―――名前を呼んで初めて、そこにいないことを思い出したとき。
エリィも出かけた昼下がり、するすると走らせたペンのその先には、いつだって君が座っているような、そんな気がしてしまっていた。少し固い椅子の上で、テーブルに腕を投げ出して。何を言うともなしに、取り留めもなく書類を振り分けながら。ただ何となくこの昼下がりを埋めていく彼女の、名は。
「アカリ」
はたと、呼び声が宙を漂って何秒か経ってから、我に返った。ペンを止めて隣を見る。
そこに、彼女はいない。明日は牧場の仕事が忙しいから来られないや、と眉を下げて語った昨日の顔を思い出す。断らなくても、別に毎日来いだなんて言っていない。そう答えたのだが。
「……」
毎日来るとも思っていないつもりだった、否そのつもりなのだが。
かちこちと、時計の吐き出した一秒ばかりが海になって、僕のため息を飲み干した。アカリ、と、今更ながらに自分の声がどこからともなく返ってくるような気がして、嗚呼。
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