「頼れるお兄さんがいなくなるからだろう?」
「頼りすぎちゃったかもねー」
「さすがに関東と関西じゃ、距離が離れすぎちゃってるからあんまり連絡取れないかもね」
「でも長期休みになったら、ここに帰ってくるでしょ?そしたら会えるよ!ハルたちも一緒にさ!」
「そうだね」


 やばい、言えない。ハルたちも一緒といっている時点でオレのことは異性の範疇に含まれていない。こんな状態でなまえにずっと好きだったって告白したら、「気持ち悪い」といわれるかもしれない。今まで彼氏のいなかったなまえのことだ、恋については疎いだろう。そんな中で一番仲のよい男友達が好きだなんていってきたら、混乱するに決まっている。なまえにとっては女友達に告白されているも同然だ。どうしよう、これは。せっかく呼び出したのに、ここで言わないのももったいないけれど、かなり危ない橋を渡る。段々と冷や汗までかいてきた。


「どうしたの、真琴。なんだか珍しく挙動不審だよ」
「いや、えーっと、なんでもない!」
「えー、うそだー。そういう表情するときの真琴って絶対何か隠してるもん。ほら、言ってみて!わたしでよければ何でも相談に乗るよー」


 穢れの無い、純白な笑みでそういわれて、好きだなんて返答が出来るはずがない。けれど聞く気満々のなまえは顔を覗き込んでくる。

「あのさ、なまえは大学入ったら、何か目標とかってある?」
「彼氏作る!」
「えぇ!?」
「驚きすぎだって!小中高と何もなかったから、大学こそは彼氏作る!」
「大学の男はなまえが思っているような男共じゃないよ」
「えぇ?そうなの?そんな変わっちゃうの?」
「そういうもんなの」
「ふーん。じゃあ真琴の目標は?」
「そう、だな……。なまえにあわせて、彼女作るでいいかな」
「彼女だったら高校でも作れたじゃん!真琴結構もててたのに、何で断ってたの?」


 痛いところついてくるなー、と小学生並みに鈍感ななまえの言葉が痛かった。


「好きな人がいたから」
「えっ、いたの」
「うん、いたよ」
「誰?江ちゃん?それともクラスの子?」
「仲が良かった子」
「江ちゃん?」
「凛に殴られそうだなー」


 この勢いで言ってしまおう、とやっと踏ん切りがついたときだった。


「あっハルたちだ!おーい!ハル!」

 あっという間に時間が経っていて、ハルたちと待ち合わせた時間になってしまった。それからというものの、結局言うタイミングを逃したままオレは東京へと行き、なまえは関西へと旅たって春がきた。オレはなまえのことを忘れないように小中高の卒業アルバムをきちんと持っていって、他にもハルたちとの写真に上手くなまえ単体のものを紛れ込ませてたのを持ち込んだ。小さい頃から高校卒業までの写真を眺めていると、誰よりも深くなまえのことを見ていたのかもしれないと改めて実感した。

 大学に入学して、サークルに入ったり学科の友達を通じてそれなりに可愛い女の子たちと出会ったけれど、いまだ心はなまえの元にあって、毎日他愛のない連絡とSNSでの交流がオレにとっての癒しだった。なまえも関西の大学でサークルに入ったらしく、SNSにそれに関する写真がアップされるたびに、大人びいていく彼女に惹かれつつ、その隣で写っている男に嫉妬を抱いた。
 もしかしたらこの男と出来ているのかもしれないと考えると一気に不安が押し寄せてきて、連絡があっちで止まっていたりすると、男といちゃいちゃしてるんじゃないかと疑い、一人悶々とした苛立ちを胸に抱いていた。彼氏でもない、ただの幼馴染なのに、こんなにもなまえに執着してしまっている自分が愚かな人間に見えて、いっそのこと嫌いになって他の女の子と付き合おうとしたけれど、いざ付き合う直前になると、なまえのことを思い出して、彼女に恋焦がれて、結局は一番最初の執着している自分に戻ってしまう。

 そんなオレに決定的な終止符が打たれた。ある日、なまえと電話をしていたとき、ふと天気の話題をふってくるかのように軽く、何でもないように


「そういえば彼氏できたよー」


 と報告してきた。その瞬間、時が止まった。手から携帯がすべり落ちて、床に落ちて、カバーが傷ついたけれどそれどころじゃなかった。顔色が瞬く間に青くなって、冷や汗がだらだらと流れてくる。心臓がいやな鼓動を刻んで、言葉が出なくなった。携帯のスピーカーからはなまえの声が聞こえるけれど、答えられるほど余裕はなかった。

 なまえに彼氏?その相手は誰だ?最近SNSに上げていたあの、水族館の画像はまさかその彼氏といったものだった?まさかと思っていたけど、本当にそうだったなんて。オレはとりあえず携帯を耳に当てて、ゆっくり平然を装って手から携帯が滑って机の下に入ったと嘘をついた。それからのなまえとの会話はよく覚えていない。ショックが大きすぎて、自分でも何を言っていたか覚えていなかった。電話が終わったあと、なまえの写真を手にもって、それを真っ二つに引き裂こうとしたけれど、どうしても出来なくて、じんわりと涙が頬に染みていくのを感じた。

 それから時は過ぎてもオレはなまえへの想いを引きずったままで、一方なまえは彼氏との毎日を楽しんでいるらしく、その報告を聞いていると胸が痛んでしょうがないけれど、少しでもなまえのことを知りたくて痛みを我慢して聞いてしまう自分がいた。

