―――見せたい景色があるときに、貴女はいないのです、と思ったとき。


 船の汽笛で時刻を思い出す夕暮れ、ふと見上げた空の美しさに目を奪われた。橙を帯びる水色と紫を帯びる藍色が混じり合い、蘇芳を滲ませる。一瞬、それが空の色とは気づけないような鮮やかな色彩だった。膨張と収縮を繰り返すように回転する灯台の明かりが、真っ直ぐにその彼方を貫いては消え去り、神話の剣のようだ。
 彼女ならば、この景色に一体どんな顔をして、どんな例えをつけるだろうか。そんなことを考えて隣を見れば、そこにはやはり温んだ海辺の空気が揺蕩っているだけで、どうかしましたか、と見上げる人の顔はない。
 話の数に富まない私が口を開きたいと思ったとき、いつでも近くにいるかのような貴女はいないのですね、と思ってから、一人、ある間違いに気づいて可笑しくなり、竿を担いで立ち上がった。
 彼女がいないのではない。誰でもない誰かと何かを共有したいと思う感情、それ自体が、これまでは私の中になかっただけではないか。


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