「あーあ、倉間くんったらまたニヤニヤしてますよう」
 速水がからかうように言ったので、倉間はうるさい! と返したが、その声にはどこか嬉々としたものが孕んでいた。
 事実、倉間は幸福の絶頂にいるのだから仕方がない。恐らく、今の倉間にならば、焼きそばパン買ってこいよと命令をしても怒られないであろう。
 それを見越してか、浜野が少し、突っ込んだところを伺ってきた。
「ちゅーか、どこまで進んだ?」



「なあんて、聞いてくるんですよ! あり得ないっすよね!」
 浜野の遠慮のなさに文句を言いつつも、倉間はどこか楽しげであった。
 それは、今、彼の隣に、彼の尊敬する先輩であり、愛する恋人でもある南沢がいるのだから当然のことである。
「俺は、周りなんて関係なく、俺達の感覚で進んでいければイイと思いますし、付き合っているから必ず色々しなきゃいけないってこともないと思ってます」
 倉間は南沢の手を掴むと人好きのする笑顔を見せた。
「お互い、初めてを大事にしましょうね!」
 しかしながら、その言葉を放った瞬間、南沢は首を傾げた。
「ハジメテ?」
「はっ? ええと、あの、南沢さんも、こういう経験は無い、ですよね」
「有るけど?」
「いや、そりゃあ、アンタなら、女の経験は有るでしょうけど、男は」
「だから、有るって」
 南沢は断言した。
 倉間は、絶句した。
 河川敷を、冷たい風が通り抜けていった。
 そのとき、倉間の脳内で、もうすぐ秋だなあだとか、浜野が、ちゅーか凄くね!? などと歓声をあげながらコンドームに水を詰め込んでいたことが思い出されてた。限りなく、現在の状況に関わりのないことであった。
「ていうか、倉間って童貞だったんだな」
 ふっ、と南沢は鼻で笑う。
「そうですけど、それってなんかおかしいですか」
 倉間がやや食いぎみで返せば、南沢はムキになるなよと言った。
「なんか意外だなあって思って、馬鹿にした訳じゃあないさ」
「み、南沢さんは、今までどれくらいの人と……」
「お前、そんなこと気になるのか?」
「良いから答えろよ!」
 少し強めに言うと、南沢は余裕たっぷりに、いち、にい、と声に出しながら指を折り始めた。
 最終的に南沢が数え終わった頃には、あまりの経験人数の多さに倉間は気持ちが悪くなっていた。
 あのような素晴らしいサッカーをしていた先輩が、裏ではこんなにも男をたぶらかしていただなんて、夢にも思わなかったのだ。
 昔、南沢が飲みかけのスポーツドリンクを渡してくれたとき、あんなにも胸が高鳴ったと言うのに、あれが知らない男の精液を受け止めた口だったのかと思うと急に不潔なものを飲んでしまったという後悔が襲ってきた。
 倉間が茫然としていると、南沢は両手で倉間の顔を押さえ付け、唇に噛み付いた。
「んんんっ!!!!」
 倉間は必死に抵抗として歯を食い縛ったが、南沢は右手の親指を突っ込んで隙間をつくり、無理矢理に舌を入れてきた。
 舌が合わさり、舐められたり、絡められたりと、それはもう濃厚な大人のキスであった。
 鼻で呼吸をすることを知らず、息が苦しくなった倉間はついに南沢を思いきり突き飛ばした。
 すると、南沢は、バシャーンッと音を立てて、川に落ちてしまった。盛大な水飛沫が、肩で息をする倉間にも飛び散った。
 倉間は何も悪くないと言うのに、水に濡れた南沢を見ると反射的に謝りそうになった。
 けれど、南沢の表情を見ると、倉間の謝罪は胸の内に引っ込んだ。
 南沢は倉間を小馬鹿にしたような、人の悪い笑みを浮かべると、可笑しくて堪らないといった様子で、こう告げた。


「処女厨、乙」



2012/06/23




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