その日は偶然に偶然が重なって、霧野は神童と一緒にいなかったし、南沢も倉間と一緒にいなかった。
 だからと言って二人が行動を共にする必要性は全くなかった訳だけれど、これまた偶然というものが重なったので、二人は並んで帰路を歩む事にしたのだった。
「ねえ、君たち、コレでどう? 一人2万5千円。悪くないでしょ」
 サラリーマンと思わしき中年の男が立ち塞がると五本指を広げた。合計5万だという意味を示していると言うことはすぐに分かった。
 南沢は男を値踏みするように見た。皺の無い、アイロンによってきっちりと折り目の付いたスーツ、自己主張の決して激しくないネクタイ、脂ぎっておらず、清潔感のある顔や髪。総合的に見て、良いと言える容姿だった。
 南沢は霧野を庇うように立つと男を見上げてこう言った。
「オジサン、俺だけで3万はどう? 俺、キスとかフェラ、文句言わないけど……どうする?」
「ええ、そっちの子とセットじゃダメ?」
「こいつはそういう趣味無いから」
「そっかそっか、じゃあ君だけでも良いよ。その制服、雷門中だよね。何年生? かわい…!?」
 男は突如、道端へ倒れ込んでしまう。
 それと言うのも、霧野が教科書が入った、重たいスクールバッグを勢いよく叩き付けたからである。それはもう、野球のフルスイングの如く、鮮やかに、振り翳された鞄を男の顔面は喰らってしまった。
 南沢は信じられないという顔で霧野を見たが、霧野は構わずに南沢の手を掴むと、男を放置したまま大股で歩いていった。
「お前、何してるんだよ……」
「南沢さんこそ、何、安売りしようとしてるんですか」
「安売り? 安くはないだろ、んぐっ」
 霧野は立ち止まり南沢の口に指を突っ込んだ。そのまま乱暴な手付きで無遠慮に喉奥まで入れようとしてくる。
 南沢はその圧迫感から目に涙を浮かべた。そんな南沢に怒りを顕にして霧野は言った。
「アンタの小綺麗な口はチンコしゃぶる為に付いてる訳じゃあないでしょう」
 身長の関係から、南沢は霧野を少しばかり上目で見る事になった。南沢の視界には、桜みたいな色をした髪に、眼孔に宝石を嵌め込んだビスクドールのような少年がいた。
 南沢は、純粋に、綺麗な顔をしているなあと思った。
 一体、霧野の何処から汚い言葉が出てくるのだろう。容姿と合っていない筈なのに、粗悪な単語達は自然なくらいに霧野に馴染んでいる。
 南沢が軽く噛むと、霧野の指は口腔から出ていった。
「霧野」
「何ですか」
「……なんか、お前が、格好よく見えるわ」
 本心だった。
 恐らく、南沢は霧野のようには生きられない。
 二人の共通点は、自分の顔の良さを自覚しているという所だった。
 それは、南沢にとって大きな武器になった。けれども、霧野にとってはどうでもよい事だった。
「格好いい、でも、利口じゃないな。その顔が在れば、色々な使い道が有るのに」
 南沢は右手で霧野の横髪を薙いで、愛らしい顔をじっとりと見詰めた。
 俺ならもっと、この顔を使いこなせる。南沢はそう思ったのだ。



2012/02/24



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