 夏休みがやってきて、なまえが東京に遊びにくるらしく、ホテル代がもったいないから泊めてくれと言い出した。本当に警戒心がないなー、と呆れながらも了承した。なまえと久々に会えることに年甲斐もなく喜んで、友達にもどうしてそんなに幸せそうな顔をしている、と聞かれるほど表情が緩んでいたらしい。けれど、オレの精神は思ったよりも強くなくて、なまえが来る日が近づくにつれて、彼女との関係について悩んで、悩んで、悩みぬいた末にある決断をした。


 なまえが東京に来る日がやってきて、駅まで迎えにいったオレは軽く東京を案内して、美味しいと評判のところで夕食を食べて、家へと帰宅した。傍からみたらカップルにしか見えないかもしれないけれど、オレたちは幼馴染でカップルではなかった。なまえは疲れたらしく、シャワーを浴びていた。浴室から聞こえてくる水の撥ねる音に妙な緊張感を抱いたオレはテレビを見て落ち着いていた。ついに関係を崩す日がやってきた。おそらく嫌われるに違いないけれど、もう我慢できなくて、このまま一生なまえに振り回されるなら、いっそのこと幼馴染という関係をぶち壊そう。なまえが抱いている、シャチのように強くて頼りになるイメージは幻想。本当は獰猛で、けれど弱い。なまえが風呂から出てきて、髪の毛をタオルで拭きながらやってきた。Tシャツに短パンとラフで警戒心のかけらもない格好だった。


「気持ちよかったー!真琴ー、ドライヤー貸してー」
「隣の部屋にあるから、そこの扉あけて」

 オレはテレビを消した。いよいよ崩れる。なまえが躊躇無く開けて部屋の電気をつけた瞬間、彼女は凍りついた。それもそのはずだ。部屋の至るところに昔から持っている写真から、SNSで上げていた画像を逐一保存して、それを印刷したなまえの写真を貼って、パソコンの画面には彼女の満面な笑みが写っている。狂っているといわれてもいい。耐えられないほど、オレの精神は消費していた。なまえは一歩下がろうとしたが、オレが背後に立っているのがわかると、肩を震わせてオレから離れた。必然的に部屋へと入ることになった。オレは部屋の扉を閉めて、ゆっくりと彼女に近づく。


「自分でもどうしてこんなことしたのか、説明するのは難しいんだけどね、もう全てを曝け出そうと思ったんだ」
「これ……どういうこと……?」


 なまえが完全に怯えている。目の色は恐怖一色で、オレが一歩近づくたびに一歩後退する。けれどこれも罠で彼女はベッドに躓いてその上に倒れこんでしまった。完全に逃げ場を失ったなまえはベッドの上でも後ずさりするけれど、結局壁にいきついて、その壁に貼ってある自分の写真を見て、一層顔色を青くする。本当はこんな表情をさせるつもりはなかったけれど、罪悪感が最高潮を突破して、妙な興奮へと変わって、オレの加虐愛を刺激する。オレはなまえのことを組み引いて、彼女の瞳を覗き込んだ。表情はあくまで優しく、穏やかに。


「前に好きな人の話をしたけど、あれはなまえだったんだよ。小さい頃から好きで好きでたまらなかったけれど、なまえはオレのことなんてどうでもよかったようだったから、ずっと秘密のままにしたけど、なまえに彼氏が出来てから、オレは悔しくて悔しくて仕方がなくて、嫌いになろうとしたんだけど、なまえのことがやっぱり好きで、けれど、どうすることも出来なくて結局こういう風な形になったんだけどね」
「離して、お願い」


 彼女の股の間に膝を割り込ませようとしたけれど、頑なに閉じていたので、太ももを触れるか触れないか微妙なところで撫でていると、段々とその牙城も崩れてすんなりと膝が入った。すっかり女になった彼女を間近で見て、彼氏に調教されたのかと思うと、もっと虐めたくなった。


「彼氏とヤってるんだよね?本当は初めてはオレが良かったけれど、なまえだったら別に何番目でもいいよ。大丈夫、頼りがいのあるオレでしょ?結構他の女の子たちから評判がいいから心配することないよ」
「いやだ、やめて!」
「そんな薄着でしかも泊めてなんて、本当は心のどこかではこうなることを予想していたよね?前に言ったように大学の男はなまえが思っているような優しい男じゃないんだ」


 そういってキスをすると、予想通り唇を噛まれたけれど、必死に抵抗してくる彼女が可愛らしく見えて、噛まれてもいいから何度も啄ばむようなキスを首筋や耳など至るところにした。彼女は必死にオレの下から脱出しようとしたけれど、水泳で鍛えられたオレの力に押さえつけられてびくともしない。それに暴れたとしても股を揉めば自然と力を弱める。信頼していた人物に裏切られたせいか、彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていたが、オレのために流してくれた涙だと思うと、嬉しくて瞼にキスをする。


「大好きだよ」


 そういって、惚けた表情で彼女を見つめる。翡翠みたいで綺麗な色と褒めてくれたオレの両目は今、人生最高に淀んでいるだろう。




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「って妄想したときもあったよ」
「お前気持ち悪いな」


 スーツを着た凛が溜息をつく。ただいまなまえの結婚式の二次会。彼女は大学の頃付き合った男とそのまま結婚した。


「泊まりにきても、すぐに爆睡するし、全然色気のない行動するし、本当にオレは男として眼中になったみたい」
「まぁ、あれだ。ドンマイ」
「でも、人妻っていうポジションもなかなか魅力的だよね。他人のものを奪い取るかんじでさ」
「お前なら本当にしでかしそうで恐ろしい。頼むから裁判沙汰にはするなよ」
「しないよ、だってオレはなまえの幼馴染だしね」


 なまえがオレの名前を呼んだ。二次会のドレスはウェディングドレスとは違って色気が出ていて、人妻と分かっていても手を出したくなった。けれど、彼女を悲しませたくないから、彼女のことが大好きだからこそ、オレは彼女の幸せを誰よりも願うことにした。





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