チェーンメールというものをご存知だろうか?
 何処からともなくそのメールはやってくる。
 内容は様々で、このメールは呪われているだとか、恋人を殺した犯人を捜しているだとか、はたまた、無惨な死体などグロテスクな画像が添付されていたりする。
 そうして最後に飛びっきりの脅し文句をつけるのだ。
 【このメールを一週間以内に回さなければ、あなたに不幸が訪れます。】
 こんな具合に、ね。




「懐かしいなあ! 俺が小学生のときに流行ったぜ。メールを回さない場合には逆探知機能でヤクザの○○組が貴方を殺します! みたいな過激な文章でさ」
「車田もなんだド? 俺の学校でもずいぶん回っていたド」
「やっぱどこの学校でも流行るんだなあ。まあ結局さ、回さなくても、不幸な目に合ったりしないんだよなあ」
 車田と天城が和気藹々となって話していた。
 事の発端はこう。
 つい先日から雷門サッカー部で妙なメールが回り始めているのだ。内容は下記の通り。

【サッカーをする総ての少年へ。
 私の兄は某中学校のサッカー部員でした。
 明るく、努めて真面目な兄でした。
 さて、皆さんは、フィフスセクターというサッカー界の管理組織を知っていますか?
 もしこれを読んでいるあなたが、きちんとサッカー部に所属しているのならば、知らないわけ、ないですよね。

 ※中略(フィフスセクターの説明)

 私の兄は革命を起こし、フィフスセクターに反旗を翻そうとしました。
 けれどもそれは失敗に終わり、兄は、その報復としてフィフスセクターに殺されてしまったのです。
 私の親はすぐに警察へと掛け合いました。けれども、警察はすでにフィフスセクターの息がかかっていて、まるで私達の話を取り合ってはくれませんでした。
 私は改めて、フィフスセクターの恐ろしさを実感しました。
 私は、せめて多くのサッカー少年達にこの事実を知ってもらい、このようないたましい事件を回避したいと思いました。
 フィフスセクターは本当におぞましい組織です。どうか少しでも多くの人にこのメールを回してください。
 尚、このメールを一週間以内に三人以上の人間に回さない場合には、兄のようにフィフスセクターの手によってサッカーの出来ない身体に、最悪は、殺されるでしょう。
 このメールには逆探知機能がついており、このメールを滞らせた者はフィフスセクターに反抗を見なすものとして通報されます。
 誰かがこのメールをとめてしまわない事を、心からお祈りしています。】

「つうか、おかしくね? 何でこの兄を殺された妹とフィフスセクターが最終的に繋がってんだよ」
「だよねー、ちゅーか、いくらフィフスの権力が凄くても警察が動かないのはさあ」
 倉間と浜野も出回った上記のメールに対しては半信半疑だった。
 そう、チェーンメールとは大抵の場合、粗だらけなのである。悪意のある、何者かの悪戯だ。
「でも、本当だったらどうします? 止めた瞬間に殺されちゃいますよお」
 速水が吃りながらそう言った。
 実際、少年達にとってフィフスセクターはとてもとても大きな存在だった。先程までのメールを笑い飛ばす明るさは影を潜め、周囲も少しばかり、メールを真剣に考え始めた。
「出所が分からないのは確かだ。メールを回すだけで安心が得られるのなら、回したい者は回せば良いさ」
 神童のその言葉に、そうだな、と声が返って来た。
 夜も深まり、部室からは時計を見た者の告げた時間を聞き、みな、次々と帰り支度を始める。
「チェーンメールごときに、馬鹿らしい」
 スポーツバッグを肩にかけると、南沢は一人呟いた。






 その後、例のメールは収まるどころか日常的に飛び交うようになっていた。
 何せ、雷門のサッカー部はクラスを1つ作ってしまえるくらいには人が多い。メールの回転も速く、同じ文章がぐるぐる、ぐるぐると一日に何回も届いた。中には部員を着信拒否にするといった暴挙に出るものもいた。
 そんなある日の事だった。朝練前の部室は騒然となる。
「おはよう」
「おはようございます南沢さ、えっ!?」
 倉間が驚きを顕にした事により視線は南沢に集まる。南沢を人目見れば周りもその理由を理解した。
「その指……」
 南沢の指は幾重にも白い包帯が巻かれていた。中には何か薄く、かたいもので添えているのか不自然な形をしていた。
「どうしたんですか!?」
 倉間が駆け寄った。
「車とぶつかった。地面に打ち付けられたときに皹が入っただけだから一ヶ月で治るとさ」
 南沢は何の感慨も無さそうに答えた。
 心の底から南沢は事故だと思っているのだろうが、周りはそうはいかなかった。
「犯人は?」
「それがさ、ナンバーが黒いカバーで隠されていて分からなかったんだ」
 南沢の一言は更に不安を煽るものでしかなかった。
「……もしかしたら、メールが原因かもしれませんよう」
 速水が震えた声で続ける。
「だって、南沢さん、メールを回してないですよね」
「確かに、南沢さんから届いたことないな」
「最初はおふざけだと思っていたけど本格的にまずいんじゃあないか。なあ、神童」
 霧野が神童に同意を求めれば神童はすぐに頷いた。
「南沢さん、もしかしたら本当にフィフスセクターが関わっているのかもしれません。形だけでも良いのでメールを回して下さい」
「大袈裟だ。こんなにもたくさんの車が走っていて事故に遭わない方が変じゃあないのか」
「でも!」
「偶然だ」
 南沢が固くなとして姿勢を変えない事を感じ取るとそれ以上誰も意見しなかった。また、メールを無視し続けるとどうなっていくのだろうという期待の色があちこちで光ったように見えた。











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