神のタクトは、非常に気持ちが良い。
 空を斬る指先に従って人が思い通りに動いて行く。操っている訳では無いのだけれど、拓人は個々の特性を完璧に捉えた上で指示を送っているのだから、似たようなものである。
 この技は、チェスによく似ている。
 様々な種類の駒が在り、盤の上でそれを動かしてやる。
 拓人は常に、一つ離れた場所から世界を眺めていた。
「考えた事も無かったけれど、この技って、試合以外にも活用出来るんじゃあないかって思ったんです」
 拓人は正面にいる南沢に向かって話を進めていく。
「場所はどこでも良くて、身近な所で言えば、教室とか……そこをフィールドに見立てて、人を選手に置き換える。それだけで物事がとても簡単に見えて来るんです」
 つまり、人物を記号化してしまうと言う事だ。箱の中に、A、B、C、Dという人間を入れておく。そのとき、Aは何をするか、Bは誰と会話をするか、Cはどのような行動をするか、Dは箱を抜け出すかどうか……などと様々なパターンや性格を把握し、争いを起こさせたければBとCを近い距離に誘導させ、調和を計りたければAをそこに混ぜ込む、会話を弾ませたい場合にはDを配置させる、というような具合で、少しずつ指示を出し、操作をしていけば、物事は拓人の思い通りに運ばれていく。
「神のタクトは、応用次第で世界を掌握出来るのではないかと考えるんです」
「……無理だな。日常生活は、試合中よりも複雑になってくる。さすがに世界を掌握、だなんて言うのは夢物語だ」
 南沢が否定をする。
「俺も、最初はそう思っていたんです」
 そんな南沢の態度も予想通りであったらしく、拓人は務めて穏やかなままであった。
「それで、今は違うのか」
 机の上に置かれたカフェグラスの中の氷を、拓人はストローで掻き混ぜながら話を続けた。
「ええ、丁度、二ヵ月くらい前からでしょうか。俺は、実験を始めてみたんです」
 そして、ピタリと手を止める。
「結果は大成功でしたよ」
 次に、しっかりと南沢を見て問い掛ける。
「南沢さん、どうして今日、この時間にカフェテリアに来ようと思いましたか。来るまでの事を、よく思い出してみて下さい」
 南沢は拓人に会うまでの行動を、声に出して思い返していく。
「……今日、倉間と遊ぶ約束をしていて、ドタキャンされて、そうしたら三国から連絡が来て、買い物に付き合わされて、途中で三国が母親に呼び出されたから別れて、それから少しして車田から練習に誘われて、公園に向かっていたら、急用が出来たっていう断りのメールが届いて、丁度立ち止まったところに、カフェが有って……、その入り口に、お前が立っていた、から……」
 南沢はそこで一旦、口を閉じると、拓人を見て、首を傾げた。
「なあ、これって、予定調和?」
 南沢の反応に気を良くした拓人は話を終わりに持って行こうとする。
「最近、南沢さん、やたら俺に遇うとは思いませんでしたか」
 思い当たる記憶が多々あるために、南沢は何も言い返す事をしなかった。
「あなたは、自分の意思で行動しているようで、実際、そうでは無かったんです」






「なあんて……ドッキリでした」
 拓人がどこからか、【ドッキリ大成功!!】と書かれた看板を取り出した。
 そうして、どこからか、ぞろぞろとサッカー部員達が現れ、二人の座っている席を囲んだ。部員達は、南沢の上からキラキラと光に反射する紙吹雪を、次から次へと降り注ぎ始めた。
「エイプリルフール! エイプリルフール!」
「ハッピーエイプリルフール!!!!」
 はしゃぐ部員達に、背後からそっとウェイトレスが忍び寄る。
 当然、全員纏めて店から追い出された。



2012/04/01



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