・どうでもいいおはなし。










「この前、電車がものすごく混んでいてね。まるでパズルみたいに人と人とが隙間なく密着してたんだ」
 輝くんは目の中に星をはためかせながら両手を組んだ。女々しい動作だなあと思いながらも、そういう仕草が、輝くんにはしっくりくる気がした。
「僕もその大群に押し潰されて、押し潰した一人だったんだけど、感動したよ。四角い車両に、こんなにも綺麗に人がハマるだなんて! きっと、人間で、お城だって作れるんじゃあないかな」
 それから、急に神妙な面持ちになった輝くんは、ただ……と暗い声で言った。
「不満が有るとすれば、僕はそのお城に住む人じゃあなくって、そのお城の一部だってことだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。だって、実際にあの時、僕はハマっていたんだもの。あの瞬間に、僕は材料にされる側の一人だと自覚せずにはいられなかったよ」
「へええ、そしたらさあ」
 俺は提案をした。
「輝くんが一人ならば、確かに輝くんは材料に過ぎないかもしれない。でも、俺と一緒なら、住む側に回れるかもしれないよ」
 輝くんは考える素振りを見せたあと、答えをくれた。
「なら、まず、お城を作らないと……」
 それもそうだ。存在しないものに住めるほど、おめでたい頭を俺達は持っていない。





「す、すごい!」
 俺と輝くんは自画自賛と互いへの称賛を繰り返しながら手を取り合い、女子高生のように跳ねていた。
 道端で引っ捕らえた見知らぬ女性がだらりと椅子に身体を預けている。女性はだらしのない口から涎を垂らし、酒に溺れたかのように澱んだ瞳でこちらを見ていた。
「これ、脱いでくださいって言ったら脱ぐのかな」
「キャー、輝くん、サイテー」
 軽口を叩きながらも俺達の奥底にはギラギラとした欲望がちらついていた。
 よく見ると、女性は俺が愛してやまないじゅんじゅんに雰囲気が似ていた。少しくらい、少し、ブラウスを寛げるくらい、ストッキングを、脱がすくらい……どうせこの女性は正しい判断が出来ないのだから、何をしたって分からないのだから、そう思いながら手を伸ばしたところで、「誰にもバレないだろうけど、そこまで人の道を踏み外したくないよね」と爽やかな声で輝くんが言った。俺も慌てて、「だよねー」と返した。
「それにしても……」
 輝くんは脱力した女性をまじまじと見る。
「僕達に音楽の才能が有っただなんて」
 その言葉に、俺も真剣になって頷いた。俺達の足元にはギターとベースが置かれている。どちらも、輝くんの家にたまたま有ったものだ。
「正直、サッカーより向いてるよね」
「狩屋くんもそう思った?」
「だってさあ……」
 その後は口を噤んだのだけれど、輝くんには充分伝わっていた。
 あれは、輝くんと城の建築方法を練っていたときだった。アレも駄目、コレも駄目。そんなときにだ。
 たまたま点けていたテレビからラジオ体操の音が聴こえた。もう昼間だというのに、新しい朝がきたなどという歌詞に呆れながらも、次第にネタが尽きた俺達はラジオ体操に見とれていた。
「ラジオ体操、ラジオ、体操!」
 輝くんが叫んだ。
「狩屋くん、これは使えるよ。音楽、音楽を使うんだ!」
「お、音楽!?」
「うん、思い出してよ。小学生の頃を! 夏休みを! ラジオ体操を! みんな、操られているかのように、公園に集まって、狂ったように、音楽に合わせて、ラジオ体操を踊っていたよね」
「た、確かに!!」
 あれは宗教染みた光景だった。どこから湧いてくるのか、老若男女が集い、一心不乱にラジオ体操をしていた。
 ようやく、俺は輝くんの考えが読めた。
「……音楽がなければ、人々はあそこまでラジオ体操に取り憑かれたりしなかった。つまり、音楽こそがラジオ体操の根源、人を魅了する正体。あれは、洗脳ソングなんだ! ラジオ体操を応用すれば、人を操り、城を作れるかもしれない!」
「賛成!」
 そうして、すでにラジオ体操が終了していたテレビを消すと、輝くんは部屋を出た。少しすると、ギターとベースを抱えた輝くんが戻ってきた。
 楽器なんて、リコーダーくらいしか出来ない、と思いつつも、手渡されたギターがひどく手に馴染んだ。
 弦の抑え方すら知らないはずなのに、指の方が勝手に音を作り始めた。
 後で聞いたみたところ、輝くんもベースの経験は全くなかったそうなのだが、身体が動き、自然と演奏が出来てしまったらしい。
 天馬くんが言っていた。俺と輝くんは、パラレルワールドで音楽をやっていたと……という事は、これは、パラレルワールドの影響なのだろうか?
 疑問は尽きることを知らないけれど、かくして、俺達は、犯罪に応用し放題の洗脳ソングを完成させたのだ。
「狩屋くん」
「ん?」
「もしかして、僕達って、世界制服が出来るんじゃあないかな」
 ……おっと、それは、盲点だった。





 あれから二ヶ月ほどの時が流れた。
 俺と輝くんの倫理観は吹き飛び、もはや世界は二人の庭であった。
 ああん、マサキくん、大好き、愛してるっ、と本物のじゅんじゅんが俺の脚にしがみついて叫ぶ。
 ハムスターの世話と人間の世話ってどっちが大変かなあ、だなんて、どうでも良い事を考えながらじゅんじゅんの温もりを感じていた。
 ノーミュージック、ノーライフ!
 洗脳ソングの威力は凄まじかった。
 人間どころか、虫や、空まで言う事を聞いたのだ。数人、例外もいたけれど、彼らだけが正常なところでなんの意味も成さないのである。
 輝くんは「世界を正常に出来る。理想の世の中が作れる」などと変な目標を立てたりしていた。
 八割くらい、世界が思い通りになり、進展も無くなった頃、輝くんが思い出したかのように言った。
「そうだ、お城を作るんだった」
「ああ、そういえばそんな事も言ってたっけ」
「当初の目的だよ」
 アハハ、アハハハハ、俺達は和やかに一人一人、指示を送り、煉瓦のように人間を積み上げていった。
 一段、二段、三段と、人々を隙間なく折り重なっていく。地道な作業に疲れてきた俺達は、あとは適当に完成させて、と伝えると眠ってしまった。





 目が覚めたとき、大きな、大きな城が完成していた。すでに起きていた輝くんは、うぎぎと唸っている。
「おはよう」
 声をかけると、輝くんはこちらを振り返った。
「おはよう、新しい朝が、きたの、かな?」
「かなって、かなって何?」
「だってさ、狩屋くん。このお城を見てどう思う?」
「グロい。やめて、言わせないないでよ輝くん。俺グロいの苦手なんだってば」
「そうだよね、やっぱりそう思うよね」
 人間だけで出来た城は、至るところが、潰れたり、中身が飛び出したりしていた。
「絶対住めないよ。僕、臭いところとか汚ない場所ってちょっとだめで……」
 輝くんは可愛らしくはにかんだ。
 それもそうだ。不衛生な場所に住めるほど、悪い趣味を俺達は持っていない。
「それに、今は、地球っていう立派なお城があるしね」
「ハハハ……」
「ただ……」
「ただ?」
「僕、これに踊らされている気がして、ならないんだ」
 輝くんは、しっかりと握ったベースを、静かに見続けていた。




2013/03/29



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -